四十八話 良いことと悪いこと
フィランとの会話が成功したことを師匠に報告するとその程度のことが出来なかったら貴様は私の弟子ではないと生意気なことを言われたが今は気分がいいので許そう。
ユーリィとマキアにも報告したが二人とも喜んで祝福してくれた。だがユーリィはちょっと待ってろというと一度家に帰ってしまった。
「何だろう?」
「我にもわからん」
マキアも不思議そうに言うので謎は深まるばかりだ。
しばらくしてユーリィが何か布のようなものを持ってくるのが見える。走ってきたのか荒い息をしながらユーリィはそれを俺の手に押し付ける。
「イツキがいつまでもそんなみっともない服を着ているのは目障りだからな。」
マキアのせいで服に大穴が開いているのを今更ながら思い出し、マキアを横目で見ると本人は何も知らないとばかりに口笛を吹いてごまかす。マキアはとりあえず後で苛めるとして今はユーリィの気持ちが嬉しい。
「あ、ありがとう。見て良いか?」
「勿論だ」
ユーリィに手渡されたそれは赤を基調としたローブのようで絹のような滑らかさでありながら俺の力で引っ張っても千切れないほど強く、裾に施された銀色の糸の刺繍が神秘的な印象をもたらしている。以前ロッドマスターに託された赤いローブに似ているがデザインが大幅に違う。
「以前イツキが敵の攻撃によってせっかくのロッドマスターから貰ったローブをボロボロにしてしまっただろう?これはあの時破れたローブからつくったんだ。」
「付与されている魔法効果は全て消えてしまっていたがローブは不死鳥の毛で織られていていたから防具としては優秀だったので再び魔法を付与して織り直した。
この素材を使って鎧を新しくつくろうと思ったがあまり鎧を着慣れていないイツキは持て余すだろうと思い、普通の鎧並みの強度と防御力を持たせてある。」
「あと未だ魔法をあまり使えないイツキの為に魔法障壁ほどではないが魔法の威力を軽減させるようにもしてある。
さすがにロッドマスターが一度付与した魔法の残存魔力が強くて再び魔法を付与するのに少々梃子摺らされたが私の魔法にかかればこんなものだ」
腰に手をあててユーリィはどうだと言いたげだが強がっているのはバレバレだ。
「だったらその後ろに隠している手を見せてもらおうか」
ギクッと出るはずのない擬音が目の前のユーリィから聞こえた。というか自ら口に出して言った。こんな所でまで天然な彼女に癒される自分がいて俺の病気は相当重症だと思う。
「ユーリィ、バレバレじゃぞ。
午後の魔法訓練の時我らに内緒でコソコソしておるのに気づかんとでも思ったのか?
まして食事中も手を隠すかのように手袋をつけておったのに」
「そんなバカな!?計画は誰にも言ってないはずっ!!
し…しまったー!!」
自らの発言で墓穴を掘るユーリィにマキアも呆れているがその表情は優しい。
「ささ、観念して両手をだしなさい♪」
渋々と隠した両手を突き出す。ユーリィの綺麗な手は火傷に覆われていて、その酷さを表すかのようにピンク色の肉の部分が見える。思わず目を背けたくなったがその行為はここまでして頑張ったユーリィの努力を無駄にすることだと思いユーリィの手を見つめ続ける。
怪我の酷さに驚いたと同時にロッドマスターの魔力のすさまじさが思い知らされた。
それにマキアによるとこのような高密度の魔力による火傷は高位の神聖術士でも相当難しいそうで完璧に元通りにするのはほぼ不可能らしい。直ったとしても手の皮が不自然に引きつったりするだろう。
だが俺にはまだ一つ手段がある。
この間俺に力をくれた空の柱という奴の話によると残り五柱同じ存在がいるらしい。そいつらは俺の中のベアンテに力を取り戻させることが出来るので治癒の効果も上がるはずだ。
それで本当に治せるのかどうかは分からないが今はそれしか手段が無い。
「ユーリィの手を治してあげたいが今の俺の力じゃ元の綺麗な手には治せない。
だからいつか必ず元通りに治すまで待っていてくれないか?」
「……ああ、頼んだぞ」
俺はユーリィの信頼の笑みに答えたいと思った。
ローブを着ての昼からの魔法訓練にはユーリィも加わることになった。
そういえば今までユーリィは氷属性しか使っているのを見たことが無いが他に属性はないのかと聞いたところ案の定あった。(むしろ魔法を使えて一つの属性しか無いことの方が珍しいのだが)
「私は氷と念が使えるのだがあまり念は得意ではなくてな。
あと封印魔法を少々使える程度だ。ほぼ全てに長けているマキアが羨ましいよ」
「我は器用貧乏じゃからユーリィのようにそこまで一つの属性を極めておらんよ」
ユーリィが氷でつくった三角形のパネルをおそらく念の魔法でフワフワと浮かせてピラミッドを完成させたのを見ながらマキアはそう言った。何百枚の氷のパネルを全く同じ大きさでつくり、更にその一枚一枚のパネルを崩さないように積み上げていくのにはかなり精密な魔力コントロールと集中力が必要なことは魔法初心者の俺でも分かることだ。
しかもユーリィがつくりだした氷は一週間たっても消えないほど低温らしく、それを知らなかった俺はその作品を触った瞬間凍傷になりかけたwww
リザルトさんはその様子を嬉しそうに見ていたがユーリィが俺の指を舐めて溶かそうとした瞬間俺の腕をつかんで近くの小川に連れて行き指が元の感触に戻るまでずっと後ろに視線を感じ続けた。
「もう大丈夫みたいです」
振り返って見るとリザルトさんは真剣な表情をしていたのでまだ怒っているのかと思ったがどうやらそうでもなさそうだ。
「……イツキ君。君はユレイアのことをどれくらいしっている?」
「ハーフエルフで凄まじい剣の使い手でもあるが優秀な魔法使いでもあることですかね」
「そんなことを聞いているのでは無いっ!!僕は……なっ!?」
俺の発言を強い口調で怒鳴り話し出そうとしたが急に何かに気づくといつも冷静なリザルトさんに初めて驚きの表情が浮かぶ。
「ど、どうかしたんですか!?」
「封印…結界が破られているだと!?何故だ……!?」
話についていけないがどうやらあまり良い展開ではないようだ。リザルトさんもしばらく動揺したようだが気を取り直して俺と向き合う。
「イツキ君、どうやらここの入り口に掛けられている封印魔法が何者かによって解けかけているようだ。
こんなことは普通では有り得ないのだが、現状その有り得ないことが起きている。
私は封印魔法の補強をしてくるから、カナゼにこの状況を伝えてきてくれ!!」
「はいっ!」
師匠はこの時間帯庭のあたりをうろうろしているはずなのだが今日に限ってその姿を見せない。いつもは迷惑なぐらいエンカウント率の高い師匠なだけに差し迫った状況で見つからないことにイライラする。
「師匠のバッキャローーー!!」
「誰がバカだ!!」
悪口に反応して師匠が現れた!
たたかう←
まほう
どうぐ
にげる
と、こんなアホなことをしている暇はないので師匠にさっさと事情を伝えると「早く言えバカ」と俺の頭を殴って槍を片手に家を飛び出していった。他の人にも伝えに行こうと急ぐと庭の隅に綱で繋がれたガロンの姿を見つけた。俺の姿を確認するとすかさず駆け寄ってきたので、そのサイのような強力な突進を避けガロンの背に飛び乗る。
俺と熱い抱擁?が出来なかったのが不満そうな鳴き声をだすガロンだがあれを喰らったら普通の人なら死ねるだろう。俺は死ななくても回復するのに時間がかかるだろうから今のような切迫した状況の中受けるわけにはいかないのだ。
「ガロン。すまんが今は少々忙しいんだ。とりあえずマキア達のいる所まで連れて行ってくれないか?」
魔獣使いとそのパートナーの間にある絆は互いのいる位置がなんとなくわかるらしいのでそれを利用させてもらう。ガロンも分かったというように嘶くと急に加速しだしたのであやうく落ちそうになった。しばらく景色が後ろに吸い込まれていくと、目的地である魔法訓練場に着いたようで速度も遅くなり不思議そうな顔をするマキア達の前で完全に止まる。
「イツキ、わざわざガロンに乗って戻ってこなくても歩ける距離じゃろう?」
隣にいるユーリィは何も言わなかったが言いたいことはどうやらマキアと同じことのようだった。
「リザルトさんがかけていた封印魔法が何者かの手によって破られかけているらしいんだ。」
「まさかっ!?あの父上の封印魔法だぞ。」
「ああ。今リザルトさんが補強しに行ったが口ぶりから言ってそう楽観できる状況じゃないみたいだ。
俺はまたあの人狼たちがやって来たんだと思う。」
このタイミングから言って間違いないだろうと思っていたがマキアは訝しげな表情を浮かべる。
「人狼は確かに力が強いが魔法は使えず、リザルト殿の封印魔法は決して物理的な攻撃で壊せるようなものではない。
となるとリザルト殿と同程度かそれ以上の魔法使いが魔法によって攻撃して来ていると考えていいじゃろう。そんな状況で我らに何ができるのじゃろうか?」
不安そうな表情を浮かべるマキアにユーリィはやや強い口調で言う
「まだ敵は一人だと決まった訳ではないぞマキア。
それにたとえ敵が強大なものだとしても向き合わねばならない時もある!
それが父上よりも強い相手でもな」
マキアは少しの間逡巡した後に納得したのか大きく縦に首を振る。
そして俺達はリザルトさんが封印魔法の補強をしにいった森の入り口に向かった。
そしてユーリィの案内によってやっと見つけたリザルトさんと隣にいる師匠の正面の空間には多数のヒビが入っているかのように見えた。リザルトさんの額には汗がダラダラと流れていて手は今にも破られそうな封印魔法を持続させるためかブルブルと震えていてつらそうだ。
「リザルト、頑張ってくれ!」
「…い、今は話しかける……な」
師匠の励ましをウザそうに拒否するリザルトさん。
気持ちが痛いほど分かります。今度飲みに行きましょう。
しかしリザルトさんの努力も限界に達したのかついにヒビが一面に広がりガラスが割れたかのようなパリンッという音とともに封印魔法が崩壊した。
すると今まで封印魔法の結界で見えなかった目の前の景色が見え、銀色のローブを着てドラゴンの頭を模した杖を片手に何百もの人狼たちの戦闘に立つ若者がいた。
新しく小説を書き始めて改めて
この小説を読んでくださっている読者の皆さんに対する感謝の気持ちが湧いてきました。
今まで見てくださっている常連さんも初見のかたもありがとうございます。
これからも頑張って更新していきます!!