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27. 神宝花の伝承

──『神の花は満月を恋しがる。白き絨毯で踊る末裔に女神の加護が訪れるだろう』


 ルツィエが歌うように語った言葉に、デシレア皇后は頬を紅潮させて食いついた。


「それが神宝花(ディラ・フロール)にまつわる伝承なのね……!?」

「はい、そうです。神宝花は満月の夜に、定められた場所で祈りを捧げることで姿を現すのです。白き絨毯というのは、聖花国にある花畑のこと。末裔というのはフローレンシア王家の血を引く者のことです」

「あなたはその踊りを知っているの?」

「はい。子供の頃から教え込まれてきた踊りがあるのですが、それがその踊りかと」

「次の満月の夜は……」

「明日の夜です」

「なんてこと! この機を逃すわけにはいかないわ。早く出発しないと! ルツィエ、あなたも急いで支度なさい」

「かしこまりました。ではまた後ほどお目にかかります」


 ルツィエは優雅にお辞儀をすると、出発の準備のためにその場を後にした。



◇◇◇



 その後、支度を終えた三人は、まだ日が高いうちに旧フローレンシア聖花国へと出発した。

 馬車に揺られながら久々の祖国へと向かう道中、ルツィエは窓の外を眺めながら、その景色の変化に心を痛めていた。


 元々帝国の領土だった場所は、首都から離れていてもそれなりに豊かな暮らしをしているように見えたのに、フローレンシアの領土だった村や町には侘しい雰囲気が漂い、人々の顔にも疲れがにじんでいた。


(前はこんな風ではなかったのに……)


 馬車での皇后とアンドレアスの会話からすると、帝国は敗戦国であるフローレンシアに重税を課し、贅沢品もことごとく献上させて、搾取の限りを尽くしているらしい。


 以前ヨーランにフローレンシアの様子を聞いたときは、寛大な治世をしているかのように言っていたが、あれはルツィエによく思われようとでたらめを教えたのだろう。


(民たちにこんな苦労をさせてしまっていたなんて……王族として情けないわ)


 物憂げに目を伏せるルツィエの前で、アンドレアスが窓の外に向かって舌打ちをした。


「ふざけた国だ。ノルデンフェルト皇家の馬車が通るんだ。もっと盛大に迎えるべきだろうが」

「本当ね。礼儀がなっていないわよ、ルツィエ」

「……申し訳ございません」


 この二人の目には、民たちの苦しみが見えていないのだろうか。彼らを苦しめているという自覚がないのだろうか。

 怒りで震えそうになるが、今はまだ我慢しなければならない。


「この国の王女として、この有様を本当に恥ずかしく思います」


 あと少し。

 もう少ししたら、必ずこの不条理を終わらせてみせるから。


 ルツィエはぎゅっと拳を握りしめ、祖国の大切な民たちに固く誓った。



◇◇◇



「到着いたしました」


 馬車が止まり、御者によって扉が開かれると、そこは懐かしくて堪らないフローレンシアの王宮だった。


 満月の明かりの中、王宮の白い外壁がぼんやりと浮かび上がって見える。


 庭園はヨーランたちによって踏み荒らされたまま放置され、あの日の悲劇が胸に蘇るが、それでもまたここに戻ってこられたことが嬉しくて仕方ない。


「ルツィエ、ここからは歩いていかなければならないのでしょう? 時間が勿体ないわ。早く案内して」


 皇后が気を逸らせてルツィエに催促する。

 ルツィエはやや躊躇った様子を見せると、皇后に近寄って小声で囁いた。


「おそれながら、護衛の騎士たちはここで待機してもらったほうがよいと思います」

「どうして?」

「顕現した神宝花(ディラ・フロール)を前にして、欲を抑えられない者もいるかもしれません。それに、陛下には秘密になさりたいことがあるのではないですか?」


 皇后は図星を指されたように言葉に詰まったあと、連れてきた騎士たちに待機を命じた。


「ここからは私とアンドレアスだけで向かうわ」


 何も知らずに護衛を手放した皇后の前で、ルツィエが厳かに片手を胸に当てる。


「では、ご案内いたします」



◇◇◇



 ルツィエは皇后とアンドレアスを特別な花畑へと案内した。

 切り立った崖の間にある場所で、月明かりとランタンの光を頼りに進んでいく。


「伝承にある花畑はこの階段をのぼりきった先にあります」

「階段って……全く舗装されてないただの岩場じゃない!」

「無闇に立ち入ってはならない場所ですから、自然のままにしているのです」

「母上、手を貸しましょう」

「アンドレアス、助かるわ」


 決して簡単には歩いて行けない場所だったが、皇后は悪態をつきながらも諦めることはなかった。


 それだけ切実に神宝花を求めているのだろう。

 最愛の息子を完全に蘇らせるために。

 そのためなら、何の罪もない側妃親子を犠牲にし、他国を滅ぼすことさえ厭わない。


(恐ろしいほど強い母の愛……いえ、これは愛じゃない。執念だわ)


 アンドレアスの手を借りて階段をのぼる皇后に憐みの眼差しを向けたあと、ルツィエは最後の一段をのぼりきった。


「皇后陛下、アンドレアス殿下、到着いたしました」


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