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第一幕

「お初お目にかかります。わたくし、世界死神機構日本支部関東地区担当地区長を務めています。本日の交通事故に関与したことについてお話がありお伺いいたしました」


 とても丁寧な言葉。声もおかしくない。まあ。見た目はおかしいけど。

「なんで家の中にいるんですか」

 買い物をして、帰路について、疲れたから休みたかったのに。我が物顔で……顔わかんないけど。


 真っ黒いマントの人型が、ソファに座っていた。


「突然申し訳ありません。アポイントメントをとることはできませんので」

 ……アポとかそういうことではないのだけれど。

「これ名刺です」

差し出されたものには、役職名のみ。

「名前はなしでお願いします。死に関するものが、生きてるものにこんな風に話しかけること自体禁止事項なのです。均衡が壊れてしまうので」

 もういい。ついていけない。寝よう。疲れてるんだ。だから変なものをみて、変な声が聞こえて、変な話をしているんだ。

 そう言い聞かせて、寝室に向かうと。

「申し訳ありませんが、話だけでも聞いていただけないと」


 困ることになりますよ。


 とまった。


 いまなんて言った? 私が。困る……。


「手短にお願いします」

 とりあえず左手に座る。自分が困ることだけが嫌だ。

「では改めまして。世界死神機構日本支部関東地区担当地区長です」

「あ。私は」

「結構です」

 ……遮られた。

「先ほども申し上げたのですが。お互いの名前がわかってしまって呼んでしまうと、それも困ることになるので」

 だめだ。頭がついていってない。そんなこと言ってたか。

 簡単に職業についてご説明をと前置きをしてくれた。

「私は死神です。死に関する仕事をしています。名は体を表すという言葉のように名前とは特別なものです。死とつながりなど不用意に作ることは避けなくてはいけません」

 それが名前を出さない理由?

「では、レジュメをみてください」

 少しだけ感じる空気が変わった。

 机の上に置かれていたプリントを眺めていく。何か言ってるけど無視。ひたすら目を通す。パサ。プリントを置く音が小さく響く。

「わかりました。大体のことは理解できたと思います」

 しゃべらせないように。

「すみませんが。わからないことがわからないので自分なりに理解したようにまとめてみますそのうえでわからないことや知りたいことをまたまとめますなので今日はお引取り願えますか明日は休みなのでゆっくりお話できると思います今日は疲れたので休ませてください」

 息をつかずに。句読点も入れずに。

 ふぅいえた。ゆっくり顔を上げる。

「そうですね。突然のことで戸惑われるのも無理はありません。では明日十時にお伺いします。私が来たことがわかるよう鈴を鳴らしますね」

 腕をふった。風鈴のような高い音が響いた。

 そして気がついたら目の前からいなくなっていた。念のため部屋を一巡して、気配もないことを確認した。


「ふー」


 ソファに体を鎮める。


 ゆっくり目を閉じて。息を吐く。呼吸は落ち着いている。大丈夫だ。問題ない。


 目の前にいた死神は、ときおり見かけるものと同じだった。真っ黒い服。フードをかぶって白いお面。口もとだけが見えてて。こんなにも至近距離で見たのは初めてだったけど、私たち人間と同じように見えた。声もおかしくなく、ちゃんと聞き取れた。名刺を出した手も人の手の形だった。白い手袋も厚みがあった。骨ってわけではないみたい。時々、お葬式とか外でも見かける姿が目の前にあった。


 私にはそういうのが見える。他の人には見えないもの、死にかかわるもの。……それ以外にも。最後のが今回の場合、問題らしい。人の死のカウントダウンが見えちゃう。それも一時間前から。顔を見た人の頭上にカウントとその人の死に際が走馬灯のように見える。それがいいものではないことは本能で察していた。気分がいいものではない。でも、それを恐れてはいけない、嫌ってはいけない。そこに触れてはいけないとお祖母ちゃんに教えられていた。


 『死は誰に対しても平等にくるもの。だから、その死を不用意に妨げたり、変化させてはいけないよ』


 その教えになるべく従ってきた。……今回みたいにカウントが三十秒前。自分の目の前で人が死ぬのが見えた。その時だけ。自分の目の前で人が死ぬ時。私は少しだけ、その人が死なない可能性を作り出すために手を出す。そうやって死なない程度のけがになるようにしたり、ひどい事件になるのを防いだりした。


 これが問題になった。

 人の死にかかわりすぎた。

 嫌だ。悪いことをしたとは思ってない。でも。正しいことをしているとも思っていない。

「はあ」

 深く息をはいた。

 寝よう。ご飯食べてないし、お風呂入ってないけどまあいいや。明日死神さんが来る前にお風呂はいって、朝ご飯用意して。ああ。考えるのも……。


 昨日買ってきたものはっと。シャワーのおかげですっきりした頭で考える。パン焼いて、ベーコン焼いて、目玉焼き作って。たしか、レタスがあったはず。

「サンドイッチできた」

 いただきますっと。ソファに座って手を合わせる。

 ん。リリン。

 ああ。十時か。顔をあげると、昨日のように座っている。同じ格好で。口元は笑っている。

「お邪魔します。おはようございます」

「おはようございます。これ食べますか」

 作っておいた。もう一人分。お皿を右に動かす。死神って食事するのかな。漫画とかアニメだと明確に食事してるシーンってない気がする。こういうのってやっぱりご法度だったりするのかな。

 てか普通用意しないか。何してんだか。

「落ち着かれていますね。いただきます」

 笑いを含んでいる声だ。そして食べた。

「食べた」

 声に出ていた。不思議そうにこちらを見ている。そしてああ、と答えてくれた。

「食べますよ。衣食住は人と同じですから。最低限の食事に睡眠は必要です。だから、昨夜は帰っていいと言われてほっとしたんです」

 カリカリとお面をさわる。

「少しあわただしくしていて、三徹だったので」

 久しぶりに寝れましたと笑って言う。

 少し毒気が抜かれた。あまり警戒心は持っていなかったけど。あまりにも人っぽい。どこにでもいる会社員みたい。食事をしている姿はとても死神のようには思えなかった。まあ。どう考えても姿かたちはおかしいんだけど。この話している感じは親近感さえわいてくる。

「それは、あなたがこちら側に近いからですよ」

「へ」

 サンドイッチが落ちそうになった。向かい合って死神と朝ごはん。おかしな状態に親近感とか思ってるじてんでおかしいけど。心読まれ……た?

「声に出てましたよ」

 くすくすと笑われた。

 なんか笑われるのは癪に障るがしかたない。

「レジュメを読んでいただいたので、書いてあったと思いますが」

 食べながら話し始めた。

「我々が見え、話ができ、人の死も見える。あなたのような人は珍しいんです。どれか一つが当てはまる人はときどきいますし、それを仕事にしている人もいます」

 私の事をちゃんと知っているのだ。そしてたしかにそんなことが書いてあった。レジュメの……。ぺらぺらとめくっていく。

「我々が当たり前のようにあなたのこれまでの生活に存在してきた。それゆえに、あなたは少しこちら側に近くなり、生きてる人と大差ない感覚を持ってしまうんです」

 死神に近い。大丈夫じゃないことだこれは。

「かってに見させていただきました」

 朝起きて作ったプリントを手にしている。やっぱりこの手は人と同じだ。ちゃんと立体的。

 お互い食べ終わり、コーヒーを淹れにキッチンに向かう。いつものように用意していく。うん。ふわっとかおる。いいにおい。それぞれカップをもって。コトン。

「ええと。じゃあ説明しますね。まずは」

 大方の理解は正しかったようだ。この前みたいに、ときおり人の死を変えている。私の人の生き死ににかかわったことが行き過ぎた行為として目をつけられた。人ごときがなんの代償も払わずに触れていいことではない。

「代償ですが、この地区を担当している死神のお世話をしていただきます」


 お世話係。


「地区長の私と、この住所範囲を担当しているもの、隣地区を担当しているもの。三人ですね。それらのお世話。といっても食事や休憩場としてここを使わしていただきたいということです」

 部屋を見渡しうなづいている。

「おひとり暮らしのようですし、お部屋も広いですね。十分です。むしろかなりいい」

 何かとくらべているのか。学生一人ぐらしには広すぎるほどであるのはあるけど。

 そこに死神が出入りする。と。んんんん。ペナルティの基準がわかんないけどそれぐらいなら。どうせ昼間はいないし。人間が出入りするよりずっといい。


 あれ……。なんでこんなにも簡単に受け入れてんの?


「私たちと話していることは他の人には聞こえません。ただあなたが誰もいないところを立ち止まって見ているというように見えます。少し変な人みたいですが問題ないですか」

 問題ないと即答する。


 多少の変な人目線はどうにでもなる。……あ。でも出入りするなら準備とかいるのかな。あといつ来るかぐらい前もっていってもらえたりするのかな。


 おかしなことすぎて一周廻って、変になっている自分がいる。

「話が分かる方でよかったです」

 淹れたコーヒーを口に運ぶ。とてもゆったりとした時間が流れている。私もっとコーヒーを飲む。思っていた以上に落ち着いて、話を聴けている。やっぱり一晩おいたのいい判断だった。

 ああコーヒーがおいしい。いい豆買ってよかった。あの店覚えておこう。いろんな豆売ってたし。知らないのばっかりだったから、あんまり買えなかったけど、おすすめも気になったし。


「ってなにくつろいでんすか。てか、なんすかこれ」


 大きな声がした。若くて元気のいいツッコミと同時に間に現れた黒いもの。机の上の殻のお皿を指さしている。

「いつ出てくるのかまってたよ」

 地区長さんが声をかけた。

「おかしいでしょ。なにふつーにまったりしてるんですか。あんまりかかわったらダメとかいってませんでしたっけ。どっからどう見ても、親戚の叔父さんと姪御ってかんじですよ空気が」

 多分地区長さんよりは若いと思われる新たな死神さん。

「こちらがこの周辺を担当しています、死神です。彼がここを一番使うと思いますよ」

 はあ。と頭を下げる。


 違うとこ違うとこ……。見分けるための何かを探しても、無駄かも。服一緒だし、仮面同じだし、黙ってたら……。いやわかるか。食べてるとき少しだけ、違和感あったし。あれこの人だったんだ。


 いつもより騒がしくなってた。

「二人がご飯食べ始めたあたりから俺いましたけど。なんで触れてくれないんすか。気づいてたでしょ」

 ……たぶんにらんでる。ああ。性格とか人格とかに反映されるんだっけ気配って。おばあちゃんがそんなこと言ってた気がする。騒がしい人は黙ってても存在が騒がしい。だから会えば大体のことはわかる……だっけ。ってか死神に人格とかあるんだ。そこはなんかまとめて一緒とかじゃないんだね。

「すみません。地区長さん」

 一服してまったりしている。

「私みたいな体質って、遺伝なんですか。それともただの第六感てきなものがいいだけなんですか」

 若い人は無視して。


 お父さんにはなかった。お母さんも。でもおばあちゃんのあの感じは今思うとそういうのがあったのかもしれない。霊感とか言われる類のものが。


「そうですね。そういうことは不確かなんですよ。まあ。朱も交われば赤くなると同じで、わかる人がいるとそういうのに引っ張られて、少しだけ霊感とかいうものがでてくることがあるのかもしれませんね。そのことを理解し、受け止めてしまうと」

 ……なら。おばあちゃんは私のことを理解してくれていた。だから導いてくれてたのかな。


 ちゃんと生きていけるように。


 人として。人の社会のなかで。その教えがどんなときでもいつまでも支えになる。

「だーかーら!」

 また大きな声がした。こいつうるさい。涙が引っ込んだ。

「なんでおまえは、そんなにも落ち着いてて、疑問点とかないわけ。てか俺を無視すんなよ。なにこれ。なんで。自分への害はなにですか。だけだよ、もっと慌てろよ。俺ら死神だぞ。おまえ怖くないのか。まあ。見慣れてるかもしんないけど」

 目の前に私がつくったプリント。疑問点の欄。一つだけ書いていた。だってそれ以外。

「それ以外何も思わなかったから」


 そうだ。

 自分に対しての害を真っ先に思った。そしてそれ以外なかった。まあ。死神がなんなのかとか、どんな仕事とかそういうことは興味がないわけじゃないけど、今回私のところに死神が来たのは私が悪いことをしているからという内容だったのはわかった。


「おまえ。疑問をもつってことがないのか。いわれたら、ああそうですかって流すのかよ。そんなんでお前いいのか。自分のことだろ」

 こいつやっぱりうるさい。

「うるさい。疑問を持たないんじゃない。持ったところで一から十すべて理解できるように説明してくれんの? そっちにだって守秘義務とかあるだろうし、私だってあんまり関わりたくない。かかわりすぎるのはダメなんでしょ。だったらそこら辺の線引きぐらいちゃんとさせて。私にとって一番困ることは、私の今の生活、そしてこれから死ぬまでの時間に対して、このペナルティーがどれだけのもので、私にとってどんな害なのかってだけ。それ以外で困ることがあれば、その都度聞けばいい。そのための口があって声があって、頭があるんじゃない。そのための窓口として、地区長さんがきてるんでしょ」

「おまえ、そんな生活のことだけかよ。怖いとかなにそれとか自分のしたことについてとか。そういうのなくて、先のことしかないのか? 生きることが大切ならそれにともなう、疑問はどうなんだよ」


 口をつぐんでしまった。それの何が悪い。私は別に間違ってない。こいつうるさいくせに。顔見えないのに。声に私を心配している思いを乗せている。一番嫌いなタイプだ。ただひたすらにまっすぐな。いたなこういうやつ。明るくて元気で、中心に立つような、それでいて、バカなくせに無意識につついてくる。


 そうだよ。

 生きることが大事だよ。

 怖いなんてどうでもいい。

 あなたたちは見慣れてる。

 私はこの今の私の生活を守ることが大切なの。

 守れるなら多生の違和なんて知らない。


「すみませんが。コーヒーおかわりしても」

 地区長さんが助けてくれた。のか、話を止めることができた。

 だまって立ち上がり、キッチンにたつ。

 一応うるさい人にもだすか。二人分っと。コーヒーミルでカリカリカリ。いい音がする。少しずつ香りがしてくる。ああ落ち着く。やっぱりコーヒーはいいな。地区長さんも気に入ってくれてるみたいだし。

「どうぞ」

 地区長さんの隣に座っている。うん。やっぱり違う。

「あの」

 声かかけると二人とも顔をあげた。あ。名前わかんないから呼べない。

「地区長さんとうましかさんとお呼びしてもいいですか」

 呼び方を決めたい。頭にうかんだそれはそれぞれの印象から。私の唐突な提案に何もかわらず答えてくれた。

「いいですよ。ではこちらはなんとお呼びしましょうか」

 あっさり。たいして気にかけていないのか地区長さんはコーヒーの香りに顔を緩ませながら。

「そうですね……。何でもいいです」

 私が二人の呼び名を決めたのだから、今度は決めてもらえばいい。

「……ではいとさん。などどうでしょう」

 いと。うん。ひびきはいい。なんでそれにしたかはわかんないけど。地区長さんの声が優しいからいいや。にっこりうなずいた。

「だーかーらー。なんで二人はそんなにも落ち着いてるっていうか、慣れた感じなんですか。初対面でしょ。死神とヒトでしょ。人種っていうか種族ちがうからやめてよ。一瞬ここ人ん家じゃないようにおもうじゃないですか」

 うるさい。私はギロっとにらむ。地区長さんも顔の向きをかえた。

「コーヒーがさめますよ」

 地区長さんの言葉にすこしこけた。

 そんなにも私のコーヒーを気に入ってくれたのか。

 なんかうれしいけど。うれしいけど。

 うましかさんがいうようにおかしい。それはわかっているんだが。休日の朝をうるさくされる方がいやだ。久しぶりの休日だし。ああ。コーヒーがおいしい。

「あら。とってもいいかおり」

 耳元で声がした。ゆっくり笑顔で振り返る。

「あら。お飲みになりますか」

 驚かない。お代わりを用意しているときに感じていた視線、気配。この人が隣町担当の死神さんかな。

「気づかれていることにも気づいていたけど。驚かないのは少し残念」

 たぶん女装されてる男性だろう。二人と違うところが目だつ。長い髪を巻いて、仮面にはお花のかざり。一見すると女性っぽい。死神に性別があるのかわかんないけど。

「紅茶派なの。ありがとう」

 私の横に座った。身のこなしがゆるやか。きれいなお姉さんといったところだろうか。それでも声はちゃんと男性的。

「隣町の担当をしているの。ちゃんと男よ。こういう服装がすきなだけ。で。どうせするなら、服装にあわせたしぐさとか話し方を意識してるの」

 口元に手を持ってきて、首を傾けている。

 ああ。きれいなしぐさする人だ。

「マントの下はねショートパンツ。生足なんだけど、これ長いから見えないのよね」

 もったいないといった風に。

 見えなくて正解な気がするけど、それは言わないのがいいかな。

「はなさんとお呼びしても」

「なんでもいいわ。よろしく」

 笑っている。口元だけなのに。

 あきらかにこの二人とは違うと感じた。女性のしぐさに近い笑い方。

 しっかりとした大人の男性に、うるさい人に、きれいなしぐさの人。

 死神ってだけで十分変だけど。なんだか懐かしい。特に。

「お二人とも、いとさんに迷惑をかけないようにお願いしますよ。話の分かる人ではありますが、生きている人ですから」

 穏やかに言っている。地区長さん。たぶんこの死神さんはどこかで会ってる。まあ。見えるんだしどっかではあるか。



 そこから私と死神三人のおかしな半同棲生活が始まったわけだけど。

「どうしよう。思った以上に快適なんだけど」

 うましかさんが入り浸っている。一か月がたとうとしている。ほぼ毎日いる。暇なのかな。

「大学忙しいんだな」

 コーヒーを飲みながらくつろいでいたら突然現れた。玄関にわざわざベル買って、来たらそのベル鳴らして知らせて。いない時間も伝えてあるのに。ねらっているのかそういう時間帯ばっかりにうましかさんは来るようで。

「それなりに授業ありますし、友達との付き合いもあるし、バイトもありますから」

 週四のバイト。一日基本数時間程度。そこまで稼げてないけど、無理な生活はしないし。


 足るを知る。お父さんの教え。おいしいコーヒーが飲めればそれでいい。


 だからかな。面白みに欠けるとよく言われてしまう。

「うましかさんは暇なんですか」

 コーヒーを差し出す。地区長さんもコーヒーを好まれているから、ストックのヘリが早い。また買いに行こうかな。おすすめのは、あんまり地区長さんすきじゃないみたいだから、別のにしよう。

「ひまってわけじゃねーけど。急な変更とか起きてないし。何もなければ仕事はうまくまわるんだよ」

 グダッと座ってる。

 最初はあれだけ嚙みついてきたくせに、何この態度。

「うましかさんって残念なタイプですよね」

 ぶはって……。コーヒーふかないでよ。机にシミがつかないうちにしっかりふき取る。ああ。においは少しつくかも。

「残念ってなんだよ。俺は残念なんかじゃねーよ」

 ゲホっとせき込みながら言ったところで。

 仕事できるのかもしれないけれど、だからって来ないでよ。

「残念よあんたは」

 リビングに姿を現した。はなさんは朝から来ていた。ちゃんとベルをならして入ってきてくれた。予定にはなかったけど。玄関のドアを開けた音はしなかったから、通り抜けとかできるのかな。死神さんように用意した部屋で着替えてたようだ。朝一とかわり仕事着に。ちゃんときれいになっている。こんなこと言いたくないけど、朝のはなさんはなかなかすごかった。完全なる男の状態で。髪ぐしゃぐしゃだった。あれが私服なんだ。この上品さも、きれいさもなかった。

「おまえが残念だろ」

 はなさんように紅茶の用意。うましかさんはよく突っかかっている。かなり付き合いが長いようで、はなさんに流されているからそのへんも残念の一つ。

「あんたってあれなのよ。クラスに一人はいる、中心に立つイケイケメンバー。で男女ともに人気があるけど、残念ながら、モテない」

 フルーツの香りのするすっきり系の紅茶。ストレートで。そばに座った私の耳元に顔を近づけて続ける。

「あいつって、いいやつだけど彼氏ってかんじじゃないよね。なんかいいやつ止まりって」

 ちらっとうましかさんをみて私の膝を軽くたたいて合図された。

「わかる。いいやつなんだよね。でも。それ以上って思うと……」

 のっかる。二人でうましかさんをみる。見ては残念そうにため息をつく。

「やめろよ。それけっこうくるぞ」

 つらそうな目をしている。まあ本人も自覚あるみたいだし。

「みなさん。お楽しみのところすみませんね。ちゃんと仕事してますか」

 地区長さんが姿を現した。久しぶりだ。一か月の日程を前もって教えてもらっている。日程通り。冷蔵庫を一瞥して、うんあってる。二人とも地区長さんみたいに教えてほしい。そうしないと自分のバイトのシフトも組みにくい。

「地区長さん」

 コーヒーを置く。少し濃いめに。地区長さんの好みに合わせて。

 ……いっそのことカフェにでもバイトに出ようかな。このスキル案外使えそう。

「順調ですよ。問題なく」

 はなさんが答える。にこやかに。うましかさんは少し目線をそらしているように見える。

「俺は一日休みっすから」

「私は午後から入ってます」

 それぞれ私にわからないように報告している。確認しながら印をつけて。関東圏をまわり、仕事の様子を抜き打ちで見に行っているようで。忙しくしているようです。寝てないのかな。コーヒーじゃなくて紅茶のほうがよかったかな。

「ああ。おいしいです」

 息を深く吸ってとてもいい顔をしている。これはこれで正解かな、よかった。空気が和んでいる。やっぱりおかしいけど、私的にはとても居心地がいい空間になりつつある。思った以上に快適である。

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