三十五話 人は道を歩き出す
「ギュルルル♪」
今俺の膝の上にはガロンがその凶暴そうな竜の顔を置いて、機嫌が良さそうに尻尾をパタパタ振っている。
俺達は平日の昼間から誰もいない宿屋のロビーでだべっていた。
昨日の任務で体の大きなガロンは潜入に不向きとされ参加できなかったのでご機嫌とりに俺が自分の膝を貸し出しているという訳だが…
「なぁマキア、これってパートナーのお前の仕事じゃね?」
「我らは主人とペットという関係では無く、強い友情によって結ばれた仲なのじゃ。じゃからそれはガロンに気に入られたイツキの仕事じゃと思うぞ」
「ギュッ!」
ガロンも同意するように鳴く
「それにしても、ガロンは良い所におるの~。後で我と代わるのじゃ!!」
ガロンはプイッと首をふって否定を表す。
可愛いな////
「そういえばなんで俺はこんなにガロンに懐かれているんだ?いや、別に嫌な訳じゃあないんだが・・」
「しいて言うなら女の勘かの?我もガロンも趣味が似ているしの」
「へぇ~、ガロンってメスだったんだな」
「今一番大切なとこが無視された気がするんじゃが・・・」
「そ、そそそそそういえばギルドの名前は決めたのかイツキ!?」
なんだかユーリィが額に汗を浮かべながら必死な形相で聞いてくるので少し怖い。
「ああ、『ルクゾの宴』なんてどうだ?」
「ほほう、創世記の神話からとったんじゃの?さすが我が見込んだ男じゃ」
「確かにマキアの言うとおりだ。私がしっかり歴史について教えた甲斐があったというものじゃないか」
創世記の神話とはこの世界の始まりの時代と共に神々が出現して、活躍した出来事について説かれた説話で学校の教科書や宗教の聖典にも書かれておりこの世界に住んでいる者なら知っていて当然らしい。
俺は師匠との修行の合間にユーリィから教わっていたんだが、この神話とやらはとにかく長くて『ニアの御神がその子キグナスに授けたのがかの栄光なる戦斧エポであることは先述している通りだがここで彼が用いたのは大地燃ゆるローロルの地で得られる聖鉄をステュグスの川で冷やしたものに……』と永遠と続くかのような説明を見てやる気を無くすのは仕方無いと思う。
しかし、その中で俺は唯一気にいった神話があった。
それは光の神の一柱であるヅァイクが長い旅路の果てに邪神クレーシアを倒すという分かりやすい話で、その中にあるのが『ルクゾの宴』だ。
この神話も他の神話と同じように最初から最後に邪神クレーシアを倒すところまで一貫して生生しい表現や遠まわしな婉曲を用いていて、全体的に暗い雰囲気を醸し出しているのだが唯一、ヅァイクが旅の途中に再会した幼馴染の神達とルクゾの地で三日三晩の宴会をするシーンは邪神クレーシアに立ち向かうことへの不安や戸惑いを忘れてただただ楽しみ、互いに飲んで笑いあう、そんな見るものをも楽しくさせるような物語がそこにあった。
だから俺達のギルドもそんな互いに笑い楽しめるものにしたいと思いそういう名前にしたのだ。
「ナーガはどう思う?」
さっきから思いこめたような表情でいて、いつもならユーリィが話す言葉を一言一句漏らさないように聞いているというのに今日のナーガはガックリ頭を垂れてユーリィの言葉を一言一句漏らさず聞きながらメモ帳にユーリィの話した言葉を書き込んでいる。
・・・・・あれ?症状が悪化している!?
「おいナーガ、聞いてんのか!?」
「えっ!?あ、ああ、確かユレイア様と出あって一ヶ月目のお祝いに何をプレゼントするかの話だったか?私はユレイア様に緋色黄金製の鎧をプレゼントするつもりなのだが…」
「そうなのか!?ありがとうナーガ!!」
もう突っ込むの疲れたよ・・・
俺の癒しはガロンだけだな。
そう思いながらガロンの長い銀髪を手で梳く・・・!?
あれ?ガロンって鬣はあるけど、黒い毛だし銀髪ではなかったよな
恐る恐る膝の上を見るとまるで猫のように体を丸めて幸せそうに俺の膝の上を独占しているマキアの姿が・・・
さっきまで俺の膝の上にいたはずのガロンを探すと、いつのまにか部屋の隅にあった鉄の檻に囚われの身になっていてこちらの方を見て哀れに鳴いていた。
「マキアがここにいるのは良いとして(俺の中の天使や悪魔たちもこの状況は全員一致の賛成意見を出している)、どうしてガロンはあんな目に遭っているんだ?」
「いや、どうしてもガロンが変わってくれんと言うので我の地魔法で少しの間檻の中で反省してもらったのじゃ」
こいつ……全然反省してねぇ!
むしろ檻の中にいるガロンに見せつけるようにして俺の膝の上で頭をスリスリさせる
いや、俺は別にかまわないよ。むしろもっとして欲しい
「イ・ツ・キ?貴様はいったい何をしているんだ?」
「・・・・」
俺はナーガに目で助けを求めると、ナーガは軽く俺と目を合わせ真剣な表情でユレイアのもとへと向かう。
「ユレイア様」
「どうしたナーガ!?今はイツキに用が・・・」
ユーリィは振り返ってナーガに先程までの勢いで言い寄ろうとしたが、ナーガの真剣な表情を見ると言いよどんだ。
俺は心の中でナイス!とナーガに賞賛を送った。
「ユレイア様、私は急な事情が出来ましたのでここを離れます。もう二度と会うことも無いでしょう」
「・・・・!?」
「はっ!?何言ってんだナーガ?」
隣でマキアはオロオロしていたが今の俺はそれを気遣う余裕が無い。
「くだらない冗談なら止めろよナーガ!」
「残念ながら冗談じゃない。俺は本気だ」
「ナーガお主は本当にそれでよいのか?」
ナーガは下を向いて少し名残惜しそうな表情をした後、顔を上げて俺全員を見回すように首を動かすと
「そうだな。唯一あるとするならユレイア様に緋色黄金製の鎧を差し上げられなかったことかな」
俺は冗談めかして言うナーガがムカついてたまらない。
「ナーガ、私はお前がいなくなってしまったら悲しいぞ」
「・・・そろそろ行きます」
俺は宿屋の扉から出て行こうとするナーガの前を体で遮る。
「俺は認めないぞ」
「…すまん。ユレイア様を・・・頼んだぞ」
そういうと俺を押しのけて、人の混雑している通りに入りしばらくその頭を覗かすと人ごみの中に消えていった。