三十八話 真実
これからも頑張ります!!
「ハッハッハッ、もっと飲んでくれイツキ君!ユレイアちゃん!」
「あんた今日夜警の番じゃあなかったのかい?」
「ハッハッハッ、どうしよ、警備隊長に殺される」
「気にすんなおっさん、今日のお詫びにオレが行ってやるよ」
「ハッハッハッ、それは助かる!幸いもう魔物の出現時期は抜けたからイツキ君にまかせて大丈夫だろう」
すっかり意気投合した俺達は仲良く酒盛りをしていた。
ユーリィは珍しく酒につきあってくれたが、マキアは酒に弱いらしくさっさと床についたらしい。
初めて出会った時は酔いつぶれるほど飲んでいたくせに……
「イツキ君、私がこんな稼ぎはほとんど無くあるのは危険だけの仕事をするのはなぜだと思う?」
ユーリィやスゥさんが外の井戸へ食器を洗いに出かけた後、急におっさんは杯の手を止めて、真剣な表情で聞いてきたので俺は当たり障りの無い答えをだす。
「スゥさんを守る為じゃないんですか?」
「あれはスゥの手前だからそう言ったんだよ。」
じゃあいったい何の為におっさんは仕事を?
「私はね、小さいころから昔話の勇者様みたいにいずれ伝説となるような旅に出てみたかったんだよ。
小さい頃からこらえ性の無い私は十四歳でこの村を出て帝都へ向かったんだ。おそらく帝都にいけばどうにかなるとでも思っていたんだろう。
だが現実はそう優しくは無い。何とか剣術の先生を見つけて剣を教わったが、私の兄弟子にあたる人の剣の才能を見て、私のちっぽけな自尊心は粉々になってしまってな。
とても伝説になるような勇者にはなれないと気づいた私は、帝都の喫茶店で働いていたスゥを連れてこの村に帰ったわけだ。
だが……今のような歳になって、時々過去の自分のように勇者になりたいとは言わないまでも、ただ一人の男として強くなりたいと願ってしまうのだよ。
だから今も常に危険と一緒の、こんな仕事をやっているのだ。
どうだ、笑ってしまうだろ?」
自嘲気味に話すおっさんは俺に問いかけるように言うが、返答はきっと期待していない。
少しの間気まずい沈黙が俺達の間に続くと、ようやく食器の洗いをすませてきたらしいユーリィとスゥおばさんのたのしそうな声が近づいてきた。
おっさんはハッとしたような表情になると、こちらに目を合わせ『内緒にな!』という意味のウインクをする。
正直おっさんのウインクには何の魅力も無いし気持ち悪いだけだったが男の約束だけは守ってみせよう
「イツキ君そろそろ夜警の時間だよ。今日はうちの夫の代わりにイツキ君が行くって隊長さんに伝えておいたからね。集合場所はこの村の広場だよ」
「分かりました。それじゃあ、行ってきます」
「イツキ、気をつけろよ」
「ああ」
広場には既に十名近い人数がそろっていて、ただでさえウィスプが明るく人の顔まで判別できそうな夜にかがり火までも灯しているのは動物避けのためでもあるのだろう。
そう考えながら広場へと近づいていく俺に気づいたらしい集団の中の一人が手を振ってきたので俺も槍を掲げてそれに答える。
「やぁ、君がイツキ君かい?スゥさんから話は聞いているよ」
出迎えてくれたのは片目に何かの動物の引っかき傷がついている、おっさんより少し若いぐらいの男性だった。
「今夜はお世話になります。右も左も分からない新人ですが精一杯やらせていただきます」
もちろん敬語はバンバン使う。第一印象は重要だからな
「これはご丁寧に。私はここの警備隊長をやっているケン・エマウ、ケンと呼んでくれ。」
この若さで隊長やっているのか、まぁ中々強そうだしな
「よろしくお願いします」
「まぁ警備といっても魔物の出てくる時期は過ぎたのだから、そこまで気を使わなくていい。この時期は例年通りなら熊や狼などが多く出没するが、今年は見たという情報すら入ってこないし大丈夫だろう。村の周りにかがり火を数箇所配置したので、君は北側のかがり火の周辺を見張ればいいだけだ。どうだ簡単だろ?」
どうして熊や狼を全く見ないのか気になったが、地元のケンさんも気にしてないようなのできっと大丈夫だろう
警備の人皆に軽い挨拶をしたところで俺は北側の見張りへ行った……のだが既にそこには先客がいた。
「遅いわっ!!」
「ギュッ!!」
「私はあんまり待ってないがな」
マキアとガロンとユーリィが武装した姿のままスタンバってた。
「何でここにいる?」
「以前お前に一晩中見張りをさせてしまったことがあったろ?だから今日はその恩返しというやつだ」
「イツキはもう帰って寝てよいのじゃぞ」
「ギュルッ!!」
女性陣と一頭はやる気満々の様子でいるがそうは問屋がおろさない!
「俺は帰らんぞ!」
「何故じゃ?我らが女だからという理由でその発言をするのなら、例えイツキでも幻滅するぞ」
「いや、仲間がいなくなるのは嫌だからな」
それは今回の出来事で強く実感したことだった。
誰一人知り合いのいないこの世界で生きていくのはつらすぎる。
マキアとユーリィも納得してくれたか、俺が残るのを黙って認めてくれた。
二人にも大分世話になっているからな、今度大きな宝石店があったら何か買ってプレゼントでもしよう
そんなことを考えながら俺は目が暗闇に慣れるためにあえてかがり火を背にして辺りを見回すが、ケンさんが言っていた通り動物たちの気配も無く正に平穏だ。
だがどこかおかしい気がする
確かに今危険な動物の気配はないが、こんな田舎の地なのに鹿や鳥などの鳴き声も全くしない
不審に思ってユーリィとマキアを見ると二人も俺と同じような表情をしていたので疑問は確定に変わる。
戦闘に備えて槍の鞘を取り外すとウォーーンという狼の鳴き声があちこちから聞こえてくる。狼の声が反響して空気までもビリビリと震えているようだ
「狼は来てないと聞いていたんだがな」
ケンさんはそんなこと言ってなかったのに
どっかで見過ごしたにしてもこの狼の声からして見過ごす数ではないはずだしな
まぁ、今そんなことを考えても仕方ないしまず起きたことに対処すべきだ。うん。
暗闇の中からおぼろげに何かがこちらへと向かってきているのが分かる。こちらへとやって来るのは決して可愛い猫ちゃんやウサちゃんじゃないのが確定しているのがつらいな
隣ではマキアがおもむろに背中にかけていた真っ赤な弓をギリギリと音が鳴るほど強く引いている。
「待てっ、マキア!!まだ相手の姿すらろくに見えていないのに矢が届くはずが無いっ、矢の無駄遣いだ!!」
マキアはユーリィの言うことを弓に集中して聞いていない様子でそのまま矢を放った。
矢は予想を遥かに超えるスピードで闇を切り裂いていき薄靄の中へと突き刺さるとズサッと何か重いものが落ちた音がした。
「一頭討伐完了。後七十頭か、ちと多いのう」
マジですかっ!!この距離から!?てっいうかそんなにいるの!?
マキアは続けて何本も矢を放つ。よく観察すると弓を構えてから矢を放つまでの間隔がすごく短い
いったいどんな目をしてんだマキアは?
「クッ、奇襲はもう通じないようじゃの。十頭は倒したのじゃが……」
謙遜乙
やっとはっきり姿が分かってくると、その姿の異様さに気づく
奴らは四足歩行では無く二足歩行でこちらへと向かってきていたのだ。
「これが俗に言う狼男ってやつか」
「いや、あいつ等は常にあの姿をしているから正確にいうと人狼だな」
ユーリィがそう答えた時には、もう人狼たちが目の前に迫っていた。
先頭の一頭が鋭い爪のある片手を空へとかがけてこちらへ振り下ろそうとするが、次の瞬間には上半身と下半身が斬り離されていた。
ユーリィが風の魔剣の能力で遠く離れた場所から腹を斬ったのだろう
俺もそろそろ働かないとな
槍を片手に人狼の真上に飛んでそのまま脳天へと突き刺す
着地すると人狼の返り血で服がベタベタになっていて気持ち悪い。
人狼の攻撃にはフェイントが無くて読みやすかったが、その分圧倒的なパワーとスピードを備えており一度でも受けたらヤバいだろう。
師匠より全然遅いから余裕だけど
マキアを乗せたガロンは襲い掛かる人狼を素早い動きで避け、マキアはその隙をついて矢を放ち殺している。だが奴らにも知恵があるらしくマキア達を大きな包囲網で囲み徐徐にその大きさを小さくしていく。
さすがにあの数ではマキアでも対処しきれない
ユーリィの様子を横目で確認するが俺の所以上に人狼がいるというのに次々と数をさばいていく
だがそれでもマキアを助けに行く余裕は無いようなのでいくしかないな
マキアのもとへ行くのを邪魔する人狼の脇をすり抜け包囲網の一番薄い部分に俺は蹴り入っていく
「助けに来たぞ!マキア!!」
「はぁ~~//////イツキ!!ワンモアじゃ、ワンモアプリーズなのじゃ!!」
「そんなこと言ってる場合か!?って危ねぇ!」
俺めがけて来る鉤爪を頭を下げることで避け、ガラ空きの腹に回し蹴りをはなつ
「アアーー!数多すぎだっ!!……マキアっ、俺が包囲網を崩すからユーリィ連れてここから離れろ!!」
「わかったのじゃ!!」
マキアも聞き分けがよくなったなぁ
マキアがユーリィをガロンの背に乗せたのを見送ると最近すっかり馴染んできたイバラの冠を外し地面へと置く
あとはしばらく待つだけ……だが、狼さんたちが一斉に飛び掛ってきたのでそこはカットして俺の持つ大地の力を一気に注ぎ込む
するとイバラの冠が急激に膨れ上がりまるで爆発するかのように成長した
数分後、村以外のすべてがイバラに覆われ人狼たちは体中にイバラが巻きつけられ少しでも動くと血が吹き出るような素晴らしい光景が広がっていた。
さすがに疲れた~
ダるくなってイバラだらけの地面に寝そべると村の方からケンさんが来るのが見えた
「痛くないのかい?」
心配そうに問いかけるケンさんはやはり親切な人だ
「大丈夫です」
「そうか、それにしても素晴らしい力じゃないか!予想以上だよ。
……だがこいつらをこのまま生かしておくなんて、甘すぎだぞお前!!」
「ケンさん?」
「やっぱその程度の奴ってことか。何で上はこんな奴に目をつけるのか分かんねぇーよ。」
こいつ誰だ?怪しいな
そう思った俺はベアンテで奴の体を拘束する
「ほほぅ、有無を言わさず捕縛か。中々良い勘してるな。だがまだまだ甘ぇ!!」
奴は筋肉を膨らませて着ている服を破くと、ワォーーーンと一声鳴き人狼へと姿を変えていき、その有り余る力で俺のベアンテを易々と引きちぎる。
今まで一度も破られたことのないベアンテの捕縛を破られてしまったショックで俺は一歩も動けなかった。
「俺はそこらの人狼共と違うぞ。この程度のモノなど児戯に等しいんだよ。
くだらねぇ人間にも化けれるしな。」
「お前はいったい何なんだ?」
「気にくわねぇが、お前の良~く知っている鋭眼のクソ野朗と一緒のスパイだよ」
「鋭眼ってだれだ?」
「そんなことも知らねぇのか。ナーガだよ。
あいつは今までお前らの情報を集めていたのさ」
……何……だと?
ナーガがスパイ?そんな馬鹿な
「おっとこれ以上はいけね。今日は部下の失態に免じて殺さずにおいてやるよ
だがそれだけじゃ俺の気がすまねぇからな、一発くらっとけ」
奴は重い蹴りを俺の腹部に叩き込んで去っていった。
まだまだ弱いな俺は
いつかもっと強くなって、そして……俺は……