〜影の代行者〜
異世界に召喚されて、もう五年が経った。
右も左もわからず、魔物に追われて泣きながら街へ逃げ込んだ日もあった。
けれど今では俺も、この世界でしっかりと生きている。
俺の職業は――アサシン。
闇の依頼を請け負う、“影の代行者”だ。
今日もまた、依頼を受けて指定された酒場へ向かう。
カウンターで合言葉を交わすと、奥の個室へと案内された。
そこには、小柄で震える男が一人。
「……ご依頼内容を」
フードを深くかぶり、低く声を落とすと、男は怒りに震える声で言った。
「――を……お願いします」
一瞬の静寂。
「……わかりました。依頼料は前払いで頂きます」
数刻後。月の光が街を照らす夜。
ギルド本部のマスター室への潜入は、拍子抜けするほど簡単だった。
「な、なんだ貴様!? ひぃっ……アサシンか!? 何しに来た!?」
昔は名のある男だったのかもしれないが、今や見る影もない。
腹は出て、目の奥に力もないギルドマスター。
俺は書面を無言で机に叩きつける。
「この方が、このギルドを“脱退”する」
「は? 暗殺じゃ……なくて脱退!? ふざけるな、この人手不足の現状なのに勝手な真似は――」
「正式な依頼です。書面も揃っています」
「そ、そんなもん認めん! 大体、本人自らが渡しにこなければそんなもん無効だ――!」
「……では貴方を殺します。依頼者は“暗殺保証プラン”に加入済みです」
「ひぃぃぃっ!! わ、わかった! サインするから命だけは!!」
「それと、未払いの賃金もいただいていく」
ギルドマスターは涙目で書面にサインし、金を差し出した。
こうして今日も、ひとつの“脱退”を円満に終えることができた。
俺はこの世界で、現世での経験を活かし会社を設立した。
その名も――脱退代行『モー辞メレナイナラ殺シチャオ』。通称“モーコロ”。
依頼人の勇気を背負い、俺は今日も動く。
そう、俺は――
“影の代行者”。
ーー完