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第二幕

「最近いい顔してるじゃん」

 大学からの友人がニコニコ笑っている。いつも笑顔の彼女だけど、よりいっそう笑顔。

「変わらないよ」

 コンビニコーヒー。ビミョーだ。

「楽しそうだよ」


 まあ。そうかもしれない。家に帰るのが気持ち軽い。毎日誰かいるわけじゃないけど、うましかさんは結構な頻度で家にいるし。やっぱり誰かのための買い物って意味があるのかも。食べるものとか変わってきたし。まあ死神さんたちは食べなくても大丈夫みたいだけど。

 予定がわかってるときは作ったりしてる。一人分も二人分も大差ないし。少しバイト時間をのばしてるぐらいで、そんなに無理はしてないし、お金もあんま変わりないし。もともと贅沢な生活なんてしてないから。なんて言えないけど。黙ってコーヒーをくちに運ぶ。


 うん。ビミョー。


「それでいいんじゃない」

 ニコニコとかってに満足しているようで。

 彼女は温室育ち。自他ともに認める箱入りちゃん。特別お金持ちの家ってわけじゃないけど、おしゃれとかアプリとかにはうとくて、でもなんかかわいくて、ネットなんか必要最低限。基本家から出ない。情報に疎くて一人では最低限しかできないタイプ。

 なんだかんだで、まわりが助けてくれてたみたいで、よーここまで、一人じゃなかったねって思う。私もそうだからかな。二人でこうやって話をするのがちょうどいい。そんな彼女にいい感じといわれると少しうれしい。ちゃんと見ているいい子だからこそ。素直に受け止める。

「ありがと」

 この時間も居心地がいい。



 んー。どうしよっかな。

 あの子と別れてからいつものお店に。まだ食品はあったから……。新しい豆は。おすすめ以外で、いつもの以外で。あ。これいいかも。

「いい香り」

 ぼそっとつぶやいてた。

「でしょ。これは香りがかなりいいものなんです。苦味も抑えられていて、とても飲みやすいものです」

 ここ最近声をかけてくる男性の店員さん。爽やか系イケメンと名札に記載されているほど、格好いい人……らしい。私とあの子のイケメンには入らない。結構な面食いだから。

「ならこれいつもの量で」

 即決。飲みやすいならはなさんもちょうどいいかも。早速飲みたいな。あっという間に家の近くまで帰っていた。

「おい」

 うましかさんの声がした。

 驚いて振り返る。なんで。

「気配なかった」

 声にでていた。死神や人じゃないものの気配は感じている。三人の気配もちゃんと判別できている。なのに。

 気配ないとか。


 怖いと一瞬思った。


「今この状態は人っぽくしてんの」

 そういえば服装が違う。……。大学にいる男子とおんなじ。

 じゃあ気配もってこと?

「今週末空いてるだろ。一日俺とデートしよ。この格好で」

 そういって自分を指さしている。

 人間の格好で?


 ……大学にいる男子と変わらない。仮面もないし、マントもない。ちゃんと人の顔がある。にっと笑っている。まったくの不自然さはなく、溶け込んでいる。死神って人間になれるの? また後で確認しよ。今はとりあえず。


「空いてますよ」

 それだけ答えておく。その場で問い詰めるのはダメだ。わかんない事があっても、どうせ家に来るんだからそのときにしよう。一応一人暮らしだから家に人が入るのはちょっと体裁が悪い。そのことは死神さんたちもわかってくれてるのかな。

 人間って言っていたあの姿は初めて見た。いつも死神としてはいってくるから。家に着いた時にはすでに、うましかさんが帰っていた。死神の姿だ。

「おかえり。んで週末だけど」

 我が物顔だ。部屋にいったん入り、着替える。洗濯の準備もして、ご飯は……。いいや。朝の残りに、コーヒーさえあれば。はなさんも地区長さんも今日は来られないから、うましかさんだけだしいいか。

「でどうしたんですか」

 ご飯をたべてリビングの片づけをしつつ。

「仕事だよ。時々人間たちに見える姿になって、視察するっている仕事。んで、一人で回ってもいいし、同僚とか同じタイミングのやつと組むのもいいんだけど。どうせならってな」  

 仕事か。デートとかいうからなんなのかと思った。あと。

「当たり前なことですけど。あの姿って人間じゃないんですね」

 人に見えるようになっただけ。そう言っていた。

 ……ってことは。

 コーヒーを運ぶ。

「あの顔って」

 うしろから口を押えられた。目の前にはうましかさんがいる。気配はあった。それでも驚いてコーヒーを落としかけた。


 怖い。


「それ以上はダメですよ。お互いのためにも」

 声は地区長さんのものだ。すっと手をはずされて、酸素が戻った。ゆっくりと深呼吸をして。うましかさんが私のコーヒーを受け止めて。こぼれてはいなかった。目に見えている情報を確かめる。そして顔を上げると地区長さんが私を見下ろしていた。

「すみません。こればっかりはダメですね」

 困ったように笑っている。ちゃんと地区長さんがいた。声も手も目の前にいる死神さんは、ちゃんと地区長さん。頭に手が乗せられ、優しくなでられた。私の聞こうとしていたことが何だったのか。それがわかっていたから遮ったのだとしたら。きっとそれはご法度だったんだ。


 ……あの顔はあなたの仮面の下の顔なのか。そう聞こうとしていた。


「仕事ですからよかったら付き合ってやってください」

 そういって私にコーヒーを渡してくれた。ありがとうございますと言いながら、眼を合わせなかった。


 怖いと思った。気配はあったのに、それが地区長さんのだってわからなかった。今まで、死神やよくないものに対して、そんなこと思ったことがなかったのに。覚えてきたと思ったのに。口をおおった手はとても冷たかった。


 でも。頭をなでた手は温かくて、懐かしかった。……。安心した。懐かしい。


 なんでそう思ったんだろう。死神さんと話をするのも、こうして近く接しているのも、半同棲が始まってから。地区長さんはうましかさんたちみたいにそんな、頻度としては多くない。なのに。同じことをうましかさんにされたとして、きっと姿でだれかわかったとしても、こんな風には安心しない。怖いは消えない。それだけはなぜか確信していた。

 なんでだろう。わからない。自分の事なのに、確信だけしている。そこに理由や根拠がない。


「地区長さんのコーヒー用意しますね。新しい豆買ったんです」

 コトっとカップを置く音が無駄に響いた。

 静かすぎることに慌ててキッチンに向かった。

 うましかさんは黙ってコーヒーを飲んでて、地区長さんは静かに座っている。

 おかしなことはなにもない。ただただ静かなことが……いやそれ自体はおかしくないのに。

 今日買ったばかりの新しい豆。香りが強いものだから、意識がコーヒーと目の前の事といい感じに分けられている気がする。

 カリカリカリ。コーヒーをひく音だけがしてる。二人とも静かに座っている。


 死神が実際どんな姿、形なのか。漫画やアニメは私たち人と変わらない姿の時もあれば、トランプのジョーカーみたいな時もある。でも、見えている部分は……。顔を上げると変わらず座っている。ちゃんと口がある。コーヒーを飲んでいる。指が五本あって、変な色をしているわけでもなくて。大部分が服で見えないけど、一般に言うバケモノではない。私が見えるってことはそういうのじゃない。漫画やアニメとかにある妖怪とかではない。でも、幽霊みたいに透けてるわけでもないし。

 ……ああ。見えてるものも何かで作ってるのかな。本当の姿はみせられない。でも仕事をする上でのそれ用みたいな。のかな。人間って言ってた姿だって、素顔とは限らないし。魔法とかそういう類があったっておかしくないし。作り物ってしたら。そう考えたら、案外なんでもありに思えてくる。そうだよ。死神って存在を認識している時点でなんでもありだよ。ほら。漫画とかにあるじゃん。妖怪が力を使って人にばけたりとか。たぬきやきつねだって化かしてたらしいし。あ。でも鎌とかは持ってないのかな。今まで見てきた死神さん誰も武器みたいなのは持ってなかったけど。


 考えながらカリカリカリカリ。手は動いている。ああ。いい香りがしている。これはおいしい。口元が緩む。お湯も沸いてきたし。よし。

 新しい豆を買った日はいつもそうだ。飲みたくて、いつもより丁寧に入れる。

 いい香りが部屋をゆらゆらと渡り歩いている。

「いい香りですね」

 地区長さんがつぶやいた。

 これはいいものを買ったかもしれない。香りがすごくいい。お父さんが好きだったのに近い香り。

「懐かしい」

 そう思った。

 ……あれ。顔を上げた。地区長さんがこっちを見ている。……今の声は地区長さんだ。そして、私の声が重なった。確かにいま、懐かしいって?

「私もいろんなところにいきましたからね。コーヒー好きは世界に多いです」

 笑っている。


 そうだよね。ひとりでにうなずいた。珍しい豆でもないし、似たものは多い。別にお父さんのことを知っているとは限らないし、懐かしく思うのは人それぞれだ。あ。人じゃないけど。


「どうぞ」

 いただきます。と丁寧に手をあわせ。

「ああ。飲みやすいですね」

 同じ感想だった。私もそう思った。店員さんの言うように、苦味が抑えられていて、飲みやすい。香りが鼻や口にいっぱいになって、これはこれでいい。自然と笑みがこぼれた。いいコーヒーだ。無意識にふふっと笑っていた。さっきまでの空気が一変した気がして、いつもよりコーヒーがおいしく感じた。

「さて、仕事に戻りますか」

 地区長さんが飲み終わると立ちあがった。用事があったのかと思ったらそうではないらしい。

「いとさんのコーヒーが飲みたくなりまして」

 笑って消えていった。

 うましかさんが気配がなくなったのを確認したのか、息をついた。

「あの人過保護だよ」

 聞こえてきたけれど、スルーした。私が聞いていいことではないように思えたし、地区長さんの立場から考えたら、問題ごとを作らないために、私を止めたんだと思う。なら、疑問に持っていても、解決しないようにしよう。私が知らなくても、この生活に影響はないのだろうから。

「俺も行くわ。あさってまたくるから。行きたいとこでも考えてて」

 今日はうましかさんも帰るようだ。入り浸ってる分だけ、泊っていくことも多い。まあ、部屋には入らないし入ってこないし。顔を合わせるのはリビングでのみ。暗黙の了解ができている。前にいっていた、かかわりすぎてはいけない。この決まりを守っている。


 ……ふと誰もいなくなった部屋を見て。

「広いな」


 久しぶりに思った。

 この一か月。死神さんが出入りするだけだったのに。それだけで、ふと一人になった時、広いと思ってしまう。お父さんとお母さんが亡くなってから、一人で生活しているけど、広い、寂しいと感じたのははじめのほうだけだった。多分あわただしく動いていたからだと思う。保護者としておばあちゃんがいてくれたけど、すぐに施設に入ったし、誰かと一緒に暮らすこと自体なかった。おばあちゃんも昨年亡くなって、親戚はみんな遠いから。名前だけ一応保護者としていてもらってるけど大学生だし。一人で何とかしている。そのせいだろうか。あんまり寂しいとかはないんだけど。

 ん?音楽が聞こえてきた。えーと。


 私が戻ってきた。


「んどうした」

 電話はあの子からで。

〈夜にごめんね。ノート見してもらいたいの。月曜まるいち講義の〉

 いつも寝ている授業だ。学部内では結構板書が大変な授業。まったく……。私とこの子は似ているようで授業に対しての姿勢は正反対。

「いいよ。明日朝一授業ないでしょ。その時間にでもいくよ」

 あの授業はちゃんと聞いていないとテストがしんどい。どの授業でもそれなりに大変なのに。

〈ほんとごめんね。ありがとう〉

 この子はいつも基本的できる子なのに。なんで。

「寝すぎだもん」

 私にとってはいつもの事って思うけど、授業でしか会わない教授からしてみればたぶん、心配されるだろう。それでも単位をとれているのが不思議。

〈なら明日お願いします〉

 じゃーねーと切る。確か授業のノートはっと。リュックをひっくり返す。これだ。パラパラとめくって、付箋をつけておく。……書き直すか。たぶんこの回の授業も爆睡してた。いつものことだけど。なんであんなに寝てるんだろ。完全なる夜行性とはいってたけど。

「明日の準備もしないと」

 そのままバイトにいくからその用意もして。


「ありがと。これを」

 献上するように差し出したものは。

「これ最新刊じゃん」

 お互いが読んでいる漫画の最新刊。

「どうぞ」

 交換するようにノートと入れ替える。

「やった。もーヒロイン尊い」

 表紙からして神。もうかわいい。斜め上で新コスチュームで。ヒロインの可愛さに悶えていると。

「よしこれでレポートかける」

 ガッツポーズをしている。そういえばレポート言ってた。かなりの速度で写していっている。私は漫画に集中。この子とは趣味があう。漫画もアニメもお互いのおすすめを見せ合って、だいたいツボにはまる。まあ……推しキャラは合わない。なぜか私はモブに近いわき役。この子はメインの俺様イケメン系。面食いだから仕方ない。でも私のモブだってかっこいいもん。能力高いもん。チートほどじゃないけど、メインははれないけど。この子はあまりものに執着しないタイプの子だから、読まない漫画は売ったりあげたりしている。これみたいにもらうことも多々ある。その分何かおごったりして、帳尻合わせとかしている。お金のことはちゃんとしているタイプだから、私もそういうところは気を付けている。もらいすぎないように。あ。そういえば聞きたいことがあったんだ。

「あのさ。人と遊びに行くんだけど、いまどこに行くのがいい?」

 うましかさんの仕事。どうせなら自分じゃいかない最近話題のところぐらいにはいってみたい。

「知らないよ。ってかデート?」

 くわっと。効果音つき。すっごく見開いでいる。

「ただのお出かけ。彼氏じゃなくてお友達」

 何気ないようにかえす。友達でもないけど。……正直に言うと半居候だからそのほうが問題になるので言わない。

「ほんとに」

 ずいっと顔を近づけてくる。けど手は動いている。……うつしてる。さすがというがなんというか、この子は面白い。

「ほんと」

「ざんねん。まあお眼鏡にかなうイケメンなんてそうそういないか」

 うましかさんのあの姿をイケメンとするのかはわかんないけど。

「どっかいかないの? 彼氏さんと」

 この子には高校時代からの彼氏がいる。はず。

「何言ってんの。お出かけなんてしないよ」

 爆弾発言投下。

「まじで」

 びっくり。遠距離だとは聞いてるけど、おかしい。

「それって付き合ってなくない」

 多分私の知っているカップルでそれはいない。

「よく言われるけど、大丈夫でしょ。なんだかんだ言ってあいつも私もこの状況に不満ないし。お互いインドアだから外でないんよ」

 基本家と、さらっと返された。うわ。すごい。これは越せないわ。ってか越さないわ。彼氏いたことないから。

「まあ。ちゃんと相思相愛ならいいけど」

 出かけないだけでお家デートはしてるってことか。よかった。ってお家デートとはなるが。

 この子には幸せになってほしいと漠然と思っている。たぶん好きなんだこの子が。もうかわいいもん。こんな感じの子がヒロインだったら応援するのに。なんで少女漫画のヒロインはかわいくないんだろう。なぜか推せない。

「大丈夫よ」

 にっこり笑っている。まあ。それならいいけど。

「デートか。やっぱり駅周辺が一番無難じゃない」

 定番の答えをくれた。

「そうだよね」

 お互い漫画とノートに視線を戻して終了。

「ああ。尊い」

 漫画を読み終わった私には、もう語彙力がなくなっていた。

「でしょ。もうかわいいしかっこいいし。ただただ最高」

 ゆっくりとよんでいたものあって、彼女もうつし終わっていた。そこからはもうただの語り。

といってもお互いそこまでのおたくではなく。キャラグッズも課金もなし。お金と相談しながら、キャラへの愛を持ち続けている。かわいいと尊いしか言ってない。よくある現象。あそうだ。

「いつものところは?」

「それは私と行くところ」

 即答。伝わった。

「じゃあ普通に本屋さん」

「それはギリかな。相手も読書するならだからね」

 あそうか。これは完全に私の趣味だ。あの人たちって読むのかな。うましかさんは読まないと思う。そもそも活字自体がにがてそう。地区長さんは歴史ものとか読んでそう。はなさんは雑誌かな。あの二人なら楽しいかも。こんどその話してみよ。多分盛り上がる。うましかさんだけわからないって顔して。あ。でも人の本って読むのかな。……なんで盛り上がることを考えてんだろう。

「ああ。でもあそこもある意味最先端だよね」

「でしょ」

 くいつく。そうだよ。最先端だよ。文化だもん。

「まあ。相手は男の人みたいだし。かわいいのにしたら」

 意地悪な笑みを浮かべていた。

「男とは言ってないよ」

 とぼけてみる。お出かけいう言葉はよく使う。この子との遊びに行くときもお出かけっていうし。

「男友達いないって。だからお友達っておかしいもん」

 ニコニコ。

「友達かわかんないけど、まあ。男のひとだけどね」

 正直に、少しぼやかして。だって死神さんだもん。もやは人じゃない。あ。それなら二次元と一緒って考えて……。それならかっこよく見えたりするのかな。やっぱり次元が違うだけで変わってくるかも。


 バイトが少し遅くなってしまった。いそがなきゃ。駆け足で、駐輪場に向かうと。

「うわ」

 ぶつかってしまった。派手にこけた。尻もち……。

「ごめんなさい。大丈夫……」

「あ」

 顔を上げると。コーヒーのお店の店員さん。

「ケガしてない?」

「大丈夫です。すみません」

 差し出された手をつかんで立ち上がる。ポンポン。スカートをはたいて。

「ならよかった」

 にっこりと笑う店員さんに笑い返す。

「ありがとうございます」

「驚きましたよ。こんなところでこんな形で会うなんて」

 あ。これ長くなるやつだ。

「そうですね。あ。もう遅いですし。ぶつかってしまってごめんなさい。失礼します」

 お気をつけて。軽く会釈をして進もうとしたら。

「……なんですか」

 つかまれた。けっこう強く、しっかりつかまれている。振り返ると変わらず笑顔を浮かべている。

「遅いですから。近くまで一緒にどうですか」

 自転車なんだけど。嫌な顔をしていると自覚している。それぐらい表情を出しているのに。笑顔がくずれないし、手の力入ってんだけど。痛いっての。

「自転車置き場までどうです? そちらに行こうとしてたんですよね」

 行き先ばれてるとか怖いんですけど。

 てかなんでいんの?

「……はい」

 おとなしくしてんのに、手を放してくれない。あとはつかない程度にしてくれてると思うけど。こういうの無理だ。こういうのが一番怖いやつだ。だまって歩き出すと、私が引っ張っているように見えてしまうのがいやだ。なんなんだ。この人と会うのはお店だけ。それ以外で会うなんてこと、理由自体ない。なんでこんなところで会うの。この辺に住んでるのか。

「このあたりなんですか」

 話しかけられている。横に並ぶわけではなく、後ろにいる。

「そういうわけではないですけど」

 正直に答えない。答えちゃダメ。

「ありがとうございました。失礼します」

 少し強めの口調で、頑張って笑顔を浮かべる。

「いえ」

 笑顔。……。手を放してくれない。

「あの」

「僕を彼氏にしませんか」


 ……。

 …………。

 あ。無理だ。


「すみませんが」

 腕を振り払う。今度こそ腕が自由になった。

「お断りします」

 きっぱりと断る。へたな断り方は面倒につながってしまう。それは避けないと。ただでさえ、危ないと感じているのだから。

「付き合っている方がいるんですか」

 振り払われた手に一度視線をおとしてから目線を戻された。

「そういうことではありません。現在お付き合いさせていただいている方がいるわけではありません」

「なら、いいじゃないですか」

 食い気味にかぶせてくるな。

「彼氏という存在がほしいと思っていないので」

「おためしでもいいので」

「それで満足する程度でしか、私に興味がないということですよね」

 もう面倒。口調がイライラしている。明確にそれが伝わる言い方をしている。

「そうだと思いますか。おためしでもいい。それぐらいあなたのそばにいたいということですよ」

 物は言いようだ。

 そこまでして食い下がるほうが怖い。よく言えばそれぐらい好きなんだろうけど。

「お気持ちはわかりました。ですが、返事は変わりません。失礼します」

 帰りたい。きびすをかえして、自転車に飛び乗る。いつもより速く。


 ……後をつけてきている様子はないか。それでも念のために。違うルートで、遠回りをして。念には念を。大丈夫かな。悪い人ではないのだろう。家に向かいながら、考える。ドアの前で一度立ち止まり、鍵がかかっていることを確認。うん大丈夫。今までにも何度か、ストーカーまがいのことはあった。家を知られていなかったからよかったけど、学校には来てたし。制服でばれるもんね。まあ。同級生だったから、どうにか平穏に収まるようにして、あの時は先生がたにお世話になったな。


「ただいま」

 いつものように、誰もいない部屋に向かって。


ん? 気配あり。これははなさんかな。


「あ。ごめん。こんなんだけどいい?」

「私はどちらでもかまいませんよ」

 とりあえず自室に入り着替える。はなさんはリビングでいつもよりもまったりしていた。疲れてるのかな。それとも男バージョンだからちがって見えるのかな。

「紅茶でいいですか」

 コーヒーを作るためにお湯を沸かす。

「あ。いや。コーヒーにしてもらってもいい? できれば飲みやすいやつあったらでいいんだけど」

 珍しい。あとワンテンポ遅い気がする。疲れてるのかなやっぱり。この前かった新しい豆がちょうどいい。なれた手つきでコーヒーを入れて。その間は、何も考えていない。そのぐらい集中する瞬間である。特別何かの手順をしているわけではないけど、慣れ親しんだ動きは心を落ち着かせてくれる。

「あのさ。なんかあった」

 ありがとう。と。わがままごめん。を送られた。

 コーヒーを受けとってもらい、隣に座る。一人では大きすぎる、家族ようのソファ。死神さんたちのおかげで、こうして誰かと座ることができる。

「それははなさんのほうでは」

 聞き返す。疲れてるように思います。と付け加えて。目が合う。という表現はおかしいけど、お互い顔を見合わせている。はなさんからみて、なにかあったように思えるそぶりでもしたのかな。ここまでの動きを思い出す。おかしなことはないと思うんだけど。

「人間関係っていうのがいいのかわかんないけど、そういう関係って面倒だな」

 私のあれが人間関係といっていいのかもわからないけど。やっぱり自分以外の誰かと、なにかってなると、どうしても避けられないもんね。だって。

「自分のことさえもすべてわかりきっているわけではないのだから。それなら、自分以外の何かとすべてうまくいくなんてことはあり得ない」

 ぼそりとつぶやいた。はなさんもうなづいている。

「ここはやっぱり落ち着く」

 はなさんの本音と取りたい言葉に少しうれしい。

 だれかの落ちつく場所になれたことが。死神さんの、だけど。

「あの。私のどこにそういう感じがありますか」

 念のために聞いておく。はなさんは明らかに疲れている様子がある。でも、私はそういう風には見せないように、見えないように取り繕うことは得意な方なんだけど。

「変なにおいがする。よくないにおいだよ」

「死神さんたち以外のものに、変なものなんてないですよ。だって私にはそういう妖怪てきなものは見えないし、もし何かあったとしても事が起きないとわからない」

「あの。死神も十分おかしいものだけど」

 あきれた様子で返された。


 そっか。ふつうはこれもおかしいことか。なんか気が付いたらこんなんだったから、いまさらあまり驚かないというか、おびえてないというか。当たり前になりつつあることがやっぱりおかしいのかな。


「ゆっておくけど、俺たち死神のことも信じちゃだめだからな。一応、守るべきことがあるから、そういうこと踏まえて線引きして、やってるけど。いとさんとは違うからね」

「かっこいい。なんか新鮮」

 全く見当違いのリアクションをしてしまったらしい。はあ。とため息をつくはなさん。いや。だって。あんまりこのバージョンでちゃんと話したことないんだもん。あいさつぐらいだし。見た事ある程度だもん。

「でも。私にとって、みなさんはいつの間にか生活の一部ですから」

からになったコップを置く。

「気が付いたら、姿が見えていて、他のものも見えてて。だから、むしろ人間の方が怖いんです」

 笑いかける。

「仕事ってみたいに明確に割り切って対応してくれないから」


 そうだ。この死神さんたちを居心地がいいのは、仕事だからだ。種族が違うからだ。だから、わからないことだらけで、理解できないことだらけで。でもそれでいい。

 それがいい。


「普通理解できないものが怖いんじゃないの」

 はなさんの言う通り、普通はそうだろう。私だってそう思う。理解できないものは怖い。ちゃんと私の言葉で伝えよう。

「死神さんのことすべて理解できてるから、怖くないってことじゃなくで。ちゃんと線引きするって、最初に言ってくれたから。それが予防線で。それは事実だから」

 予防線。事実。とてもいい言葉だ。私にとって。身を守ってくれる言葉。

「信用でも信頼でもなく、ただの事実か」

「はい」

 うつむき、顔をそらすはなさんにわたしはそう答えた。

 これもおばあちゃんの言葉だ。信用も信頼もするな。相手にそういったことを求めてはいけない。ただ、自分と相手の間にある事実だけを使え。事実は誰が何を言おうとも事実であり、それ自身は、裏切りの理由にはなりえない。けして、傷つかない。これを、私は過度に期待するなということだと理解した。思い通りに事が運ぶことなんてありえない。必ず何か起きて、うまくいかないことがある。そういった障害があることを踏まえた関係を築くこと。傷ついたとしても、その傷にいつまでも捕まっていてはいけない。だって。それさえもただの事実でしかなく、消えないものなのだから。

「だからか。あなたはとても俺たちにとって居心地のいい場所になりえる」

 笑っている。

「ありがとう」

 その言葉がとても響いた。その言葉に込められたものが何であれ、今確かにはなさんは私に向かってありがとうといった。その事実だけが私の中に響いている。

「あのバカがいとさんのこと、いろいろ非難したけど。俺はその考えは好きだよ。ちゃんと自分を守ろうとしている。必要なことだもんね」

 このペナルティーが始まった日のことだ。確かにうましかさんにいろいろ言われた。

「だから、ほんとはいけないんだが」

 そう前置きをして、私に顔を近づけた。

「しばらくの間、遅くに出歩くことはしないほうがいい」

 それだけ言って部屋に戻ってしまった。……。

「なんなんだろう」

 わからないなりに、たぶん心配してくれているのだろうといい解釈をしてみる。死神さんには私の知らない、違った力があって。私に起きることを、起きた事からそういうことを判断したのかな。……におい。やっぱりあの人はいけない人だったんだ。何となくだけどそういうのが時々わかる。近づいたらいけないもの。気を付けよう。たぶんそういう話をしてはいけないことになっているみたいだし。ふと寂しくなった。この寂しさの理由はちゃんとわかっている。

「私が知らなくていいことがたくさんある。そのなかで気を使ってもらっている」

 やっぱり気をつかわれるのは嫌だな。気をつかうってことは、遠慮するってことは、対等ではないってことに感じるから。

「あっ」

 自分も部屋に入ろうと立ち上がると、机に目がいった。

 はなさんのコップが空になっていた。よかった。これは飲めるものだったんだ。この豆を進めてくれた人があの男の人。少し嫌な気持ちが起こるが、抑え込む。豆に問題はない。せっかくいいお店を見つけたのだ。これで足が遠のくことはもったいない。店長もいい人だし。一人でお店に行くのはやめよう。

 死神さんについてきてもらってもいいだろう。それぐらいお願いするずうずうしさは持っている。

 はあ。一度深く息をはく。よしレポート少しでもしてからねよ。


「と思ってたら結局だらだらしてしまった」

 朝になって後悔する。レポートは書いた。できた。とはいっても無駄に時間がかかった。字数と内容と時間があってない。わりにあってないというやつだ。はあ。やっぱりそういうの苦手だな。あの子みたいに夜間にできるようになれたらな。はあ。よし学校行くか。ギリギリまでだらだらしてしまったから少しあわただしく家を出る。学校に向かう最中にそういえばと思い出す。今日うましかさん来るんだっけ。ならご飯ってほどじゃないけど軽く食べるモノ用意しようかな。家になんかあったっけ。

「おはよう」

 うしろで声がした。パッと振り返ると。

「おはようございます」

 ゼミの教授だ。面倒見がよくて少しふわふわしている。勝手にかわいいとキャッキャしている。そばにはあの子もいる。

「ちゃんと授業おきてね」

 いわれてしまっている。

「頑張りまーす」

 適当に答えている声。まあ。無理だ。起きてるとか。

「いわれてんの」

 ひょっこり顔を出して。

「うるさーい。潔い寝方してるんだからもういいじゃんかね」

 ラウンジで空いている席に座る。彼女の寝方はうつらうつらとかではなく。

「完全に頭落ちて、後ろの人、前が開けるもんね」

 ニコニコしてしまう。

「おかげで起きた時首痛いけどね」

 そこだけが難点。いつのまにか落ちている。まあこれは高校からだから仕方ないみたい高校の授業時間がもてないんだから。倍ある大学の授業がもつわけがないんだ。

「んでどした? なんか顔色悪いけど」

 不審そうな顔をしている。ああ。気をつけないと。

「なんでもないよ」

 にっこり笑う。顔に出ていたようだ。あの事は忘れよう。うまく取り繕うことにしよう。気にすることはない。あれは気にするべきではない。


 今日はコーヒーは買いにいかない。寄り道もしない。少し急いで。

「どした」

 家にはうましかさんが待っていた。私の顔をみて一番の言葉。

「なんでもない」

 息を整える。少し急ぎすぎたか。

「‥…まあいいが。今日は前に話したことだけど」

 隣に座るように促された。しわできるけどいいや。深く座ってもたれる。

「やっぱり疲れてるな。明日やめるか」

 心配そうに私を見る。

「大丈夫」

「そうか。行きたいとことかあるのか。こっちでも調べてはいるが。何がいいのかわからん」

 まあ無難に。

「駅とかいきますか」

 駅周辺はそれなりにある。軽くおみせを見て回って、お昼食べて、お茶してぐらいかな。夕飯は家でいいし。というと。

「作ってくれんの」

 少し驚いた顔をしているのだろう。何かおかしなことでもいったのだろうか。

「いや。人の姿で家に行くのは嫌だと思っていたから」

 戸惑っているのだろう。ああ。そうだった。前にそんなこと……。いや言ってない。

「一緒に入るのなら問題ないですよ。知り合いぐらい家に招きます」

 まああんまり詮索されたくないからそういうエサは作りたくないとは思っていた。ほんと。中途半端に他人に興味を示す時代だ。自分の事を簡単にネットにあげるくせに、必要以上の干渉を好まない。矛盾だらけだ。私はあんまり知られるのが嫌だからネットにあげない。プライバシーがどうとか言ってるくせに。なんであんなに簡単にのせるのだろうか。ほんとイミフなのだ。

「なら朝はそんなに早くなくていいな。十一時ころに下に来る。この前と同じ姿だからわかると思う」

 迎えに来るタイプか。

「視察なんだよね」

 確認をする。一応それっぽい恰好とかメイクとか。いろいろ考えていないと。

「そうだな。楽にしてくれたらとは思う」

 笑って答えてくれた。よし。ならあんまり派手にはしない。それでいこう。

「あ。俺はいとって呼ぶけど。俺の事はこう」

 こう。復唱する。まちがってもうましかさんなんて呼んだらさすがにおかしい。こうさんとつぶやく。しかし。

「大丈夫だな。明日はよろしくな」

 すっと消えていった。なんか急に静かになった感じがする。それに少しよそよそしい。なんかしたかな。わかんないけど、とりあえず名前のセンスないのかな。私がいうのもなんだけど。いとってなんかオフ会みたい。そういう会に入ったことないけど。


んー明日か。寝る用意するか。体を伸ばす。お風呂……はさっさと入ってご飯はいいや。朝もいいか。心の切り替えをしてっと。お風呂から上がるといつのまにか寝てしまっていた。疲れてたのだろう。ベットに倒れるように寝ていた。

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