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12. ルツィエの見舞い

 あの崖崩れの事故から一週間後。

 ルツィエは部屋に並ぶ見舞いの品を見渡すと、ふぅと重い溜め息をついた。事故の翌日から、ヨーランが毎日見舞いにやって来るのだ。


(怪我のおかげで外出に誘われなくなったのはよかったけれど……)


 医師から処方された薬があるのに、よく分からない塗り薬や飲み薬を持ってこられて、正直扱いに困っていた。それに見舞いの花束はどれも綺麗ではあるが、なにせ数が多すぎるし、寝室に飾るには少し匂いがきつい。


「……とりあえず別の部屋に飾ってもらおうかしら」


 優美なジャスミンの花を遠目で眺めながら呟くと、ちょうど侍女がやって来た。


「ルツィエ様にお手紙が届きました。皇太子殿下からです」

「皇太子殿下? 療養中のはずなのにどうなさったのかしら……」


 ルツィエは侍女から手紙を受け取ると、ヨーランの見舞いの花を別室に飾るよう頼んで、手紙の封を開けた。


「えっ、お見舞いの手紙……?」


 アンドレアスからの手紙には、ルツィエを怪我を心配して気遣う内容が書かれていた。


(向こうのほうがよほど酷い怪我をしているのに……)


 ルツィエは自分のせいで大怪我をさせてしまったことを洞窟で何度も謝ったが、そのときも彼はこのくらい平気だと言い、ルツィエの腕や頬についたわずかな擦り傷の心配ばかりしてくれた。


 洞窟を出てからは、ヨーランの機嫌を損ねると悪いと思い、こちらからは特に何も連絡していなかったが、こうして見舞いの手紙を貰ったからには返事を書くべきだろう。


 早速引き出しからレターセットを取り出して、アンドレアスへの返事をしたためる。


(そういえば、怪我のせいでしばらく離宮の庭には来られないかもしれないわね。お庭の花をお贈りしたら喜ばれるかしら)


 ルツィエはアンドレアスへの返事を書き終えると、彼へ贈る花を探しに庭へと出ていった。



◇◇◇



「……俺のために摘んでくれたのか」


 ルツィエからの手紙に添えられていた花を眺め、アンドレアスが眩しそうに目を細める。


 花にはあまり詳しくないが、母親から教えてもらっていくつかは知っている。この花も名前を教えてもらった記憶があった。


「これはたしかガーベラだったか」


 綺麗な薄桃色の花びらがまるでルツィエの髪のようだ。

 アンドレアスは無意識に花びらを撫でたあと、彼女からの手紙にもう一度目を落とした。


 心のこもった御礼と気遣いの言葉が、美しい筆跡で綴られている。先ほどから何度も読み返しては温かい気持ちになり、彼女が無事で本当によかったと安堵した。


 あの日、ルツィエと一緒に崖下に落下していったとき、彼女を守ることに必死だった。それと同時に、彼女を庇って自分が死ねたら、全てが解決するかもしれないと思った。


(……でも、そう上手くはいかなかったな)


 結局死ぬことはできず、意識が朦朧とした際に「彼」が出てきてしまった。せいぜい夢に出てくることしかできないと思っていたのに。


 このことは絶対に他の誰にも知られてはならない。


(彼女にも改めて頼まなくては……)


 アンドレアスは薄桃色のガーベラの花びらを、もう一度優しく撫でた。



◇◇◇



「わざわざお見舞いに来ていただいてありがとうございます。本来なら私から伺うべきでしたのに……」

「いや、そなたはきっと皇宮にはあまり足を運びたくないだろう? それに俺もこの離宮のほうが落ち着くから気にしないでくれ」


 離宮の庭を歩きながらルツィエとアンドレアスが久しぶりに会話を交わす。ルツィエが手紙の返事を出した翌日、アンドレアスから再び手紙が届き、見舞いに来たいと言うので会うことにしたのだった。


「お見舞いのお花もありがとうございます。心が癒されます」

「それならよかった。ホールが花で一杯だったから、もしかしたら邪魔になるんじゃないかと心配だったんだ」

「そんなことはありません。カスミソウは特に好きな花ですし」

「そうか、俺もカスミソウはそなたに似合うと思ったんだ」


 アンドレアスが穏やかな笑顔でそんなことを言うものだから、ルツィエは思わず目を逸らしてうつむいた。


「……ありがとうございます。部屋に飾らせていただきますね」

「ああ」


 それからルツィエもアンドレアスもしばらく無言で歩いていたが、薔薇のアーチを通りかかったところでアンドレアスが立ち止まった。


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