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13、痛覚

 侃爾は苛々としたまま奥の間に続く障子を開けた。

 闇の中でも瞬く貝片が、ピンセットで摘ままれているのが見えた。シイの顔は文机の板面に接着しそうなほど近付き、「おい」と呼ぶまで侃爾の存在に気付かない。


「いつまでやってんだ。こんなに暗くては見えないだろう」

「は、…あ、はい、……あ!お待たせをし……してしまって、すみません」

 シイはゆるく一つに結わえていた髪をあたふたと解いて、障子に体をぶつけながら部屋を出て、畳に正座をした。侃爾は食器棚の中に見つけていた処置道具一式を持って彼女の前に胡坐を掻く。


 侃爾がシイの顔に手を伸ばす。

 びくっと体を揺らした彼女の開いた瞳孔を見て、侃爾はひどく居心地が悪くなった。

「前みたいに目を閉じていろ」

 指示通りに目を伏せる彼女の、瞼の上のガーゼを剥がす。ガーゼには古い出血のあとが広がり、傷は塞がる気配はあるもののまだ潤んでいる。前回と同様に消毒をして新しいガーゼを貼る。その繰り返しを、視界がぼやけるよう仕向けて目を細めて行った。なかにはガーゼを剥がしたことで再び出血するものもある。縫合しなければいつまでも治らないと見える傷もある。しかし医師免許を持たない自分に出来ることは手当程度に限られる。

 ほとんど無力と言っていい。


 大きな瞳にこじんまりとした目鼻、淡く色づいた唇。

 決して不細工な顔かたちでは無い彼女を、無数の傷が汚している。

 神経衰弱に生まれたばかりにこの見目の良さも役を成してない。

 勿体無いことだ、と素直に思う。

 相変わらず額の裂傷の状態は悪かった。

 不器用に削られたようなそこはひどく痛みそうなものなのだが、ヨードチンキを当てても動じないシイを見ていると、そんなものなのかと感覚鈍麻を起こしそうにになる。


「痛みは無いか?」

 一応尋ねる。

 予想通り、

「だ、だ、大丈夫、です」

 と落ち着きのない声が返ってきた。

「目を開けていい」

 言うと、シイは蕾が開くようにゆっくりと瞼を上げた。

「痛くないんだな?」

「……は、い」


「これは?」

 唐突に、侃爾がシイの前腕を掴んだ。片手で掴みきれるほど細いそれを強く握る。

 シイは一瞬驚いたようだったが、すぐに黙り込み頭を横に振った。

「じゃあこれは」

 侃爾が更に力を込める。

 シイは無表情で俯いていた。

 ほとんど本気を言っていいほど攻撃的に力を強くしていくと、そのうちミシッと骨が軋んだ感触がした。

「……これは?」

「……大、丈夫です」


 侃爾はシイの腕を解放した。うっ血のあとが痛々しく残っていた。痛めつけられたシイが平気そうな顔をしていて、痛めつけた侃爾が苦虫を嚙み潰したような顔をしているなんて――滑稽だ。彼は胸の中で自嘲し、己の愚かな行いに腹を立てた。

「もし腫れたら診てもらいに行けよ」

 そう言って立ち上がる。

 シイは考えるように視線を彷徨わせてから侃爾の顔を覗き込み、「だ、だ、大丈夫です」とほのかに口の端を上げた。……ように侃爾には見えた、が、勘違いかもしれない。


「また来る」

 侃爾が言うと、シイは一転不安そうに頷いた。

 空は厚い雲で塞がれていたが、時折隙間から月明かりが覗いている。

 シイの細い腕にくっきりと残った己の手形を思い出すと、どこかに頭を打ち付けたくなる。これは憎むべき相手に対する仕打ちとしては正解に等しいのだ。なのに達成感を覚えるどころかひどく空虚で、自己嫌悪や後悔に似た感情ばかりが胸の奥を掻き乱す。

 気分も歩調も重い。四肢に鉛をつけられた、まるで罪人のようだ。

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