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14. 最悪のお茶会

「誉れ高き皇太子であられる兄上、本日はお越しいただき感謝申し上げます」

「……いや、招待してくれてありがとう、ヨーラン」


 ヨーランの慇懃な歓迎に戸惑った様子を見せながら、アンドレアスが席に着く。


 今日はヨーランの発案により、皇子宮の庭園で茶会を開くことになったのだった。参加者はヨーラン、アンドレアス、ルツィエの三人で、普通に考えて和やかにお茶を楽しめるような雰囲気ではない。


 しかしヨーランはやけに余裕ぶった様子で、アンドレアス相手に笑顔を見せさえした。


「お茶の味はいかがですか、兄上?」

「とても美味しいよ。それに香りもいい」

「それはよかった」


 ヨーランは紅茶を一口飲んでカップをソーサーに置くと、片眉を上げてアンドレアスを見た。


「ところで、先日はルツィエを守ってくださりありがとうございました。彼女の婚約者として心から感謝しています」


 それから今度は隣に座るルツィエの腕に手を置き、愛おしげにひと撫でする。


「おかげさまで、このとおり傷跡もすっかりなくなりました」

「……そのようだな。安心したよ」

「ルツィエ、肌にいいと評判のクリームを買ったんだ。試しに使ってみるといい。そうだ、今僕が塗ってやろうか」

「……ありがとうございます。ですが、今は結構です」

「まあ、兄上の前だからな。二人きりのときにしよう」

「……」


 ヨーランが一言話すたびに、場の空気が冷えていくのが感じられる。ルツィエもアンドレアスもヨーランの言動の意図を感じ取りながらも、平静を装ってやり過ごすしかなかった。


(この間、「あいつに分からせてやらないとな」と言っていたのは、このことだったのね……)


 アンドレアスに見せつけるような発言や振る舞いは、「ルツィエは自分のものだ」と牽制しているつもりなのだろう。こんなことをしたところで、何の意味もないというのに。


(でも、この程度でよかったわ。もっと大変なことを仕出かすんじゃないかと心配だったもの。お茶会が終われば、この男の気も済むかしら)


 せっかくの味も分からなくなってしまった紅茶を一口飲むと、ヨーランが愉しげな声音でルツィエに尋ねた。


「そうだ、ルツィエは動物が好きか?」

「え……ええ、動物は好きです」


 フローレンシアにいた頃も、王宮で飼っていた動物たちとよく遊んでいた。愛嬌のある犬や猫はもちろん、羊や馬も大好きで、刈りたての羊の毛を触らせてもらったり、お気に入りの馬に乗って野原を駆けたりもした。


 今は庭にやって来る小鳥に餌をやるくらいしか動物と触れ合う機会はないが、叶うならまた乗馬をしたり、猫を抱いたりしてみたい。


「動物は純粋で温かくて、心が癒されます」

「ああ、ルツィエは本当に愛らしいな」


 ヨーランはまた無駄にルツィエを撫でてみせると、なぜか近くに控えていた使用人を呼び寄せ、「連れて来い」と命じた。

 

(連れて来い……?)


 話の流れからして、何か動物でも連れて来るのだろうか。


(お茶会の席だし、大人しい動物よね。鳥とかウサギとかかしら)


 愛らしい小動物と触れ合えば、この殺伐としたお茶会を乗り越える気力も湧いてくるかもしれない。

 そう思って期待に胸を膨らませたが、皇子宮の使用人が連れてきたのは、想像とは全く違う動物だった。


(あれは……猟犬?)


 使用人が運んできた檻の中には、黒い短毛の犬がいた。引き締まった体付きをしており、やや長い耳がぴんと上向きに立っている。獰猛な気性なのか牙を剥いて唸り声をあげており、檻に入れられているとはいえ恐怖を感じる。


(どうして猟犬なんて連れてきたのかしら……)


 ルツィエがヨーランの行動を怪訝に思っていると、向かいの席に座っていたアンドレアスの顔が青褪めていることに気がついた。それを見たヨーランが口もとを歪めて陰険な笑みを浮かべる。


「おやおや兄上。顔色が優れないようですが、もしや僕のもてなしがお気に召しませんでしたか?」

「いや……少し身体が冷えただけだ」

「それはいけない。紅茶のおかわりを持って来させましょう。それまでの間、ぜひ僕の猟犬をご覧ください」

「……すまないが、俺は遠慮して──」


 アンドレアスの顔色がさらに悪化して冷や汗が浮かぶ。するとヨーランはますます面白そうに笑みを深めた。


「遠慮なんてなさらないでいただきたい。ほら、檻の近くへお越しください」

「ヨーラン、俺は……」

「いいから早く来いよ! まさか檻の中の猟犬が怖いのか!?」


 ヨーランが嘲りの顔をして声を荒らげる。

 その様子がひどく醜悪に見えて、ルツィエはたまらず仲裁に入った。


「もうおやめください。皇太子殿下はご気分が優れないようです。お茶会はお開きにしましょう」

「ルツィエはあいつの味方をするのか?」

「具合の悪そうな方を放っておけないだけです。このあと二人でお茶をしましょう。それでは駄目ですか?」

「フン……まあいいだろう」


 檻のそばに立っていたヨーランがどさりと椅子に座り、アンドレアスに侮蔑の目を向ける。


「これで分かっただろう。お前みたいな腰抜けはルツィエに相応しくない。さっさと失せろ、目障りだ」


 アンドレアスは青褪めた顔のまま席を立つと、無言で会釈をして庭を後にした。

 ルツィエは重い足取りで帰っていったアンドレアスを気がかりに思いながら、機嫌良さげなヨーランの相手を務めたのだった。


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