〜狭間の世界〜
一つの異世界が、魔王の手によって滅びようとしていた。
異世界神こと私は、この狭間の世界に“最後の選ばれし者”を召喚した。
「来たか……! 転生者よ。君にはこれから、ここからスキルを三つ選んで、異世界を救う勇者になってもらう!」
だが、彼は開口一番、こう言った。
「え? 嫌ですけど」
私は耳を疑った。
「え? 普通、若者は異世界転生を喜ぶものでは……?」
(ま、まぁいい。こういうタイプもいる。“やれやれ系”というやつだ。「しょうがない、世界救ってやるか」みたいなスタンスがカッコいいと思ってる、あのタイプだ)
しかし、彼は気だるそうに口を開いた。
「“静かな退職”って知ってます?」
私は思わず目を丸くした。
「……キャリアアップや昇進を望まず、必要最低限の仕事しかしない、あの?」
「それです。俺、一流企業でそれやってて、現世に不満もないんで、早く戻してください。世界を救うとか、コスパもタイパも悪すぎだし、痛そうだし。そもそも異世界の危機なんて、俺関係ないし。……あ、ここスマホ繋がるじゃん」
彼は、私の目の前でスマホを取り出し、いじり始めた。
……私は確信した。
彼は“やれやれ系”などではない。新しい価値観を持った、新人類なのだと。
「もうこの狭間の世界に来た以上、戻るという選択肢はないのだ! 転生者よ、スキルを三つ選ぶのだ!」
「はぁ……じゃあ、まずこれ」
(おおっ、サンダーか。雷の勇者というわけだな!)
「次、これ」
(ネットショップ……最近人気の異世界スキル! トレンドを押さえている!)
「じゃあ、最後にこれ」
(ストップ……物体を固定・停止させる補助スキルか。地味だが使い方次第では有用だ)
「よし、雷の勇者よ! 異世界を救うのだ!」
私は彼を異世界に転生させようとした。……が。
……あれ?
「自分に“ストップ”かけました」
私は絶句した。
彼はネットショップからテレビ、ゲーム、座椅子などを次々と取り出し、雷のスキルで電力を供給しながら寛ぎ始めた。
「異世界、行きたくないんで。ここに住みます」
「す、住む…狭間の世界にか…!? だが、そのネットショップの支払いはどうする? いずれ金が尽きるだろう!」
「実家暮らしで、5年分の給料を株式に突っ込んでるんで、放っておいても配当金が入ってきます。ここなら家賃もかからないし、全然余裕ですね」
「金融リテラシー……たっか……」
「っていうかさ、一番ウザいの、あんたなんですよ。ここの生活で唯一のストレス源。黙ってもらっていいですか」
「……えぇ……」
ーー数日後。
私は彼と並んでゲームをしていた。
どうやら、彼の“静かな退職”精神が私にも伝染してしまったようだ。
彼の言葉を借りるなら、異世界の危機など、私には関係ないのだ。
――完