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19. たとえ復讐のためでも

 アンドレアスとのダンスのあと、ホールに戻って閉会まで舞踏会に参加したが、結局、大した情報は得られずじまいだった。


 耳にしたのは、ほとんどがルツィエに関する嘲りや嫉妬のような言葉で、あとは皇太子の婚約者は誰になるのかという話題ばかりだった。


 どうやら皇太子にまだ婚約者がいないのは、皇后の意向によるものらしい。名家の当主たちは自分の娘を婚約者にと話を出してはいるものの、今はその時ではないと皇后が却下しているようだった。


(皇太子殿下を溺愛しているからだと言われていたけれど……正直、今までの様子からそんな印象はあまりないのよね)


 たしかに、以前崖崩れに巻き込まれたとき、皇宮に到着したばかりの馬車に駆け寄って、取り乱した様子を見せていた。


 しかし、「なぜこんな怪我をしたの!?」、「立場を考えなさい!」と怒鳴っていて、怪我した息子を案じているというよりは、怪我を負ったこと自体を責めているようにも見えた。


(皇后は第二皇子にもあまり関心がないようだし、大国の皇族というのはこんなものなのかしら……?)


 ルツィエの家族は皆仲が良かったが、どこの家庭もそうであるとは限らない。それに今は皇帝が臥せっているようだから、次期皇帝である皇太子の怪我にはなおさら敏感になっているのかもしれなかった。


「アンドレアス殿下……」


 舞踏会の夜、庭園の木陰で彼と踊ったときのことを思い出す。ダンス一曲分の束の間のひと時。踊り終わったあと、握った手をしばらく離せなかった。


 ヨーランが待つホールに帰りたくなかっただけではなく、アンドレアスと離れるのを寂しく思ってしまったのだった。


(……でも、アンドレアス殿下も私の手を離さなかった)


 ルツィエの心を知ってか知らずか、彼もまた握った手を離さず、それどころか名残惜しそうにルツィエの手をぎゅっと握りしめた。


(アンドレアス殿下も離れがたいと思っていたのかしら……)


 そもそも、彼が庭園でルツィエを見つけたのも偶然だったのだろうか。「ルツィエだから踊りたいと思った」と言っていたのは、どういうつもりだったのだろうか。


 彼の行動や言葉の意味を知りたい……いや、たとえ何でもないことだったとしても、意味を見出したくなってしまう。


(私、なんだかおかしいわ……)


 また落ち着かなくなる胸を押さえていると、侍女が部屋の扉をノックした。


「ルツィエ様、ヨーラン殿下がお見えです」



◇◇◇



「この離宮の庭園はいつ来ても地味だな。まあ、元の主人の趣味が悪かったんだろう」

「……落ち着いた雰囲気で、私は気に入っておりますわ」


 ヨーランが訪ねてきたものの、部屋で二人きりにはなりたくなくて、ルツィエは庭に誘ってみた。しかし、歩き始めるなり彼が悪態をついてきたので、ルツィエはうんざりしてしまった。


 華やかなだけが美しいわけではない。

 たしかに素朴ではあるが、季節ごとの楽しみや色彩のバランスが考えられたこの庭がルツィエは気に入っていた。


 しかし、ヨーランはそのことを理解できないようだった。


「可哀想に、毎日こんな庭を見ているせいで感性がおかしくなったんだな。よし、僕がお前の目を養ってやろう。行くぞ」

「えっ、一体どこへ……」


 そうして半ば離宮から攫われるようにして連れていかれたのは、また皇宮の庭園だった。今度はホールにほど近く、前回よりさらに華やいだ雰囲気のある場所だ。


「どうだ、これに比べれば離宮の庭なんてままごとのようなものだ。ほら、あそこにお前の好きそうな花も植えさせたんだ。嬉しいだろう?」


 ヨーランが指差した先には、たしかに綺麗な花が植えられていた。おそらく、これを見せたいがためにわざわざ離宮から連れてきたのだろう。でも、ルツィエはそれよりも、もっと先に見える木陰のほうが気になった。


(舞踏会の夜にアンドレアス殿下とダンスをした木陰だわ……)


 あの場所を目にした途端、繋いだ彼の手の温度や優しい眼差しが鮮明に思い出されて、思わず頬が赤くなる。

 しかし、それを見たヨーランはルツィエの頬が染まった理由を都合よく勘違いしたようだった。


「そんなに感動したのか、ルツィエ?」

「え……ええ、私のためにありがとうございます」

「まあ、お前の前ではどんな花も霞んで見えるがな」


 ヨーランが振り返り、金色の瞳でルツィエをじっと見つめる。その眼差しに今までとは違う熱を感じ、反射的に後ずさろうとした瞬間、ヨーランに腕を掴まれた。そのまま彼は片手でルツィエの頬に触れ、親指でルツィエの唇をゆっくりとなぞった。


「ああ、ルツィエ……お前の唇はまるで薔薇のつぼみのようだ。可憐で艶めかしい」


 ヨーランの顔がゆっくりと目の前に近づく。

 彼が何をしようとしているのかは明らかだった。

 ヨーランの唇が、あとわずかでルツィエの唇に触れる。

 復讐を果たしたいなら、この口づけも受け入れるべきなのかもしれない。

 でも──……。


「やめて……っ!」


 ヨーランの唇が触れる寸前、ルツィエはヨーランを突き飛ばした。


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