6. 帝国の皇族たち
晩餐の席に到着すると、皇后は戦勝報告のときとは打って変わってルツィエを歓迎した。ルツィエの装いを褒め、聖花国王女であるルツィエのために部屋を花で飾らせたのだと言って見せ、テーブルには豪華な食事が並べられた。
「あなたから家族を奪ってしまったことは申し訳ないと思っているわ。でも本意ではなかったのよ。私はなるべく平和的に交渉するつもりだったの」
戦争を命じた張本人が、まるで自分に非はないとでも言うように言い訳する。そして自分の責任になることを恐れたヨーランも慌てて弁明を始めた。
「僕もあそこまでするつもりはなかったんだからな。ただお前の兄と父親が抵抗するから仕方なかった」
手に持つナイフに思わず力が入る。
父と兄を殺したのもヨーランだった。
それに、抵抗するから仕方なくと言うなら、無抵抗の母を目の前で殺した理由は何だと言うのか。
怒りと悔しさで涙が出そうになるが、泣くわけにはいかないので無理やり微笑んで我慢する。
「……陛下と殿下のお気持ちは理解しております」
精一杯の皮肉を込めてそう答えると、表面通りに受け取った皇后とヨーランは安心したように表情を緩めた。
「まあ、不運な出来事だったのよ。そんな中、あなたは命拾いして帝国の皇子の伴侶に選ばれた。これからは帝国のために生きていかなくては」
「そうだ。僕たちの出会いは運命だった。お前の命を救ったのは僕だ。だからお前は僕のために尽くさなければならない」
「……もちろん、そのつもりです」
帝国とヨーランに復讐するために、全てを尽くして生きる。
それがルツィエの人生の目標だ。
秘めた決意を胸に笑顔で返事をすると、皇后が下心に満ちた瞳を欲深く煌めかせた。
「だったら、神宝花についても協力してくれるわよね?」
「協力、と仰いますと……? 残念ながら、殿下が仰ったように私は神宝花についてよく知らないのです。神宝花を顕現させるには複雑な手順が必要なのですが、それを教わった覚えがなく……」
「本当に? 私たちに隠しているのではなくて?」
「本当です。おそらく王女はいずれ外に嫁ぐ身ですから、詳しい話は伝えないことになっているのかもしれません」
「まあ、その可能性もあるわね」
「ですが、何か手掛かりになりそうなことを思い出したら必ずお伝えいたします」
「ええ、そうしてちょうだい」
それからルツィエは、幼い頃に侍女とした「晩餐会ごっこ」の人形遊びを思い浮かべ、人形のように無機質な愛想を振りまいた。
◇◇◇
晩餐会を終えて離宮の寝室に戻ったあと、ルツィエが寝台に入ったのは夜遅くになってからだった。
父と兄もヨーランに殺されたこと、そして家族の死を「不運な出来事」と悪びれもなく片付けられたことへの怒りが収まらず、なかなか眠る気になれなかったのだ。
だからしばらく読書をして心を落ち着けてから寝ようとしたのだが、横になって目を瞑ってみても、やっぱり寝つけなかった。
「……少し庭でも歩こうかしら」
離宮の庭なら一人で歩いても安全なはずだ。
ショールを羽織って外に出ると、爽やかな夜風が頬を撫でた。
(気持ちのいい風……)
夜の空気はひんやりとしていて心地いい。
そして、静かな場所に一人きりでいられるのも、今のルツィエにとっては心安らぐことだった。
(また眠れない夜は庭を散歩するといいかもしれないわね)
そんなことを考えながら歩いていると、木陰で何かが輝いて見えたような気がした。
(今のは何かしら?)
木の枝に何か引っかかっているのだろうかと軽い気持ちで覗いたルツィエは、目に入った光景に息を呑んだ。
(あれは……皇太子?)
ヨーランの兄、アンドレアス皇太子がなぜかこの離宮の庭の片隅で頭を抱えて呻いている。
(どうして皇太子がここに……? そういえば、あのとき彼が木に頭をぶつけていたのも、この場所だったのかしら)
こんな姿を見たと知られたら一体どうなるだろう。
気づかれる前に戻らなくてはと後ずさりしたとき、運悪く足下の小枝がぽきりと音を立てて折れた。
「……誰かいるのか?」
皇太子にそう問われては、名乗り出ないわけにはいかなかった。
「大変失礼いたしました。ルツィエ・フローレンシアでございます」
「そなたはたしかヨーランが連れてきた……」
「はい、敗戦国の捕虜として参りました。今はヨーラン殿下の婚約者として、本日よりこの離宮に住まわせていただいております」
なるべく丁寧に挨拶すると、アンドレアスは経緯を知らなかったらしく驚いたように目を見開き、ルツィエに謝罪の言葉を述べた。
「それは申し訳ないことをした。突然知らない者が庭にいて、さぞ驚いただろう。怖がらせてしまってすまなかった」
「いえ……こちらこそお一人でお過ごしのところを邪魔してしまい申し訳ございません」
「とんでもない。そなたが謝る必要はない。気にしないでくれ」
こちらを責めるどころか、心配して気遣うような言葉に、ルツィエは困惑した。
やはり噂で聞いたような残虐さは全く感じられない。
むしろ、こんな夜でも分かるほど顔色が悪く、何かに怯えているようにさえ見える。
「……あの、よろしければこちらをどうぞ。お顔色があまりよろしくありませんので」
羽織っていたショールを差し出すと、アンドレアスは戸惑ったように固まった。
「いや、そなたのほうが薄着なのに……」
「ああ、はしたなかったでしょうか。申し訳ございません」
「そうではなくて、そなたの身体が冷えてはいけないと思って……」
「私はすぐ部屋に戻ればいいだけですから。皇太子殿下が倒れられては大変です」
「……分かった。ありがとう」
仇の国の皇太子になぜこんなことをしてしまったのか分からない。でも、彼の弱々しい姿にどうしてか胸が締めつけられて、余計な世話を焼いてしまった。
「では、私はこれで失礼いたします」
「待ってくれ……!」
部屋に戻ろうとしたルツィエを、アンドレアスが呼び止めた。
「その、厚かましい頼みだとは分かっているが、時折この離宮に来させてくれないだろうか」
「……また夜中にいらっしゃるということですか?」
「ああ、おかしなことは何もしないし、すぐに帰る。こちらに構う必要もない。だからどうか許してほしい」
理由を聞くのが憚られるほど必死なアンドレアスの様子に、ルツィエは頷くしかなかった。
「皇太子殿下のお願いを私が拒めるはずもございません。どうぞご自由にいらしてください」
「ありがとう……」
「それでは失礼いたします。お風邪を召されませんよう」
ルツィエはこれ以上の深入りはやめるべきだと判断し、その場から立ち去ったのだった。