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29. 二人の皇子が手にしたものは

 その後、ルツィエとテオドルは花畑から皇后の遺体を運び出してフローレンシア王宮へと戻った。


 待機していた騎士たちは皇后の急逝に騒然としていたが、テオドルが「皇后は心臓発作で亡くなった」と説明すると、皆すぐにそれを受け入れた。そうして神妙な顔で哀悼の意を表していたが、それが上辺だけのものであることは彼らの目を見れば分かった。


(……騎士たちも心から忠誠を捧げていたわけではなかったのね)


 ルツィエたちはそのまま王宮で一夜を明かし、翌朝ノルデンフェルト帝国に向けて出発した。


 フローレンシアの惨状を改めて目にしたテオドルは、酷く心を痛めた様子で、必ず自分が何とかすると約束してくれた。

 そんなテオドルの言葉を心強く思いながら、ルツィエもまた自分こそこの国の王族として力を尽くさねばと決意した。


 そして、二人の乗った馬車がノルデンフェルト皇宮に到着した──。



◇◇◇



「母上……母上、どうして……!」


 皇后の遺体が入った棺の前で、ヨーランが膝をついて慟哭する。幼子のように棺に縋りついて母親に呼びかけ続ける彼に、ルツィエが静かに問いかけた。


「これで少しは私の気持ちが理解できましたか?」

「……お前の気持ち……?」

「愛する家族を殺された気持ちです」

「そんな……まさかお前が母上を……!?」


 震える声で問うヨーランをルツィエが冷めた目で見下ろす。


「あなたも一緒に葬ることもできましたが、それはやめることにしました。なぜだか分かりますか?」

「なぜって……やはり僕を愛していたからか……?」


 ヨーランが絶望と未練の混じった目でルツィエを仰ぎ見る。


「だから、僕の命だけは奪えなかったのか……? お前の愛する男だから……」


 彼の暗く淀んだ瞳が、地獄に差す光を前にしたかのように明るく色づく。

 しかしルツィエは無情な声で、その期待を打ち砕いた。


「いいえ、違います。私があなたを愛することなどありません。私はただ、あなたの命の恩人になろうとしただけです」

「は……? 命の、恩人……?」

「はい。殺せる人間を生かしてやれば、『命の恩人』になれるのでしょう? 前にあなたが言っていたのは、そういうことではありませんか? 家族の命を奪っておきながら、私を殺さなかったというだけで『命の恩人』を自称したのは」

「そ、それは……」

「でも私は寛大ですから、あなたのように自分に感謝しろとは言いません。ただもう二度と私に関わらないでください」

「そんな……母上が亡くなって、僕にはもうお前しかいないのに……! それに今なら僕にもお前の気持ちが分かる、僕たちならお互いを理解し合える……! 僕はお前を愛している! お前が母上を殺したのだとしても、この気持ちは変わらない……! だから──」


 母親の棺を離れ、ルツィエに追い縋るように伸ばしたヨーランの手を、ルツィエは思いきり叩き払った。

 

「何度言えば分かるのですか。私はあなたを愛したりしません。それにあなたの想いは愛ではなく執着です」

「ち、違う……これは愛だ……! お前がいなかったら、僕はどうやって生きていけば……!」


 ヨーランが頭を抱えながら呻き声をあげ、ルツィエの名を繰り返し呟く。

 ルツィエはまるで心が壊れたようなヨーランの姿を無表情で眺めると、「さようなら」と一言告げて、その場を後にした。



◇◇◇



 その後、ルツィエはテオドルとともに皇帝と面会した。

 皇帝は1年以上ずっと謎の病で昏睡状態に陥っていたが、数日前に突然意識を取り戻し、こうして面会できるようになったのだった。


 初めて会った皇帝はテオドルによく似ていて、腹違いのテオドルとアンドレアスが瓜二つだったわけがよく分かった。二人とも父親の血を色濃く継いでいたのだろう。


 皇帝は皇后が私欲のために猟犬事件や戦争まで起こした事実を知ると、深い溜め息をついて涙を流した。そして、テオドルとルツィエの二人に謝罪した。


「皇后のせいでそなたたち……いや、ソフィアや王女のご家族、そしてフローレンシアの人々に償いきれない不幸を背負わせてしまった。本当に申し訳なかった……」


 皇帝が罪を罪と認められる人間でよかったとは思うものの、ルツィエにとっては戦争に無関係の皇帝の謝罪は何の意味もないものだ。それに、皇帝がもっとしっかり側妃を守ってやっていればこんなことにはならなかったのではないかと思うと、何とも返事のしようがなかった。


 気まずい沈黙が漂う中、テオドルが奇妙な模様が描かれた紙を取り出して見せた。


「デシレア皇后の部屋から、この紙が見つかりました。調べたところ、これは古の呪術で使う紋様で、他者の意識を奪うもののようです。おそらく陛下はこの呪術によって意識を奪われ、皇后が亡くなって呪術が効力を失ったために目覚めることができたのでしょう」

「皇后は皇帝陛下にまで呪術を使っていたの……?」


 ルツィエが驚いて声をあげると、皇帝が悲しげに目を伏せた。


「……おそらく、私が皇后にかけた言葉が彼女の気に触ってしまったのだろうな」

「陛下は何と仰ったのですか?」

「アンドレアスが火事で亡くなった日、皇后があまりに悲しむものだから、ヨーランがいるじゃないかと言ったのだ。これからはヨーランを大事に守っていこうと。しかし、皇后にとっては慰めになるどころか、アンドレアスをないがしろにしているように感じられたのかもしれん。だから皇后は私のことを見放したのだろう」


 テオドルが言いにくそうに言葉を続ける。


「おそらく、アンドレアスと俺の換魂の術が成功していたら、皇帝陛下は暗殺されていたことでしょう。アンドレアスを皇帝に即位させるために。術が失敗して俺の意識が残ったことで、皇帝に即位させるわけにはいなかくなったので、代わりに皇后自身が皇帝の代理として実権を握れるよう、皇帝陛下を昏睡状態にしたのでしょう」

「……皇后が考えそうなことだ。きっと、そうなのだろう」


 皇帝がテオドルの顔をじっと見つめた。


「思えば、私はお前に何もしてやれなかった。テオドルという名さえソフィアが付けたもので、私が与えてやれたのは皇族の地位くらいのものだ。それさえずっと無意味に等しいものだったが……。実は私の命はもう長くないそうだ。1年半の昏睡で心臓がだいぶ弱ってしまったようだ。おそらく呪術の影響もあるのだろう。だから、テオドルお前に皇帝の座を譲ろうと思う。これからはお前がノルデンフェルトの皇帝として、この国を導いてくれ」


 皇帝の譲位宣言にテオドルが驚いて目を見開く。


「俺でいいのですか……? ヨーランもいるのに……」

「ヨーランは皇帝の器ではない。それは私もよく分かっている。お前の優秀さは離宮の使用人からたびたび聞いていた。お前ならきっとこの国を上手く率いていけるはずだ」

「俺を評価してくださってありがとうございます。ですが、俺はもうアンドレアスとして生きるつもりはありません。皇帝に即位するとなれば、皇后の悪事も全て公表することになりますが、それでもよろしいのですか?」

「やむを得ないだろう。他国まで巻き込んでしまったのだ。隠さず公表する責任がある。このような重荷をお前に背負わせるのは申し訳ないが、引き受けてはくれまいか」

「……承知しました。まだ未熟者ではありますが、全力を尽くします」

「ありがとう。私も出来る限り力を貸そう」

「ぜひお願いします」

 

 ──そして、この面会から三日後、皇帝の譲位が発表された。


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