第四幕
バイトは休み。家に帰ろうと思ったが、何もないことを思い出した。
「はあ」
ほとんど家まで帰っていた。面倒だけど荷物おいてからまたでるか。念のため。朝同様に周りを確認。家が特定されないようにかがんで、隠れて。裏から入って裏からでる。上着をかえて。
「ううん。なににしようかな」
スーパーでうろうろ。肉もいいけど魚もよさげ。でも。
「やっぱり鳥のささみかな」
基本何にでも使える。火を通すことだけ気をつければいいわけだし。まあそれは生で食べないものはそうなんだけど。ああ。野菜が高い……。
「よし。パブリカにして色をだそう。水菜で緑はそれにして」
ぶつぶつと声にだしながら。一週間のメニューをだいたい考えて、かごをみて。
「これなら大丈夫かな」
一人ぐらしでそこまで食べないからちょっと少ないぐらいで足りる。さっそくかえって仕分けして、明日の朝も食べることを考えて作ろう。そんなかんじで考えながら、頭のなかはご飯のことでいっぱいになっていたら、捕まった。
「また会えましたね」
文字通り捕まったのである。
「……なんで」
つかまれた腕は前より痛い。
「まさか出待ちされるなんて思ってもなかったですか?」
スーパーをでてすぐだった。
どこからつけられてた。いつから見てた。昨日は一歩もマンションからでてない。朝もつけられてないと思うし、いろいろ遠回りをしてきたし。つけられているっていう感覚はなかった。
「ゆっくりお話ししたくて。お時間いいですか」
相変らずにっこり笑顔である。ここでさわぐことは得策ではない。じっと目を見る。
「わかりました」
とりあえず人がいるところに行こう。ゆっくり話がしたいということならどこかカフェに。
「あそこでどうですか」
指定されたところはチェーン店のカフェだった。
「できれば窓に面した席で」
人通りのある道路に面した席を指定した。なるべく人の目があったほうが安心できる。お店の中にもそれなりに人はいる。下手な騒ぎが起こるようなことはしないだろう。
「ありがとうございます。どうしてもまたお話したくて」
人のいい顔をしている。
改めてしっかり観察する。行きつけのコーヒーショップの店員。それなりのイケメン……だろう。にっこり笑顔に丁寧な言葉遣い。やわらかい物腰。悪い人のような見かけはゼロ。むしろ育ちのいいお兄さんである。
「先日は失礼しました」
それぞれ注文し店員が離れてすぐに謝罪がはいった。
「よく知りもしない男にあんなこと言われたら困りますよね。考えが足りませんでした」
しゅんとしている。飼い主に怒られた犬のよう。
なんだろ。たぶんこれをうましかさんがしたなら許してあげるんだろう。でも。この人はだめだ。なんか嘘くさい。こうしたら許してもらえるってわかってしている。そう感じる。
「いえ。こちらも失礼な態度をとったので」
一応私も頭を下げておく。これで相殺だ。早く本題に入ってほしい。あんまり一緒にいたくない。
「ありがとうございます」
再びにっこり笑顔。
やっぱり。注文したコーヒーに手を伸ばし、一口含む。うん。落ち着いている。大丈夫だ。たとえどんなに嫌でも顔には出さない。乱されるな。
そう何度も心の中で唱える。
「お店に来られるようになって、少しずつお話をさせていただいて。そのうち好きだという思いが生まれていることに気づきました」
ああ。そういうことか。いきさつを話して、本気度を伝えたいってこと? 半分流しながら聞こう。自分の事ながら、そういう話は彼氏から聞くなら楽しいだろうけど、興味ないもしくは危険視している人とかいらない。
「ついその気持ちを抑えられず伝えてしまって」
だまってきく。相槌はいれない。
ゆっくりコーヒーを口に運ぶ。自然に目線を下げる。目を合わせないように。
「改めてお伝えしようと思って」
机から身を乗り出すように前のめりに。距離を保つように私は引く。ちょっとやだ。
「僕とつきあってください。あなたの彼氏に」
結局言いたいことはそれである。どんだけ彼氏になりたいん。
……彼氏にしてください、か。こんなのの彼氏に特別なものなんてないし、ステータスでもないし。私のどこにそんなに惹かれたのかもわからない。というかわかりたくない。いろいろ言ってるけどどうでもいい。こういう人は絶対面倒。若干ストーカーっぽいし。できればさけたい。かかわりたくない。この前同様ちゃんと断る。
「前にも答えましたが、返事は変わりません」
きっぱりと。はっきりと。
「お断りします」
面倒だ。これはちゃんと伝える。っていっても前もちゃんとお答えしたんだけど。なんで何度も人をフラなくてはいけないのだろう。こういうの結構疲れる。こんなこというと、恋愛経験豊富のように見られるけど、実際はそんなことはない。告白されることは経験として何度かあるぐらい。でも彼氏というポジションに誰かを置いたことはない。だから恋愛経験はないのである。まあ。興味がないというわけではないが。残念ながら、次元が一個少ない方が私はすき。しかもたいてい年上キャラ。
……一応この人も年上ではあるけど。圧倒的お兄ちゃんキャラとか、できる部活の先輩みたいなキャラが推しになることもある。だから、二次元でうけるキャラじゃないと興味ない。そこまでこの人、キャラ要素はないし、てか、たとえこんなキャラがいたとしても、推しにはならない。モブ推しになることもある私だけど、これはモブとかいうレベルじゃない。
「僕の事知らないのに、どうして断るんですか」
まっすぐに。無邪気に。ああ。友達からでお願いしますっていう流れを作りたいんだな。むり。なしくずしに彼氏になろうという魂胆が丸見え。気持ち悪い。
「そうですね。知りません」
肯定すると、表情が明るくなった。より笑みが深くなっている。ああ。ほんとむり。
「残念ながら、知りたいと思うほど、あなたに興味がありません」
どうせなら、こっちが興味をひくぐらいの人であってほしかった。それなら、可能性あったのに。なんでかな。どうしてこの人怖いんだろう。ストーカー一歩手前だからかな。うましかさんのほうがかっこいいし、彼氏としてはスペック高いだろ。……実際結構楽しかったし。前に公務員みたいなものって言ってたし。この人はフリーターに近そうだし。まあ、お金持ってたとしてもありえないけど。好みではない。
そうだこの人。
まじまじとよく見て考えていると、ふと何キャラか降ってきた。
「学園もので、主人公在籍クラスと合同授業を受けるクラスの名前なしでセリフなし。背景キャラ。少しきれいに書かれている程度の」
ぼそっとつぶやいていた。
「なんですかそれ」
しかも聞かれていた。うわ。まずい。
「ええと」
どうしよ。
とても自分が嫌になった。これはまずい。わかる人からしてみればどう考えたって、モブ以下の扱いキャラだもん。学生1にもならない。まあ。この人がどこまでこういうのがわかるか知らないけど。
「私の勝手な印象が口に出てしまったみたいです」
さらっと笑顔でとりあえずかえした。下手にこたえるよりも正直に答えよう。嫌われたいからいっそのことそれぐらいでいこう。
「おもしろいですね」
笑っている。それも楽しそうに。……。よくわからん。
「モブ以下でいいですよ。そのほうがあなたを好きになっても誰にも迷惑はないでしょ。物語の解釈違いは起こってしまうかもしれないですけど」
……。
さらっと言ってのけているがこの人解釈とかわかるんだ。解釈違いによる地雷はよくある。
「確かに物語としての変更はないでしょうね。モブ同士の恋愛事情なんてヒロインからしてみればどうでもいいから」
笑顔を崩さないように。
「でも。モブにはモブの物語があるんです」
私はヒロインにはなれない。なりたいとも思わない。そんなキラキラしてかわいらしいものなんかになりたくない。それよりも、背景でガヤしてるくらいでちょうどいい。その他大勢でいい。
「私というモブの物語に、彼氏というポジションにあなたというモブは置きません」
断言した。さすがに傷ついたのだろう。表情が変わった。作りこんだ、貼り付けた笑顔が崩れた。私の笑顔はそれでも変わらない。こんなときに笑顔を作れるくらいに、この人に対しての感情はない。
「ひどいですね。そこまで僕に興味がないですか」
声は変わらず。表情だけなくなった。そうだ。スキの対義語は無関心だ。キライではない。嫌うという感情を持つ程度には興味があるのだ。だから。
「そうですね。嫌うという感情を持つほどの興味もないです」
「わかりました。なら」
笑顔にもどった。腕を力いっぱいつかまれた。顔をしかめると。
「せめて嫌われましょうか」
にっこりとした笑顔。いや。机頑張ってのりだして、腕つかんでるけど、明らかにおかしい状態に店内がざわついてるよ。聞こえないのかな。
「叫んでもいいですか」
次は私が表情を消した。
「それはやめてください。一応まだお店なので」
そこは気にするんだ。ならこんなことしないでほしい。面倒ごとには巻き込まれたくないんだが。さて。どうしようかな。頭をフル回転させる。正直余裕はない。心臓はうるさいし、腕は痛いし。とりあえず放してほしい。
「放していただけませんか」
「嫌いになりましたか」
にっこり。だから。放してほしいっていってんじゃんか。少し表情が固まりそうになった。頑張って笑顔を作る。
「痛いです。嫌い以前の問題」
私の言葉を遮るように。
「何してる」
頭上から声がして、私の腕をつかむこの人の腕をつかんでいる。
「嫌がっている女性の腕をつかむなんて」
うましかさんだ。しかも。
「なんで」
ちゃんと人の姿だった。気配が違う。気づかなかった。なんで、ここに。
「それに」
ぐっと私とこの人との間に顔を入れて。
「ここでは目立ってしまう」
にっこりとほほ笑んでいる。うわ。これ見る人が見たら。違ってみるやつ。イケメンが顔近づけて。二人とも笑顔だし。なんなのこれ。こういうの。当事者としてではなく、第三者として観たかった。
「あなたは確か」
笑顔の種類がかわった。敵意がこめられているような。
「姿が見えたから何してるのかなっておもったら。男といるから」
びっくりした。と私に笑いかけてくれる。
完全に私しか見てない。うましかさん。イケメンすぎ。どこの二次元だよ。
「少しお話していただけだよ。……そっちこそどうしたの。仕事は」
さっきよりも私の心臓がうるさい。笑顔は作れてるはず。
「時間休」
「話しすんだんなら帰るか。買い物してたんだろ。食材大丈夫か」
ドライアイスはもらってるから大丈夫なはず。と思いながら。これは帰るチャンス。
「すみません。帰ります」
伝票に手を伸ばすと。
「これぐらいさせてください」
抜き取られた。にっこり笑顔をうかべている。落ち着いたのだろうか。表情が戻っている。
「失礼します」
外に向かっていくうましかさんの後を追いかける。
よかった。たすかった。
だまっている後ろ姿が怖い。あきらかに怒っている空気感。なんで。わかんないけど。私はうれしかった。あの場にうましかさんが来てくれて、帰るタイミングができて。助けてもらえて。
「ありがとうございました」
背中に言葉をかける。立ち止まってくれた。くるっと振り返り少しあった距離が一気につめられた。
「え」
温かい。耳に息がかかる。この温度は前にも感じた事がある。
……たおれそうになって助けてもらったときだ。つまり。頑張って処理する。
ダキシメラレテイル。
「お前が怖がっている姿はみたくない。お前が傷つけられる姿はみたくない」
耳元で聞こえてくるうましかさんの声が震えている。
「お前が。笑顔じゃない姿はみたくない」
体がいたい。かなりの力で抱きしめられてる。痛みで我に返った。声だけじゃない。体も震えている。
本気で怒っている。
私のさっきの現場にたいして? 怒っている理由は? なに。
「ごめんなさい」
怒っている理由はわからない。わかりたくない。わかっちゃいけない。どんなに鈍い私でも。この状態と発言から読み取れることは多い。落ち着け。息を整えろ。ゆっくり息をはけ。あせるな。大丈夫。おちつけ。いきをすう。はく。
「どうした?」
うましかさんの声色が変わる。体が震えている。
私の。
「大丈夫ですよ。ゆっくり」
突然視界が真っ暗になった。優しい声だ。背中に気配を感じる。
これは、死神の気配。
「私にあわせて。ほら。息をすって。はいて」
意識して声に合わせる。すって。はいて。
「大丈夫です。その調子」
ほらすって。少しずつ息ができていく。落ち着いていく。優しい声に不思議と心がおちつく。視界がクリアになった。見えたのはうましかさんの顔じゃなかった。
「ちくちょうさん」
「お二人の姿がみえたので」
いつもの死神の姿。あれ。今日って来る日だっけ。私の中でおおきく切り替えができていた。
「もう遅いですから、入りましょう」
変わらない優しい声で地区長さんはマンションに入っていく。うましかさんが黙ってそのあとを追う。姿はまだ人のまま。
私もそのあとをおう。だいぶ落ちついたとはいえ、空気がわるい。特にうましかさんの空気が。私にあんなことをしたからだろうか。私の反応がいけなかったのを自分のせいだと思ってたら申し訳ない。あれは反射だからどうにもできないことなんだけど……。
過呼吸になりかけていた。怖いと思った。怒っていることに対して。私の事を思っていることに対して。その感情は気づいてはいけないものだと思っている。私が気づくことも、うましかさんが自覚することも。どっちもあっちゃいけないことだと思う。そして今。私のこの感情も。
「どしたの」
目の前に顔があった。
「へ」
すっとんきょんな声がでた。
驚いた。
「なんかあったの。ぼけーっとして」
どうやら彼女の話を聴いてなかったようで。少しおこ。
「ごめん」
「まあいいけど」
とりあえず許してもらえたようで。
「んで。どしたの」
頬杖をして首をかしげている。
私が考えている内容がどういうことか方向だけはわかってるっぽいかんじ。なんてこたえたらいいんだろう。告白された……わけじゃないし。うましかさんのこと言うわけにはいかないし。
「うんとね。なんていうのかな。漫画とかドラマになるみたいな。好きになったら困るタイプっているじゃん。ああいうの」
にごしながら。少し本当のことをいれながら。
「あるある。アニメでよくある。ヒロインがちょっと面倒な人好きになって。でも、そこに自覚したらダメなんだよね。んで。ヒロインは結局幸せにならないルートで好きな人と自分の人生を何とか選んでいく」
やっぱりそのネタになるよね。
「えーそんなかんじの色恋沙汰とか。大丈夫なの? デートの人?」
「ちがうよ。だって、好きじゃないから」
にっこり笑って私の宣言にうなずいた。
「それで納得してるんならいいんじゃない」
納得もなにもないけど。私の言いたいことを理解してくれるこの子はほんとに優しい。私も笑ってうなずいた。
「うん」
あれから、死神さんは私に会うのを避けるようになった。地区長さんもうましかさんも。はなさんまで。一週間ぐらいたったけど。前ならほとんど毎日うましかさんが来てて。はなさんもきたらゆっくりしてくれてたのに。少しよそよそしい空気。まあ。うましかさんはしかたないのかな。地区長さんもあの場を見ているわけだし、上司として気まずい感じにおもってしまっているのならしかたない。
でもはなさんは関係なくない? あの場にいないし。ってかあの日あってないし。どっかで見てたのかな。気配はなかったはず。だとしてもはなさんは関係ないのに。
「なんか嫌だ」
つぶやいていた。
そっか。私。楽しかったんだ。出会って、まだ半年だったけど、居心地がいいと感じた事は気のせいでもなく、まちがいでもなく。私にとっていい環境だったのかもしれない。料理も掃除も部屋の状態、生活態度。自分以外の存在があることで、少し意識して動いていた。生活水準が上がってると言われたことがあったけ。
「なんか最近調子いいみたいだね。ご飯とかより良くなってる」
確かにそうだ。クオリティーもバリエーションも。部屋もよりきれいになって、家具とかか気を付けて買い足したし。ペナルティーのはずなのに。私の行動を制御するために。
……制御。
ああ。
「そうか」
独り言が響いた。広く感じる。
ほんの少しだけ寒く感じる。
何一つとしてかわってないのに。一人暮らしは長くなってるのに。
「うん」
声に出した。ケータイはっと。
「おとまり」
テンション高め。かわいい。
「突然ごめんね」
お泊りを提案して、翌日には家にいる。
「ううん。呼んでくれてありがとう」
キッチンに二人でたつ。
「買い物もつきあってくれたし」
買い出しも二人でいった。大学からその足で。
「せっかくだしね。さっそくつくろっか」
その言葉ににっこり笑う。
二人でつくったのは、定番のカレー。食器も二人で片づけて。お風呂に入ってる間にっと。コーヒーの用意をする。お湯が沸く音。コーヒーを引く音。この時間が一番落ち着く。
「めっちゃいいにおい」
突然の声に驚いて顔を上げる。
「集中しすぎ」
笑っている彼女に思わず私も笑った。
「びっくりしたよ」
「お店でみつけたやつ?」
コーヒーの袋をまじまじと見ている。
「そうだよ。あの店員さんにすすめられたやつ」
なるべく平静をよそおって答える。あの日が頭にうかぶ。大丈夫。体が覚えてる。コーヒーを淹れる動きはとまらない。
「ありがと」
カップをわたして、隣にすわる。テレビをつけて、バラエティーに二人してバカみたいにわらった。
楽しい。
家の中に笑い声がひびく。呼んでよかった。一人だと沈む一方だから。