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26. もう戻れはしないから

 離宮に戻ったあと、ルツィエはヨーランから聞いた話を思い出し、泣いてはいけないのに今にも泣きそうになってしまった。


(あまりにも残酷すぎるわ……)


 ヨーランが語った内容はこうだった。


 本物の皇太子アンドレアスは、実は1年前に事故に遭って亡くなっていた。街の娼婦と遊んでいたところを火事に巻き込まれて死亡したのだった。


 ところが、アンドレアスを溺愛していた皇后は彼を生き返らせるために古の禁術に手を出した。アンドレアスの魂を保存し、依代となる新しい生きた身体を用意して、魂を入れ替える術。


 そして依代の身体に選ばれたのは、皇帝の側妃ソフィアの息子である皇子テオドルだった。皇太子と双子のように瓜二つだったため、入れ替わりに気づかれる可能性は低い。


 テオドルの身体を手に入れるため、皇后デシレアは離宮にヨーランの猟犬を放った。母子共に噛み殺されたように偽装した裏で、テオドルだけを生かして拉致し、アンドレアスとの換魂の儀式を決行した。


 しかし、蘇生に必要な神聖力が足りず、術は不完全に終わったらしい。アンドレアスの魂は依代の身体に入ったが、元の魂が排出されず、テオドルの人格はそのまま保たれることになったのだ。


 だから皇后は今度こそ禁術を完成させるために、莫大な神聖力を秘める神宝花(ディラ・フロール)を求めていた。アンドレアスにテオドルの身体を乗っ取らせるために。


(私が出会った皇太子は、テオドルだったんだわ……)


 以前ルツィエが側妃と皇子のために祈ったとき、「アンドレアス」が涙を流した理由がやっと分かった。

 そして、彼が夜に人目を忍んで離宮に通っていた理由も。


 彼の言ったとおり、自分を保つために必要だったのだろう。


(テオドル殿下はどれほど苦しく、悔しい思いをしていたのかしら……)


 皇后の気に障るからと、母親と二人で離宮に閉じ込められたうえ、たったひとりの大切な母を無残に殺され、自分の身体まで奪おうとされて。


 ルツィエが戦争捕虜として初めて皇太子に会ったとき、彼を見て、全てに無関心な冷たい眼差しをしていると思った。

 それも当然だ。きっと彼の心は壊れる寸前だった。

 祖国と家族を奪われたルツィエのように。


(……このままではいられない)


 晩餐のとき、アンドレアスは術がまだ不完全だと言っていた。つまり、あの身体にはまだテオドルの魂が残っているということ。


 アンドレアスが主人格になれたのは、おそらく落馬事故の影響による偶然のようなもの。神宝花が見つからない限り、テオドルの身体を完全に乗っ取ることはできないはず。


「……まだ希望はある」


 ルツィエは以前机の引き出しで見つけた手紙を手に取った。

 ソフィアの誕生日を祝うテオドルからの手紙。


 身勝手な欲望のために、この温かな親子を絶望に陥れた者たちを決して許すことはできない。

 

「私が必ず助けてみせる」


 もう二度と大切な人を失いたくない。

 ルツィエの水色の瞳に、燃えるような光が宿った。



◇◇◇



 翌日、ルツィエはデシレア皇后に手紙を書いた。

 前日の晩餐の御礼とともに、神宝花(ディラ・フロール)について重要なことを思い出したことを書き添え、会って話したいとお願いすると、すぐに返事が届いた。

 至急皇宮に来るよう書かれた返事を読んで、ルツィエはかすかに口の端を上げた。



***



「お時間を割いていただきありがとうございます。皇后陛下、皇太子殿下」


 謁見の間でルツィエを見下ろすデシレア皇后とアンドレアスにお辞儀をすると、皇后は待ちわびていたように早速本題に入った。


「それで、重要なことを思い出したというのは本当なの?」

「はい、昨晩夢を見て思い出しました。どうしてこのことを忘れていたのか……。家族を失った衝撃で記憶が混乱していたのかもしれません」

「そんなことはどうでもいいわ。早く内容を教えてちょうだい」


 次第に苛立ってきた皇后にルツィエが話をしようとすると、アンドレアスが割り込んで待ったをかけた。


「母上、お待ちください。話が出来すぎていませんか?」

「どういうこと?」

神宝花(ディラ・フロール)につながる情報をこんなに簡単に明かすなんて」

「でも何か思い出したら伝えると約束していたのだし……」


 皇后が早く手がかりを知りたがっている一方で、アンドレアスは都合のいい展開を疑っているようだ。


「ルツィエ、なぜその情報を俺たちに伝えようとしている? 何か企んでいるのではないだろうな」


 猜疑心をあらわにするアンドレアスを見返して、ルツィエは切なげに眉を下げた。


「アンドレアス殿下は私を買い被ってくださっているようですね」

「……どういうことだ?」

「殿下はこう疑われているのではないでしょうか。私が祖国を滅ぼし、家族を殺した敵国を騙して報復しようとしているのではないかと。ですがそれは違います」


 ルツィエが首にかけたイエローダイヤのネックレスを大切そうに撫でた。


「私は帝国に来て変わってしまいました。フローレンシアにいた頃は、色とりどりに咲く花や、その周りを可憐に飛び回る蝶を何よりも美しいと思っていました。ですが、圧倒的な国力を持つ帝国で豪華な宝石やドレスに毎日身を包んでいるうちに、この贅沢な生活を手放したくないと思うようになったのです」

「ハッ……なるほどな」

「私は、もう昔の純粋だった私にはもう戻れません。これからも美しいドレスと宝石を身につけ、毎日のようにお茶会や夜会に参加して贅沢に暮らしたいのです。お願いです、皇后陛下、皇太子殿下。私がお伝えする情報で神宝花を手に入れることができたら、私を帝国皇家の一員にしてください。正妃ではなく側妃でも構いません。そして、今後も何不自由ない生活ができることを約束してください。そうしたら、私は帝国に全てを捧げ、神宝花だけでなく、フローレンシアの秘密を全部お話しいたします」


 欲望をさらけ出したルツィエに何とも言い難い妖艶さを感じ、アンドレアスは愉しそうに目をすがめた。


「聖花国の王女も帝国の富には抗えなかったか。いいだろう、お前の協力で神宝花を得られた暁には、お前を妃にしてやろう。いいでしょう、母上?」

「……そうね、側妃でも構わないと言うなら」

「ではルツィエ、まずは神宝花の手がかりを教えろ」

「かしこまりました」


 ルツィエは恭しく頭を下げ、皇后と皇太子の愚かさに微笑んだ。


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