五十三話 流れ出した時
広場いっぱいに集まった人、人、人。
有象無象の注目の的になっているので少し恥ずかしい。元々目立つのはそんなに好きじゃないので尚更だ。
「お~い、現実を見るのじゃイツキ!」
気がつけばマキアが処刑台の上に来て襟を掴みグラグラと俺の首がとれるんじゃないかというぐらいに振り回していた。ウゲッ、気持ち悪い
「そしてあわよくば、自分を助けに来た目の前の美女に祝福のキスを授けるのじゃ!」
マキアはどうやら魔法を使ったようで元の魔人の姿に戻っていて、突き出した胸と薄紫色の肌が妖艶な雰囲気をかもし出している。というかこの状況でキスをねだるマキアこそ現実を見るべきだろう!
「貴様っ! 気でも狂ったのかナーガ!?」
いつの間に処刑台の上に登ったのか、目下に千名近い騎士姿の連中のトップにたつ聖地守護団長のクロトがナーガに指を突きつけて言う。クロトは見た目も厳つい鎧姿だが、健康骨にまで届くようなオレンジの髪に整った容姿でその厳つさは相殺されている。
正直、処刑台はたくさんの人が乗るように出来てないので俺、ユーリィ、マキア、クロトが乗っている今の状況はかなり狭苦しい。
「お前が任務で抜けた以来会ってないが、もしかして記憶が戻ってないのか?」
いや湖で会いましたよ。完全にクロトはナーガの女装姿に気づいてなかったみたいだが
「いや記憶はあるが、ちょっと悪魔にそそのかされてね。
一番の理由はユレイア様の笑顔の為だが、そいつの言うことも信じてみたくなってな」
「貴様だけは裏切らないと思っていたが……ならば皇帝陛下! 私にこの者を抹殺する許可を!」
玉座に座るヴレイン・ラノーラは薄ら笑いを浮かべて右手で首をかき切る仕草をする。おそらくクロトに対するリストラを表しているのではなく、抹殺許可だろう。
クロトは俺達に向き直ると殺気を飛ばす。ユーリィと同レベルかそれ以上の実力者であろうクロトから空気が軋むほどの殺気が向けられ我ながら情けないが、体がすくんでしまってヘタリと膝をついてしまう。今俺の体の中にベアンテがいないからということもあるが、それを抜きにしても凄まじい殺気だ。
ナーガも黒い手甲をつけた腕を構えて殺気を放つ。
「死ねっ!」「ハッ!」
クロトが常人では振り上げることさえ出来無さそうなほどの大剣をほぼノーモーションでナーガに振り下ろす。ナーガは手甲が着けられた両腕をクロスさせなんとかガードするが、その攻撃の重さで木で作られた処刑台が軋み、細かい木片が宙に浮く。
「とりあえずこの場所は巻き沿いくらいそうだから、避難しない?」
「イツキの意見に賛成したいところだが下を見ろ」
ユーリィに言われるまま見下ろすと、下にはギラギラした目でこちらを見据える聖地守護団の皆さん。不幸中の幸いはクロトが狭い処刑台の上にいるので弓や魔法を使うのを躊躇していることだ。しかし、俺達をここから逃げ出させないように軍列を固めて逃げ場を抑えている。遠くの方ではおそらくリザルトさんと師匠が戦っているのか、人が空に舞っているが広場を埋め尽くす人の波に比べると舞っている数が少なすぎる。
とりあえず現状はあまりよくない。
「我に良い手があるぞ」
「おっ!? 何だマキア、得意の魔法か?」
「そうじゃのう。このままイツキとここで幸せに過ごすことを恋の魔法というならそれは正解じゃの♪」
「マキア、非常におもしろいジョークだが時と場所を選ぼうな!」
ユーリィの髪がゆらゆらとまるで炎のように逆立ち、後ろにスタンドが見える。
マキアは勿論、俺とはまるで関係ないはずなのに震えが止まんねぇ。
「か、軽いジョークじゃユーリィ! そう、イツキの言う通り魔法を使うのじゃ!
ガロンを召喚魔法で呼び出そうというアイデアじゃ!」
マキアがそういう中、クロトとナーガはまだ戦闘を続けていた。クロトは狭い中器用に大剣を振り回してナーガの接近を許さないが、自身も満足な攻撃が出来ないようで拮抗した戦いが続いている。
「でもガロンってそんなに人を乗せられないだろ?」
俺、ユーリィ、マキア、ナーガ、リザルトさんに師匠はどう考えても重量オーバーだ。
「う~む、良い案だと思ったのじゃが」
俺の中にベアンテさえいれば、いくら精鋭だらけの聖地守護団と言えど植物を生やして隙をつくることができるのに残念だ。……やばい、ベアンテの禁断症状が!
『もうイツキ、いい加減にしっかりしてよ! 君がそんなんじゃ僕だって満足に動けないんだから。確かにえ~っとベアンテだったっけ? あの女の力は凄まじかったけど僕が君を認めたのはあの女には関係ないんだからね』
「そう言ってもらうと助かります、はい」
「うん!? いきなり何を言っているんだイツキ?」
「いや、可愛い槍から慰めの言葉を貰ってた」
ユーリィは少し考え、槍をみると納得して頷いた。
そういえばユーリィの魔剣やマキアの魔弓はいったいどんな奴なんだろうと少し気にかかったがそれはまた後で聞くことにしよう。
何故かって?
それは足下の処刑台がナーガとクロトの激しい戦いによってギシギシという音からメキメキという破壊音に変わっていっているからだよ!!
「二人があまりにも熱く、粘っこい攻防を繰り広げるから、処刑台がギシアン言っているぞ!!」
「止めろっ! そんな言い方ではユレイア様に誤解を与えるだろうがイツキ!!」
「不服だがナーガの言うとおりだ罪人よ!」
そんなふうにして、二人で仲良く抗議の声を上げるから本当にそっちの気があるのかと俺は距離を出来るだけとる。それを見て更にシンクロを増すナーガとクロト
正直きめぇwwwwww
「ナーガ、別にお前がそっちの気があろうが私は否定しないぞ。ただちょっと態度が冷たくなるかもしれないがな」
ユーリィが止めの一撃を刺すとナーガは急にフニャッと体の力が抜けたように処刑台に倒れるが、その行動が幸運にもクロトの大剣をよける結果になった。
だが大剣は急に止まらず、二人の戦いによって傷んでいた処刑台に向かって振り下ろされ処刑台を支える柱をぶった斬ってしまった。
ギィーーと歯軋りのような音をたてながら俺達が乗っている処刑台が傾いていく。みんな慌てふためいて処刑台のどこかにしがみ付くがナーガは依然として放心状態のままその瞬間を待っている。いよいよ重力に従い落ち始める予想地点にいた騎士が悲鳴を上げながら逃げていくが、悲鳴を上げたいのはこっちのほうだ!
ユーリィとマキアにしがみ付かれた状態ではそのようなことは出来なかったが…
ドーンという轟音と共に地面に振り落とされる俺達。
一応シクエちゃんにしごかれていた経験が役に立ち、何とか受身をとることができたがそれでも背中を打ち肺の空気が全て押し出され苦しくなった。なんとか息が出来るようになり、横を見ると平気な顔の女性二人がいてホッとする。
辺りは土が乾いていたせいで土埃が舞っており正にこの混乱の中逃げるにはピッタリだったが、早く逃げないと風の魔法で直ぐに見つかってしまうだろう。
ユーリィとマキアに脱出路を確保してくれるようにお願いし、俺はナーガの捜索に入る。しばらくして、どうやって入れたのか? といいたくなるような処刑台の太い木材の間にようやく目覚め不思議そうな様子をしているナーガを見つけ、手を差し伸べようとするとナーガの背後でクロトが大剣を振り下ろそうとしているのが目に入った。
ナーガも気づき行動をとろうとしたが周りが狭くて動きもとれそうにない。
慌ててフィランを十文字槍バージョンに変え大剣の腹を突くと、少し軌道が変わりナーガの足下を陥没させるまでにとどまった。その隙にナーガが木材の間から飛び出ると俺達は一目散に駆け出した。あんな馬鹿力野朗とやってられるか
「死ねぇーー!」
後ろから追いかけてくるクロトに恐怖を感じるが、それ以上に横で並走するナーガの存在がありがたかった。幼い頃から共に仕事をしてきた仲間を裏切ってまで戻ってくるのには決意がいっただろう。
「ナーガさん、どうですか今の心境は?」
「ユレイア様に冷たくされるかもしれないという恐怖でいっぱいです」
「これから大変なことになるだろうな?」
今更ナーガを巻き込んだことに罪悪感を感じる俺は人間が出来てないのだろうな。
「ああ、全てお前の所為だからちゃんと責任とれよ」
俺の心を見透かしたようにニヤニヤ笑うナーガ。
「わかった。ちゃんとユーリィにナーガはホモだから近寄らない方がいいと伝えておくよ」
「そっち!? 話の流れが違うくないか?」
土埃で前はほとんど見えないが俺の視界は酷く透きとおっていた。