表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/65

3、血の花火

「同情なぞ期待するなよ。こっちは弟を傷つけられているんだからな」


 怒りに顔を歪めながら告げ、侃爾はシイの着物の襟を掴んで無理矢理立ち上がらせた。よろけた拍子に彼女の下駄が脱げる。

 シイの華奢な足首を伝う血に眩暈がした。

 人々の視線が二人に集まっている。

 もう引き返せない。


「何もかも……目障りだ」

 侃爾は低く言い、腕を振りかぶってシイを地面に叩きつけた。


 ――――が、恐らく。その力加減を間違えたのだ。


 彼女は予想したよりも遠くに投げつけられ、店の軒下を支える柱の角に額を強打した。

 瞬間、鮮血が花火のように弾けた。

 倒れ込んだシイの周囲には血の飛沫が撒き散らされる。

 ぶつけた額はしとどに濡れて、溢れた血液は着物をどす黒く汚した。


 罰を与えようとした侃爾もこれには身を硬くした。

 シイほそれでも黙したまま、己の内から零れるものをじっと見つめていた。そして誰もが顔を顰める中でふらふらと立ち上がり、一本道を亡者のように歩いてどこかへ行ってしまった。侃爾がその背中から目を離せないでいる間に、興味を失った人々の群れは散り、辺りは元の雰囲気に戻った。


 店の男は立ち尽くす侃爾を「よくやった」と褒めた。

 侃爾は深呼吸をしながらその場を後にした。頭の中に真っ赤な花火が、流れ落ちる鮮やかな血液が、こびりついて離れない。見れば指先まで冷えた手が震えていた。


 恐怖がこみ上げてくる。

 血の色が心を乱すのだ。

 こわい。

 こわい。


 あの怪我の原因をつくったのは間違いなく自分なのに、認めることがどうしようもなく恐ろしかった。

 震える手で作った拳が重い凶器のように見えた。事実、凶器になったのだ。

 振り返ると柱は血に濡れたままだった。


 寮までの距離がいつもより遠く感じ、着いた後は食事も取らずに布団に潜り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ