その婚約破棄に関わったらダメでしょう!? 〜アンネローネ編〜
以前、投稿した
その婚約破棄に関わったらダメでしょう!? のアンネローネ視点です。
新作ではないので、ガッカリしたらごめんなさい。
(`・ω・´)むぅ
わたくしの名はアンネローネ=コルソープ。
侯爵家に生まれ、王太子の婚約者となった令嬢である。
母から受け継いだ光り輝くような金の髪は、夜に浮かぶ月の様だと例えられ、薄いオレンジ色をした瞳はインペリアルトパーズより美しいと褒め称えられていた。
そのわたくしの美貌は自他共に認める国一……だと思っていた。
そう、あの女……いえ、あの方と出逢うまでは……。
あの方の凛とした立ち姿は女神のように神々しい。しかし、笑うと花が綻ぶような可愛さに、妖精か天使みたいだとアンネローネは思った。
少し赤毛混じりの髪は、まるでキラキラと輝く太陽の元で棚びく稲穂の様。王家特有の紫耀く瞳は王太子よりも濃く、神秘的な光を帯びていて皆の心を常に惹きつけた。
アンネローネが、生まれて初めて敗北を覚えた女性である。
王太子と結婚すればあの方と親戚になるのだと1ミリ程(内心はお祭り騒ぎ)喜んだものだ。
だが、あの方との縁がここで終わってしまう事態が起きた。
「アンネローネ!! お前との婚約を破棄する!!」
バカ王太子……アンネローネの婚約者がそう高々と言い放ったからだ。
サマンサ学園高等部の卒業式と云うめでたい場に、似つかわしくない声。この場は在校生が卒業生を祝ったり、別れを惜しんだりする所。けっして、訳の分からない宣言をする場ではない。
なのに、空気も状況も読めないこの国の王太子マークが宣言したのだ。
所詮は政略結婚で、マークに恋慕を抱いた事はない。
だが、マークと結婚すれば、あの方と肩を並べられる。ならば、片手くらいの愛妾は許してやろうと考えていたのだ。
その寛大なアンネローネを前にして、最後の最後までやらかしてくれたマーク。アンネローネは怒りと残念な気持ちを扇に込めて、バサリと開く。
「わたくしとの婚約を破棄ですか?」
「そうだ」
「理由をお聞かせ願えますか?」
人生計画が崩れていく音が聞こえてきたアンネローネは、あくまで冷静に冷静にと無表情で訊いた。
非公式ではあれ、公の場だ。そんな場での断罪は、侯爵の娘としての矜持が許せない。しかし、ぶん殴れないのが悲しい事実だ。
「理由など、簡単だ。【真実の愛】を見つけたからだ」
アンネローネが、どうしようかしらと算段し始めた事を知らないマークは、さも当然の様に言い放った。
その右腕には、最近急に目立つ様になった男爵令嬢が引っ付いている。
貴族は育つ環境もあり、勝ち気な女性が多い。ナナリーの本質はともかく、性格通りのゆるふわの髪に、ちょっと頼りなさげな垂れた瞳が庇護欲をそそられる。こんな女性に頼られたら、男心が擽られるのだろう。
そのナナリーの背後には彼女を守るかの様に、侯爵家のビル、公爵家のリック、伯爵家の長子ダイルが控えていた。
そう、あの方の実弟リックまでもがである。
「【真実の愛】?」
「そうだ。そして、それを僻んだお前がナナリーを虐めたのは知っている。そんな悪辣で非情な女に私の妃は務まらん。よってお前との婚約を破棄する!!」
(それって今じゃなきゃいけないのかしら?)
アンネローネが色んな意味で、小さく眉根を寄せたのを気付かないのか、王太子マークは自分に酔いしれた様子でもう一度宣言した。
「わたくしが、その方を虐めたと?」
まったく身に覚えのないアンネローネは、小首を傾げる。
(相手をする価値さえないのに?)
「そうだ。お前が何をやったのか、リック説明してやれ」
そう王太子マークが顎を使い指示すれば、傍に控えていた取り巻きの1人が前に出て来た。
(あら、やだ。相変わらず可愛いわね、この子)
リックと呼ばれた可愛らしい少年は、公爵家の次子であり、アンネローネが勝手にライバルだと思っているあの方の実弟である。
側に控えているのだからまさかと思っていたが、そのまさかだった。この彼までもがナナリーに魅了されていたのかと、アンネローネを含め皆は落胆していた。
そんな事など微塵も知らないリックは、了解したとばかりに説明し始めた……の、だが。
「ここにいるナナリーの教科書を破る、私物を隠す、果ては階段から――んぐ」
そう気分良くつらつら説明をし始めた瞬間――
――1人の令嬢に襟首を思いっきり摘まれ、ズルズルと引き摺られていた。
(あぁ! お忙しいのにいらしたのね!)
見た目は華奢で可憐な女性。だが、片手で男を引き摺れる程の豪腕に、アンネローネの頬はポッと赤く染まっていた。
アンネローネはライバルだと思っているが、悲しい事にそれはあくまで一方通行。実は周りと同じくして、熱狂的な信者と言っても過言ではない。
ただ、これまで培ってきた侯爵令嬢としての矜持が、それを断固として認めないだけ。
「あ、姉上!? 何をするんですか!?」
(卒業式に会えるだなんて!!)
その気高く美しい姿に、アンネローネを筆頭に女性陣はウットリしていた。男性陣は何故か目を擦っていたけれど……。
「それは、コッチの台詞だわ!!」
アンネローネが見惚れていると、あの方はリックを壁に思いっきり投げつけていた。
(あぁ、あの思い切った行動力と実行力は、いつ見てもゾクゾクする)
卒業式に参加していたら、2つ下の弟がヒョコリと現れ余計な事をやり始めたので、あの方は怒っているのだろう。
(もっと怒ればいいのよ)
しかし、その怒った姿が美しいと、アンネローネは扇で隠した口元を緩めていた。
「貴方はココで、何をしているのよ?」
「な、何をって……アンネローネがナナリーにした悪事を……」
アレ程関わるなと言ったでしょう? と目で強く訴えているリック姉の剣幕に、アンネローネはより一層ゾクゾクしていた。
「彼女の悪事って何?」
「それは、彼女が教科書を破いたり、私物を隠したり――」
リックが口端に付いた血を袖で拭りつつ、あの方に説明していた。
卒業式で、あの方とは色々話をしたいと願っていたけれど、勇姿を見られたのでそれはそれでヨシである。
(しかも、わたくしの事を……)
庇ってくれるだなんてと、心が歓喜で震えた。
「アンネローネ様は、侯爵令嬢なのよ?」
「だ、だから虐めないとか言うのかよ!?」
「違うわよ」
(……え、違うわよ?)
そこは肯定すべきでは? とアンネローネは怪訝な表情であの方を見たが、まだ続くかもしれない言葉に期待を込めた。
「じゃ、じゃあ何だよ!?」
「彼女がやるとしたら、そんな生温い事をする訳がないでしょう?」
(は?)
ナマヌルイ? アンネローネの持つ扇にヒビが入った。
とんだもらい事故に、それまで嬉しそうにしていたアンネローネはピシリと固まった。
(ちょっと! ここはわたくしを助ける場面じゃないの!?)
「教科書? 私物? 突き落とす? そんな足が付く事をあの人がすると思う?」
援護どころか、アンネローネの淑女の皮を剥いて剥いで剥ぎまくっている。
(しかも、現在進行形で!!)
「気に入らない相手を本気で排除したいのなら、そんな回りくどい事なんかしないわよ。他人を使ってさっさと始末、処分、廃棄するに決まってるじゃない」
(……まぁ、確かに?)
思わず頷きかけたアンネローネは、慌ててツンと澄ました。
何故なら、皆が壊れたブリキのおもちゃの様に、アンネローネを見ていたからだ。
自分をよく分かっているあの方に喜びもあるが、そんな事をここで言わなくてもいいのでは? とアンネローネは喜びと複雑さで表情筋が崩壊しそうだ。
「だから、ナナリー様の存在がココにある時点で、アンネローネ様が無実だって事の証明なのよ」
(そうだけど! せめて、もう少しソフトに!!)
人目があるのだから、オブラートに包んで欲しいと、アンネローネは青筋をピクリと立てていた。
これでは、自分に何か不利益な事をしたら、もの凄い報復があるみたいだ。
(するに決まっているけれど!)
「大体、アレの何処が【真実の愛】なものですか。リックはしっかりとその目で見なさい」
アンネローネが青筋を立てている間も、リックは姉により首をグリッと強引に、王太子マーク達の方向に向けられ説明されていた。
「いい事、リック。どんな理由があるにせよーー」
(あら。なんだかんだ言っても、あの方はわたくしを庇ってくれるのね)
その言葉にアンネローネの立っていた青筋が、ゆっくりと消えていく。
リック姉の弟を諭す言葉に、真実の愛だと思い違いしていた一部もハッとしていた。
「でしょう? あの二人には【真実の愛】かもしれないけれど、婚約者であるアンネローネ様からしたら、それは【不誠実な愛】でしかないの。どうしても婚約を白紙や撤回したかったのなら、こんな大勢の場で断罪などせず、陛下や侯爵と話し合うべきだったのよ」
(そうそう。もっと言ってくださる?)
「さぁ、これであの方は終わったわ。ここにいても良い事なんてないし、帰るわよ」
(そうね。終わるでしょうねぇ)
アンネローネはウンウンと頷いていた。
「あぁ、もうイヤ。何故マーク殿下の所業を黙認していたのかっ!! ってお父様に怒られるわ。こんな事なら、その内冷めるだろうなんて、静観してるんじゃなかったわ、全く」
(そうよ。物理的に黙らせてしまえば良かったのに!!)
アンネローネはあの方を応援していたが、さすがにやってくれないみたいである。
「幸いかどうかは知らないけど、まだ貴方に婚約者がいなかったのは良かったのかもしれないわね」
アンネローネはその瞬間ピキンと閃いた。
(そうだわ!! あの方の親戚になるには別にマーク兄弟でなくともいいのよ!!)
リックがいるじゃないと、気付いたのだ。
しかも、あの方の義妹ともなれば、王太子妃より一番近くにいられる好位置ではないかと。
「例えば、殿下の隣にいるビル様だけど、彼は次子なのは知ってるでしょう? だから、お家は継げないし結婚した後ーー」
(リック様も次子であるけど、長子のあの方は公爵家は継がず他家へ嫁ぐという話だったわね。でも、継ぐ予定のリック様はまだ婚約者がいなかったはず。年も2歳くらいしか変わらないのだもの。やだ、全然ありだわ)
あの方がリックに説明していたが、今のアンネローネは違う事で頭がいっぱいだった。
「逆に訊くけど、彼とこのまま婚約を続けるメリットって何?」
(わたくしのメリットは絶大だわ!!)
娘を王太子妃にしたいという父の目的から離れはするが、公爵夫人ならワンチャンあるかもしれない。
一応掛け合って損はないだろう。
「ね? これで分かったでしょ? あの人達と関わると碌な事にならないって。サッサと帰るわよ」
(え? うそ! 帰ってしまうの!?)
これからについて相談したかったのに、あの方は弟を引き摺って帰るところだった。
「ちなみに、ちなみに、ナナリーは!?」
(笑えない人生を歩む事になるわね)
アンネローネはそう思いつつ、リックにどうアプローチしようか悩み始めていた。
「身分なんか、どうにでもなるわよ」
(そうそう。養子に迎えてしまえばなんとかなるわね。でも、わたくしは侯爵令嬢だから、どうもしなくていいけれど)
しかも、教養もバッチリ。今さら何もしなくとも、公爵令息のリックと合う。
「良識がないからに決まってるでしょ」
(でも、わたくしにはあるわ!!)
「僕は皆と違って健全な付き合いだよ!!」
(と言う事は……種は蒔いてないのね)
アンネローネはますます、イイわイイわと頷いていた。
地位と名誉と、顔面偏差値の高い男に媚びを売りに売りまくっていたナナリーと、しっかり一線は保っていたのだ。
その時々の雰囲気で流されてしまうのは問題だけど、あの方とアンネローネとで手綱をしっかりと握れば問題はない。
(アリだわ!!)
「【真実の愛】とやらが、どれだけ崇高で立派な【愛】なのか、これから見届けさせて頂きましょう。ね、リック?」
(そうよ、リックさま。わたくしとの愛を見届けていただきましょうよ)
アンネローネの人生計画の中に、カチカチともの凄い勢いでリックが組み込まれ始めていた。
「大体貴方、人の心配より自分の心配しなさいよ。お父様に知れたらリック貴方、僻地で鍛え直しよ? 覚悟しておくのね」
(そうよ、鍛え直しでヘロヘロに弱った貴方を、わたくしが慰めて差し上げて……)
引き摺られていくリックを見ながら、アンネローネは緩む口を扇で隠す。
あの方が去った後ーー
ーーマークやナナリーが呆然としていたが、アンネローネにはもはやどうでもいい事だった。
チラチラとマークがこちらを見ていた気もしたが、リックとの極上に甘い未来図を描くのが忙しくて眼中にない。
(あの方もいないし、帰ろうかしら?)
本来なら、婚約破棄宣言という断罪劇の後、何もせず立ち去るのは敗北を意味しかねない。
しかし、あの方がすべて蹴散らしてくれた。
あの方が去った今、ここに残っているのは冷えきった土だけ。アンネローネが種を蒔こうとも、何も芽吹かないのは分かり切っている。
ならば、そんな不毛な地にいても意味はないし、得もない。
それにアンネローネは、これから父である侯爵に色々と相談しなければならないと、頭の中が忙しく動いていた。
マークが与えてくれたチャンスを、今すぐにモノにしたかったのだ。
(早くお父様に報告しなければ!!)
浮き足立ち始めたアンネローネは、鼻歌が漏れないよう扇を力強く握り、無表情を取り繕い翻した。
「どうぞ、後はお好きになさって?」
ーー何を??
アンネローネ的には、当事者である自分も消えれば、この後に予定していたパーティを勝手に続けるだろうと考えたのだが……皆の気力は削げに削げていた。
何より、マークとナナリーがいるのに、どう楽しめと?
リック姉が投下した特大の爆弾と最大級の嵐の後には、荒れ果てた荒野が広がるだけだった。
その荒野に舞う土埃を、アンネローネは扇で華麗に払い、明るい未来に向かうのであった。