五十話 楽しい監獄ライフ
あれから目隠しと猿轡をされ何かに乗せられた。時折馬の嘶きが聞こえることから馬車か何かだろう。勿論フィランとも離れ離れになってしまい、話し相手もいないまま馬車の振動で体が痛いわ、馬車酔いで吐き気がするわで気分は最悪だ。
ユーリィやマキア、リザルトさんやシクエちゃんは今頃無事でいるのだろうか?
ユーリィ達のことを考えるとあっさり捕まってしまった自分が情けない。あの時油断をしなければ……と思うが今更過去は変えられない。今はこの状況からどう抜け出すべきかを考える時だろう。とは言っても常にケンと二、三人の見張りがついているし、それに何よりこの鎖が厄介だ。
ベアンテによって与えられた植物を使役する力はおろか馬鹿力や植物と話すことも出来なくなってしまった。この状態で例え運よく逃げ出せたとしても、外は危険な魔物や盗賊たちがいつ襲ってくるかもわからない世界だ。
今は機会を待とう。
それから何日たったか分からないがこの最悪な環境には相変わらず慣れない。
飯は一日一回、塩味が僅かについたスープとカチカチになったパンが一つ
取るに足らない量だが無いよりはマシだと思って口に入れる。口の中でゆっくり咀嚼するがあっという間になくなってしまうそれにシクエちゃんの料理が恋しくなる今日この頃。
しばらくたつと馬車の先頭のほうから話声が聞こえてきた。
「止まれ、通行証を見せろ」
馬車が止まった勢いで頭をぶつける。思わず痛みで呻いてしまうが首元に冷たい物があたる感触がしたので口を閉ざす。
「通行証はこれだ」
「……ふむ、間違いないようだな。馬車の中身は何だ?」
「交易品の木材だ。」
「近頃密入国者が多いから一応チェックさせてもらうぞ」
「待て!!」
「さては貴様も……!?」
外にいる兵が武器を抜く音がする。すぐ側で俺を見張っている奴も息が荒くなっている様子から緊張しているようだ。
「これを見ろ」
「……こ、これは!?失礼しました!!
おい、このかたを案内してさしあげろ!!」
「いや、案内はいい。
それとお前は何も見なかった、いいな?」
「ハッ!!」
そうして馬車はまた進みだす。どうやら俺は何か大きなことに巻き込まれているらしい。
いったい何処へ連れて行かれるんだろうと暢気に考えていると腕に鋭い痛みがはしった。
俺を見張っていた奴が注射か何かを打ち込んだようだ。俺は直ぐに意識を失った。
・・・・・・
・・・
・
意識が戻ってまず眼についたのは頑丈そうな鉄格子で、どう考えてもここはお客を丁重にもてなす気が全く無い場所であることが分かる。情報はそれだけで十分だ。
石床に染み付いた赤い汚れも誰かがあやまってトマトジュースをこぼした際に出来たものだろうし、俺の両手は後ろにまわされた状態で一本の鉄柱にくくりつけられていて体全体に鎖が巻かれているのは……理由はよく分からないが、とにかくそれが必要な措置だったんだろう!!
そうやって自分自身に暗示をかけていると
「起きたか?」
と背後から声がした。しかし体が固定しているせいか誰かを確認することが出来ない俺を見過ごしてか俺の目の前にその人物は移動する。
「初めまして、だな」
年齢は俺と同じくらいかそれより上ぐらいの男が見下ろしながらそう言う。
普段なら見下ろされながら言われたことに少しむかついたかもしれないが、この男の持つ威厳がそう感じさせなかった。身に着けているモノは至って普通なのだがこの男が身に着けるとその服が、靴が、自身を飾り立てる全てのものが二、三段階上のものになる、そんな気さえした。
「あんたは?」
「私は私たる全ての要素によって作り上げられている『私』という存在だ」
「ハッ、何言ってんの?」
「いやそれさえも欺瞞か、あるいはそれこそ真理なのか?」
「え、何それ怖い」
何故こんな簡単な質問にそこまで思考を廻らす必要があるのかさっぱり分からないが目の前の男は真剣そうに悩んでいる。
おそらくこの男はバカなのだろう。
すっかり最初のイメージと違って見えてきた。
俺>>>>>目の前で簡単な質問すら答えられない男
「ちょっ、そこの君さっさと俺の問いに答えなさい」
「何故だが非常に軽視されている気がする。
だが名乗り遅れたな、
私はヴレイン・ラノーラ。ゼノハ教の教祖兼、ラノーラ帝国第103代目皇帝だ。」
なるほど。おバカちゃんの上に自分の事を教祖だの、皇帝だのと言っちゃう程の重病だったか。ここに連れてこさせた奴の意図は未だ分からないがこんなバカを俺の元に遣したのは間違いだったな。まずはこいつから情報を得るとするかね
「あんたは自分が教祖って言ったけどそんなにゼノハ教はそんなに歴史が浅いのか?」
「いや。一万年以上前から存在する。
ゼノハ教とメイハ教が仕える神こそが最も古く、力のある神だ。
それ以外の宗教なぞ所詮この二つを体系化したものに過ぎん。」
「そんなに歴史あるのにあんたが教祖って話がおかしくないか」
この男の見た目はどう高く見積もっても三十代といったところ、さすがに一万年も人が生きるとは考えにくい。
「正確には教祖の生まれ変わりといったところだな。前世の記憶も確かに存在する。」
「……んでその教祖様は俺なんぞにどういう用がおありなんでしょうか?」
「君では無く、君の中にいる精霊に用があるんだ。
精霊とは意志あるマナの塊だ。私が求めているのはそのマナを使っての神代の再現だよ。」
あれ?こいつバカにしては話し方もしっかりしているし話しの筋もあっている。
もしこいつの言っていることが本当だったとしたらやばいな。
男は話は済んだとばかりに指をパチンと鳴らして白い研究服を着た連中を呼ぶと長い通路を抜けて去っていった。
研究員たちは皆狂気の笑みを浮かべ俺の体を眺め、ひとしきり満足すると救急用の担架のようなモノで俺をどこかへ運んで行く。もちろん鎖がついたままなので抵抗らしい抵抗もろくにできず運ばれる。
何枚もドアを超えて辿り着いたのは研究室だった。ビーカーやフラスコがあることにも驚いたが研究室の奥まで並べられ、緑色の液体で満たされた巨大な円柱のガラスの中に呼吸器らしきものをつけた人が浮かんでいるのを見ると地球の科学力をも超えているのではないかと思うほどだ。
俺が運ばれていく先にも似たようなガラスが設置されている。違うのはその大きさと、隣にサッカーボールほどの大きさのものがより厳重な鎖によって封印されているという点ぐらいなもので、どちらにしてもあまりいい予感はしない。
研究員たちは予想通り俺を緑色の液体で満たされたガラスの中に突っ込んだ。息が出来ずに死ぬかと思ったが途中で呼吸するためのマスクが降りてきたので何とか助かった。
とはいっても体を縛られて喜ぶようなマゾでも無い限り今の状況は悪い。はっきし言って最悪だ。
研究員たちが何を言っているのかは水中の中にいるせいでよく聞こえないがもう少しで何かの実験が始まるらしく、その実験対象が俺なのは確かだ。最後の抵抗で必死に体を芋虫のように左右に振ると鎖が解けていくのが分かった。研究員達はそれを見て焦りだすが無視して作業を続ける。全部解け終わり急いでガラスの中から抜け出そうとした所で全身に痺れが襲った。
胸に酷い痛みが走った。