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7. ヨーランの贈り物

 ヨーランの婚約者となってから、彼からさまざまな贈り物が届くようになった。

 ほとんどがドレスや靴やアクセサリーなどの服飾品で、一目で高価と分かるものばかりだった。


「まあ! こちらのドレスは全て帝国一の高級ドレスショップのものですわ!」

「こちらのネックレスとイヤリングはイエローダイヤモンドではありませんか! すごく高価な宝石なのに……。きっと殿下の瞳の色の宝石を贈って差し上げたかったのでしょうね」


 破格の贈り物にルツィエより侍女たちのほうがすっかり魅了されている。ルツィエにとってはヨーランからの贈り物など全て送り返してしまいたいが、そういうわけにもいかない。


「……本当にありがたいことですね。お礼をお伝えしなくては」


 面倒だが、お礼状を送るくらいはしたほうがいいだろう。


「レターセットはあるかしら……あら?」


 机の引き出しを開けようとしたが、何か引っかかっているのか上手く開けられない。手探りで引き出しの奥を確かめると、案の定何かの紙が挟まっていた。


「何かしらこれは」


 折りたたまれた紙を開いて見てみると、そこには整った文字で「母上、お誕生日おめでとうございます」と書かれていた。


「母上……?」


 一体誰の手紙だろうかとルツィエが首を傾げると、侍女の一人が教えてくれた。


「ああ、こちらはおそらく側妃様の遺品ですね」

「側妃様?」

「この離宮の以前の主人です。皇帝陛下との間にご子息がお一人いらっしゃったので、そのご子息から側妃様へのお手紙かと思います」

「そうだったのですね。側妃がいらっしゃったのは知りませんでした」

「皇后陛下が酷く嫌っていらっしゃったため、皇宮では禁句になっているそうです。ですので私も詳しくは知らないのですが、少し前に不慮の事故で母子共に亡くなられたとか」

「そんな……」


 親子の悲しい結末にルツィエの胸が痛む。

 彼らもノルデンフェルトの皇族ではあるが、戦争には関わっていないのであれば憎む理由はない。


(悲しいけれど、片方だけ残されなかったのは幸運だったのかもしれないわ)


 たった一人残されたルツィエの今は、幸せとは程遠い。

 愛する家族に会いたくても会えず、何をしても寂しさを埋められない。自分だけ助かってしまったことが苦しくて虚しくて、いっそ消えてしまいたくなる。


(そんな思いをしなくて済んだのならよかった……)


 ルツィエは顔も知らない親子に心の中で祈りを捧げた。



◇◇◇



 翌日、離宮にヨーランがやって来た。

 お礼状を読んで気をよくしたらしく、いつもより馴れ馴れしい。


「あのイエローダイヤ、気に入っただろう?」

「はい、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございます」

「せっかくだから毎日身につければいい」

「そんな……あれほど高価なものをつけるのは緊張します。万が一なくしては大変ですし、特別な日に使わせていただきます」


 この男の瞳のような宝石を毎日身につけるなんて、想像しただけで苦痛だ。だからやんわりと断ると、ヨーランはルツィエの手を掴んで指を絡ませた。


「そうか、なら今度は普段使いできるものを贈ろう。シトリンのネックレスはどうだ? それなら気後れせずつけられるだろう」


 ヨーランはどうしても自分の色を身につけさせたいらしく、しつこく食い下がる。


「……お気遣いは嬉しいのですが、毎日身につけないといけませんか? 私は普段あまりアクセサリーをつけないので……」

「だめだ、毎日つけろ。お前は僕のものだと示さなければ」


 そう言って、ヨーランがルツィエの首筋に手を触れる。


「ネックレスでもいいし、イヤリングでもいい。ああ、指輪もいいかもしれないな」


 ヨーランはいつも「お前は僕のもの」だと言う。

 その傲慢な考えにも、不躾に肌に触れられることにも耐えられず、ルツィエはつい身体を逸らしてしまった。


 その途端、ヨーランの顔色が変わる。


「……なんだその態度は?」

「あ……申し訳ございません……」

「その態度はなんだと聞いている。今日のお前は口答えばかりだ。お前はそんな女じゃないだろう?」


 ヨーランの瞳が威嚇するように大きく見開かれたが、そこには怒りというよりは焦りのような揺らぎが見えたような気がした。


「……本当に申し訳ございません、殿下。実は今日は朝からずっと気が滅入っていたのです。とても気持ちが落ち込んで、どうにもならなくて。そのせいで後ろ向きなことばかり言ってしまいました」


 自分でも不本意な態度を取ってしまったのだと後悔する姿を見せると、ヨーランはほっとしたようにいつもの表情に戻った。


「そうだったのか。まあ、こんないわく付きの場所にいたら気も滅入るかもしれないな」

「いわく付き……?」

「よし、僕がいい場所に連れていってやろう」


 ヨーランはルツィエの返事を聞くことなく、そのまま離宮の外へと連れ出した。



◇◇◇



 ヨーランに連れてこられたのは、皇宮の庭園だった。


「どうだ、フローレンシアの王宮庭園よりずっと見事だろう」

「……そうですね、とても綺麗です」


 故郷の王宮庭園と比べて勝っているとは思わないが、確かに美しい庭園だ。きっと庭師たちが丹精込めて手入れしているのだろう。


(フローレンシアの庭師たちも優秀だったわ。いつでも季節の花を綺麗に咲かせてくれて、よく私の好きな花で花束を作ってくれたりもして……)


 全てを失う前の幸せな日々が思い出されて、つい泣きたいような気持ちになってしまう。


 そんな郷愁を抱えたまま、美しく咲き誇る花々を見つめていると、ふいにヨーランの手がルツィエの肩に触れた。そして強い力で抱き寄せられた。


「お前は花が好きだと思ってな。機嫌は直ったか?」

「……はい、おかげさまで」

「僕はお前の気持ちを分かってやれるだろう?」

「……ええ、驚くほどに」


 いつもルツィエの嫌がることばかりしてくれる。

 この無駄に力強い腕はどうすれば離してくれるだろうか。

 忌々しい拘束から抜け出す方法を考えていると、思いがけず彼のほうから腕が離された。


「お前……ここに何の用だ」


 嫌悪の込められたヨーランの声に、ルツィエは思わずどきりとする。

 一体誰にそれほど怒っているのかと振り返れば、そこにはつい先日偶然出会って会話をした相手──皇太子アンドレアスの姿があった。


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