アナザーストーリーを横目で見ながら
長く会議をしたところで、やるかやらないかを決めるだけ。重要なのは、見つけたミッションをやり切ることだ。ただ、その中で視聴者がいるなら、一緒に楽しめばいい。
それから単純に、こんなに長く誰も第一章をクリアできないなんて、ゲームを作った制作者がかわいそうだ。
そんなふんわりした計画で、レッコとカチワリくんは配信を続けることにした。俺は、また別で動く。
俺は駅前の定食屋で唐揚げ定食を食べながら、店主に潰れた映画館の運営先を聞いた。
「あそこは商店街の誰かが買って、リフォームするとか言ってたんだけど、結局どうしたんだかなぁ……」
「そうなんですかぁ。小さいホールみたいな公民館ってないですかね? 安く借りられるところ」
「公民館はあるけど、何するんだい?」
「ゲームのファンイベントみたいなことをしようと思ってて、映画館なら大きい画面もあるから、いいんじゃないかと思ってたんですよ」
「確かになぁ。ちょっと食べて待っててくれ。聞いてみてやるよ」
親切な店主で、伝手をたどって潰れた映画館の持ち主まで電話をかけてくれた。
「掃除してくれるなら、貸してもいいってよ」
「掃除ぐらいならしますけど、いくらくらいで貸してくれるんですかね?」
「5万くらいじゃないか」
5万くらいなら出せるし、駅からもそれほど遠くない。映画館小さな上映会場も、一日貸し切りだとそのくらいらしい。だったら、こっちの映画館の方がスペースもあるからいいと思う。
「でも、中身を見てから決めた方がいいかもしれないぞ」
「ああ、そうか。古い椅子とかは処分ですよね」
「昔の映画館はヤニ汚れとか酷いからな」
映画館は喫煙だった時代からあるのか。
「これ連絡先」
定食屋の店主が手書きのメモ書きを渡してくれた。
「あんまり足元見られるなよ。角にあったタバコ屋の息子が管理しているみたいだ。不動産投資で失敗したはずだから、ふっかけてくるかもしれないぞ」
「あ、この前、不動産投資の本を出したんですよ」
「そうなのか。じゃあ、借り賃の相場がわかってるなら、いいかもしれない」
俺は唐揚げ定食を食べてから、「ごちそうさま」と言ってから、タバコ屋に交渉しに向かった。
結局、中は汚れているから掃除しないと、どうしようもないらしい。後日、掃除する日を決めて帰ってきた。
夜は相変わらず『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』だ。
今年の後半は休むつもりだったのに、なぜか動いている。充実しているからいいのだけれど。
「おはよう」
「おはようござーまーす」
「こんばんはー」
レッコとカチワリくんは、すでに配信しながら、リアルで食事中らしい。
「7階層、どうしますか? 火山を埋め立てます?」
「視聴者からは水攻め案が多いです」
「見てから決めよう。暑くてそれどころじゃないかもしれないし。二人とも何食べてるの?」
「フォーです。フォー! これが言いたいがために」
「マジで東京はいいよな」
「別にどこでもあるじゃないですか」
「対応してる店舗が少ないし、配達する人が稼げないからね」
「普通に近くのお店が美味しいんじゃないですか」
「それはあるかもな。レッコは?」
「たけぇサラダです」
「意識たかっ!」
カチワリくんもそう思うのか。
「腹持ちして、二日酔いでも食べられるものを考えるとね」
意外とレッコは大酒飲みなのか。
「飲んだんですか?」
「飲むさ。視聴者爆伸び記念でね。皆、ありがとう!」
配信しながら、だんだん配信者になっていくんだな。
パンパンパン!
のん気に話をしていたら、町の中心地で打ち上げ花火が上がった。
風船まで飛んでいる。
「お祭りでもあったのか」
「ああ、えーっと、ストーリーのネタバレがあります」
レッコが残念そうな声で言った。他のプレイヤーがストーリーを進めたらしい。俺はあんまりこの先のことは知りたくないことに気を遣ってくれているのだろう。
「ストーリーを進めていかないと、開かない部屋があって……」
かなり言い難そうだ。
「無理して隠す必要はないよ。結局、制作者が見せてるってことはそれほど本筋に関係ないってことでしょ?」
「なくはないというか」
「この事件をどうやって止めるかみたいなことですよね?」
カチワリくんも知っているらしい。
「アナザーストーリー的なこと?」
「そうです。ただ、これがほとんどのプレイヤーにとってはエンディングになっているという……」
「ああ、誰かがダンジョンの魔王を倒したのか」
いつだったか、100階層にいると聞いた。
「その通りです」
「じゃあ、この後、楽しめない?」
「いや、0時回ると復活しますから」
「そうかぁ。まぁ、魔王を倒すとエンディングか」
「普通のゲームなら……。でも、この『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』は終わらないというか、ギルドにいるおじさんが一人死ぬだけです」
「ああ、そうなんだ。魔王も死んで、おじさんも死ぬ、か。そういうBL?」
「違います。おじさんは殺されます」
「魔王とおじさんのBLって……。やっぱりクサカさんは発想が飛んでるなぁ」
「え? そう?」
「今のうちにダンジョンに入っちゃいましょう。冒険者ギルドも、しばらく開かないかもしれませんから」
俺たちは、町の喧騒を無視して、ダンジョンに向かった。
それにしてもほとんどのプレイヤーがアナザーストーリーを解決したところで、ゲームを去ってしまうというのは、制作者はどういう気持ちなんだろうか。
「考察組ですかね?」
カチワリくんがレッコに聞いていた。
「たぶんね。ああ、殺される予定のおじさんの部屋に、なにか資料がないか探すために魔王を倒すプレイヤーたちがいるんです」
「そんな理由で? 魔王もかわいそうに」
「ストーリーを知ると、魔王も踏んだり蹴ったりですよ」
「そうなんだ。100階層にいるくらいだからなぁ。氷河期だからダンジョンに逃げて来たのか」
「あ、やっぱり話します?」
「ああ、知っておいた方がいい? どうせどこかから聞いてしまうなら、レッコたちから聞いた方がいいか」
「そうかもしれません」
「魔王はこの町の冒険者だったんですけど……」
「病気の母親のためにダンジョンに潜るの?」
「そうです。なんでわかるんですか?」
「逆に町の人がダンジョンに行く理由がないよ。町で暮らせるなら、町で暮らした方がいいでしょ」
「確かに」
「ごめん、話の腰を折ったか。それで?」
7階層に行くまでレッコたちが俺に魔王について教えてくれることになった。
「魔王になる青年はダンジョンで魔法に魅せられて、どんどんスキルを取得していって、母親の病気が治ってもダンジョンで魔法を極めていっていう……」
「随分孤独だなぁ。で、なんでおじさんは死ぬの?」
「おじさんっていうか冒険者ギルドのギルド長です。町の町長的な人なんですけど、そのおじさんがそもそも魔王の母親を病気にした張本人だったことがわかり、母親に殺されるんです。あ、母親は、ほら、いつもカウンターに座っている職員さんですけどね」
「ええ!? 結構、ドロドロしてるんだね」
「でも、たぶん、今回はプレイヤーが、祝うために部屋から出てきたギルド長を殺したんじゃないですかね?」
カチワリくんが教えてくれた。
「そうね。ダンジョンの資料見るにも0時までしかないからね。母親の独白をずっと見てられないもんね」
「ということで、今やっているほとんどのプレイヤーはギルド長の部屋にいます」
アナザーストーリーまで作りこまれているというか、なんというか。
「今がチャンスっぽいけど、やることはそんな変わらないよ」
「わかってます。今日は、探索でいいんですよね?」
「うん。とりあえず7階層を見て回ろう」
5階層の大墓地は不死者のモンスターが出るところに薬草が生えていたりしている。他のプレイヤーが真似してくれているようだ。
毒のジャングルを抜けて、7階層の火山地帯へ。
7階層は身体を冷やす薬を飲んで探索。その薬を飲まないと暑くて体力が減るらしい。耐暑スキルはあるのかな。
マグマがあちこちから噴き上がったり流れたりしていて、中からモンスターが現れる。マグマのゴーレムだろうか。
パシャン!
レッコが水をかけて、カチワリくんがつるはしで割っていた。
小さな翼竜が襲い掛かってきた時は、俺も動いて、鎌の刃を突き刺し地面に引きずり下ろした。
火山地帯ではあるが、枯れたような草がところどころにある。麻痺を治す薬になるそうだ。他にも種が弾けて癇癪玉のような音を立てる草、岩に擬態して溶岩に棲みつく蛙なんてのもいる。温度が高すぎる温泉なども湧いていた。
それから鉱物が多いようで、壁がキラキラと輝いていた。
「これってどれくらい掘れるのかな?」
「マグマにぶつからなければ結構掘れますよ」
「時間経過で復活する?」
「まぁ、何時間かはわかりませんけど、少なくとも24時間経つと復活するはずです」
「全部壁をぶち抜きますか?」
「それもいいかもなぁ。ボスはわかってるんだっけ?」
「ああ、ものすごく太った竜です。ボス部屋の3分の1くらいあって、近くまで行くと鼾が聞こえてきますよ」
ゴゴゴゴゴゴ……。
行ってみると、確かに鼾が聞こえた。
だいたい、これで決まった。
「じゃあ、やりますか?」
「うん、掘ろう」
二人ともそのつもりだったのかつるはしを持ってきていたようだ。
「床を」
「え!? 床ですか!?」
「壁じゃなくて!?」
「うん。床」
「つまり……」
レッコは気づいたか。
「そう。つまりボスと戦わずに、ボス部屋の下に落とし穴を勝手に掘ろう。火薬もあるんだよね。柱で支えて、最後は爆破で落とせないかな?」
「そもそも、そんなに床って掘れるんですか?」
「これだけ起伏があれば、掘れるんじゃない?」
マグマには流れがあるし、火山地帯で起伏もある。床が掘れないはずがない。
ガキンッ!
採掘スキルを持っているカチワリくんが床につるはしを振り下ろしていた。
穴が空き、石があっさり採れた。
「いけそうですね」
「じゃあ、特大の落とし穴を掘ろうか!」