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〜最強の右手〜

 目を開けると、そこは見たこともない風景が広がっていた。青空、広がる草原、そして遠くには大きな城が見える。


「異世界か……?」


 俺は目をこすりながら立ち上がる。転生することになったらしい。まあ、よくある話だ。異世界転生して、何かしらのチートスキルとか、能力を手に入れて、ヒーローになれるんだろうと思っていた。


 でも――


「なっ……っっ!」


 右手から、何とも言えない異臭が漂っている。腐った食べ物のような、いや、それよりも強烈な匂いだ。振り返って周囲を見渡すが、どうやら自分だけの匂いのようだ。目の前に広がる草原と青空とは裏腹に、右手からは想像を絶する臭気が立ち上っている。


「ちょっと待てよ、これなんだよ?」


 手を見てみるが、特に傷があるわけでも、明らかな異常があるわけでもない。見た目は普通の手だ。しかし、その匂いだけはどうにもならない。何をしても取れない。なんだか禍々しいオーラみたいのも放っている気がする。


「これ…チートスキルってやつなのかな?」


 結局、数時間経っても匂いは取れなかった。異世界に転生して、最初の大きな問題は、なんと右手の匂いだった。


 村に行くことにした。もしかしたら、異世界の住人に何か知識があるかもしれないし、アドバイスをもらえるかもしれない。


「すみません、ちょっと相談したいんですが…」


 村人に声をかけると、すぐに目を丸くして驚いた表情を浮かべる。そして、ほとんど全員が顔をしかめ、鼻を摘む。その動作は、まるで無意識に反応しているようだった。


「あ、あの、その右手から、すごい匂いが…」


「そうです、そうです! 俺も気づいてるんだけど、どうしようもないんだよ!」


 村人の反応は物凄く迷惑そうだ。それはそうだ、ハッキリ言って手の持ち主の俺ですら耐えられないレベルなのだから。


「えっ、じゃあ、どうして…?」


「それが分からないんだよ! 何をしてもダメでさぁ」


 次に俺は、村で一番賢いとされる学者のところに足を運んだ。少しでもこの香りを解決できる方法があるかもしれないと思ったからだ。


「すみません、右手がどうしても臭いんです、何か知識があれば教えてほしいんですが…」


 学者はすぐに俺の右手をじっと見つめ、軽く頭を振った。しかし、しばらくすると顔をしかめ、耐えきれずに鼻を摘んだ。


「うーん、特に怪しいところは見当たらんな。ただ、匂いが強烈すぎて…」


「ですよね! 俺も気になってしょうがないんです!」


「匂いに関して言えば、よく聞くのは力が宿っている場合だが…」


「力が宿る?もしかしてチートスキル的な何かが宿ってるんですか!?」


「いや、そんな簡単に力が宿るわけないだろ。仮にそんな力が宿っているなら、とっくにその力が発現してるはずだ」


「じゃあ、呪いとかですか?」


「呪いじゃない」


「じゃあ、なんですか?」


 学者は一瞬間を置いてから、言った。


「お前の右手には…ただ、臭い匂いしかない。それ以上でもそれ以下でもない」


「えっ?」


「ただ、右手が臭いだけ。これが、君の状態だ」


 俺は一瞬、言葉が出なかった。そんな馬鹿な。


「いや、まさか…そんな…」


 学者は淡々と続けた。


「異世界転生するとたまにこういうことがあるんだ。期待してるだろうけど、君の右手には異常とか特殊能力とか、そんなの一切ない。異常といえるのは匂いだけだ。それが君の力だ」


 俺はしばらく呆然とした後、頭を抱えた。


「マジかよ…」


 それから数日が経ったが、俺の右手の匂いは一向に取れなかった。右手に手袋をする事で、村人たちも徐々に俺を受け入れ、慣れてきた。いよいよ「臭い人」として、異世界での生活が始まった。


 最初は気にしていたが、だんだんと周りの住人たちも「またあの臭い人か」と軽いノリで接してくるようになり、俺も少しずつそのノリを受け入れて生きていくことにした。


「まぁ、これが俺の異世界ライフか…。」


 数ヶ月後、異世界に魔王が現れた。村人たちは恐れていたが、俺はそのまま戦いに参加することにした。


「臭いだけの力で魔王を倒せるわけないだろ…」と思いつつも、村を守るため、俺は最強の右手の匂いを武器に出発した。


 魔王の前で手袋を外すと、異常な臭気が立ち上る。魔王が顔をしかめて言う。


「っっ!…なんだ、この匂いは…!」


 俺は目をつぶって、手を振り上げた。その瞬間、魔王はあまりの臭さに気を失った。


「…魔王倒しちゃった?」


 そう。臭さだけで魔王を倒すことができた。


 でも、右手の匂いは消えない。これが、俺の運命だった。


 ーー完

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