ボスって、そういうんだっけ?
「1階層で止まってる!? 何でですか!?」
カチワリくんは目を見開いていた。ゲーム内で見るとバカに見える。
「あの草原の草を刈ってたから」
「大草原の草を全部刈り取ったんですか?」
「時間経過で生えてきちゃうけど、だいたい刈り取ったよ。あったのは謎の石碑くらい」
「え!? 画像ってあります?」
「あるある」
レッコが画像を見せていた。
「それ、海外の匿名掲示板に載せておきましょうよ。特定班が出てくるかもしれませんよ」
「いいけど……」
どうでもいいことに構う面倒くささがある。
「ええ? 出さないと人気にならないじゃないですか?」
「別に、このゲームで人気にならなくてもいいかな」
「え~?」
「カチワリくんは、人気になりたいの?」
「いや、便利じゃないですか。就職にも有利だし」
「ああ、そうかもね」
「ちなみに、私も今配信してますよ。アーカイブとして残しておきたくて」
レッコも動画を生配信しているらしい。それほど視聴者はいないようだ。
「そうなんだ」
「興味ないんですか?」
「ないってことはないんだけど、見せられるようなものじゃないんじゃないかと思ってるな」
視聴者との距離感とかよくわからない。
「あ、あと、視聴者の言うこととか絶対聞かないと思うし、先のこととか知らない情報を教えられると萎えない? 俺は初見だから、とにかく試しにやってみたいっていう気持ちの方が強いかな」
「本当に初見なんですね!」
「そうだよ」
「クサカさんの話を聞いていた方が、スキルも発生するかもしれないよ。今のところ知らないことが武器になってるから」
「でも、ボスを倒せないんだけどね」
「1階層のボスなんて……、ああ、言っちゃあダメなのか」
「そう、そう」
「じゃあ、何をしますか?」
ガリガリになってしまったカチワリくんが迫ってきた。
「とりあえず、カチワリくんは戦士になってくれるかい?」
「わかりました。でも、俺は今、何も持ってないですよ」
「お金は大丈夫。1階層しか到達してないとは思えないほどあるから。どこ行きますか?」
レッコは俺に敬語でカチワリくんにはため口という器用なことをやっている。
気にしなくていいとは言っているが、会社で不倫していた女子社員を思い出すから、年上には敬語くらいの距離感がいいという。そう言えばレッコは、失業中だったか。
「どこに行こうか。竹林でも行ってみる?」
「ああ、いいですね」
「え? ああ、ダンジョンには行かないんですか?」
カチワリくんはダンジョンゲーなのに、ダンジョンを目指さないところに驚いていた。
「まずは、氷を運んでパンでも買ってからにしよう」
「わかりました」
氷を商店街に運び、パンと訓練用の鉄の剣を一本買った。
「訓練用でいいんですか?」
「うん。結局、何回も繰り返すのには壊れないのが一番なんだよ」
訓練用の剣には攻撃力はないが、頑丈に出来ている。
町の反対側へ行き、1万回できる動作を考える。
「私はタケノコと花の採集ですね。ちょっと復活するまでタイムラグがあるから、時間はかかりそうです」
「俺は籠でも作ろうかな」
「俺は何をすればいいんですか?」
「1万回竹を切ってくれ」
「1万回!?」
「そう。なにかスキルが出たら報告する感じで。よし始めよう!」
あまり説明しても仕方がない。やり方は人それぞれだ。リアルとも違うし、素材もわからない。ただ、とにかく1万回なにかを切っていれば、スキルが発生するんじゃないかという期待だ。
「たぶん、3時間以上はかかると思う。無駄になるかもしれないけど、だらだらやっていると出来るようになるから、やってみたらいいよ」
「無駄になるんですか?」
「そんなに期待するなよ。たかがゲームだよ」
試しに竹を切ってみると、素材として竹材が出てきた。それを釣り竿や竹槍に加工できるらしい。さらに竹材を剣で割ると、竹ひごという素材になり、籠を作れるようになるらしい。
「じゃあ、カチワリくんには竹ひごを作ってもらうか。竹を切って竹材を作っていくから、剣で割っていってくれるかい」
「わかりました。それを1万回ですか? 1万本もないじゃないですか?」
「それが、竹林が二つもあれば、ある程度時間が経つと復活するんだよ。ゲームならではだよね」
とにかく、カンカンと普通の剣を振って竹材を採取、カチワリくんにわってもらう。
竹材はどんどんカチワリくんの横に溜まっていき、ひたすら竹材を積み上げていった。
慣れてしまえば、かなり単純な作業だ。
「最近も田舎の草刈りやってるんですか?」
レッコが暇だからか話しかけてきた。距離が離れていても、ボイスチャットで繋がっているので、適当な会話は出来る。
「ああ、そうだ。昨日、わな猟の免許受かってたんだよ」
「あ、試験受けてたんですか?」
「そう。まぁ、鉄砲撃てないとあんまり狩りには連れて行ってもらえないんだけど、害獣対策は出来るようになったから」
「なんの会話ですか!?」
カチワリくんも入ってくる。
「いや、このゲームのスキルと似たようなことをしていてね。暇だから田舎の手伝いをしてるんだよ」
「へぇ~、ゲームが現実に侵略してるってことですか?」
「侵略って、まぁ、そうだね。田舎の老人を手伝っておけば、野菜はくれるし、畑は貸してくれようとするし、結構面白いんだよね。どうでもいいことで喧嘩してたりするけど、花が満開だよって教えてくれたりさ」
「花ですか?」
「山桜ってきれいだよ。都会だと、何を見ても価値観を押し付けられちゃってるような気がするんだけど、こんな山道にきれいな池あるんだとか、単純な発見があるから、いいんだよね。虫はうるさいけどね。カチワリくんは、学生生活どう?」
どうでもいい話を聞いてしまう。
「面白いんですけど、モテないんですよね」
「モテたいんだ」
レッコはちょっと笑っていた。
「モテたくないですか?」
「誰にモテるかにもよるよ。クソみたいな上司とかにモテても、殺意しか湧かないでしょ。要らない会議に時間をかけて、給料上がらない上に、上司から誘われるって地獄だよ」
レッコは割と前職で大変だったらしい。
「え~? そんな話されたら将来に不安しかなくなっちゃいますよ。クサカさんは都会で生活してなかったんですか?」
「いや、いたよ。出世競争とか面白さがわからなかったから早々に離れて、自営業にしたね。今年は前期で稼いじゃったから、こんなゲームをしているってわけさ」
「羨ましいなぁ」
「カツカツだけどね。都会にいると誰のための競争をしているのか、お前の仕事しているフリのためになんで俺が働かないといけないんだ、みたいな場面が多いから、こっちの方が楽だよ」
「え~!? 大手とかやめておいた方がいいですかね?」
「わからないけど、後悔しないように誰に何を言われても自分で決めた方がいいよ」
「人生経験が豊富ですね」
「ちなみにクサカさんは、旅行で海外とか行ったりします?」
レッコが聞いてきた。
「するよ。仕事でも行ってた……」
そんな他愛もない話をしながら、作業をしてあっという間に4時間くらい時間が経っていった。
「あ! スキル、出ました! プラントハンターだそうです。『唐竹割り』が出来るようになれました!」
唐突に各地の温泉の効能について話していたら、カチワリくんが大声を出した。
「お、よかった」
「プラントハンターなんて、結構上位職だよ。70階層とかのプレイヤーじゃないと見ない職業なのに、町で発生するんだ!」
レッコも驚いていた。
「これでボスを倒せる?」
「これ、なくても倒せますよ」
「そうなんだ」
「瞬殺だと思います」
必死に「準備してから行かないか?」と二人を誘ったのに、全く聞き入れてもらえず、とにかく二人はダンジョンに入りたいらしい。
道なりに行けば倒せると、草原に見えている魔物も無視して進む。いいのか。
1階層の最奥には、田舎の田んぼにある小さな森があり、大きな花が蔓を使ってうねうねと動いていた。それがボスだという。花弁の中に牙があるし、溶解液のようなものを垂らしてこちらを威嚇している。
とりあえず鎌を構えてみたが、レッコたちは「黙って見ていればいいです」と言うばかり。
ゲギャギャギャギャ!
花なのに叫び声を上げ花粉をまき散らしている。恐ろしい演出だが、隣の二人はただの布切れとローブ姿で、別にどうってことないかのような表情で見ていた。
「じゃあ、行きます」
カチワリくんが、訓練用の剣を持って肩を回している。ボスの攻撃が当たるはずがないと思っているのかもしれない。
「う、うん」
「ボス戦で経験値が多いと思うんですけど、パーティーメンバーには入るから大丈夫ですよ」
そんな心配はしてないのだが、レッコが心配をしてくれる。
カチワリくんの身体が大きく沈んだ。
そう思った時にはスキルの必殺技である『唐竹割り』が発動。
ザンッ!
カチワリくんは、本当に大きな花のモンスターを一撃で倒していた。ほとんど何の攻撃も受けていなかった。俺は参戦もしていなかったので全く感慨深くもなんにもない。
ボスは、苦しみもだえるような声を上げながら、ダンジョンの地面へと消えていく。
『歩く花』の花粉と花弁というアイテムを手に入れた。冒険者ギルドに持って行くと換金してくれるらしい。
「本当はどうやって倒すの?」
倒してしまったので、他の方法も知りたい。
「近づくと毒を食らうんで遠距離から攻撃するんです」
「氷とかダンジョンまで持ち込んで投げると急激にスピードが落ちるんで、そこを倒したり」
「へぇ~。じゃあ、我々が一番、正攻法じゃない?」
「そういう考えもありますけど……」
「投擲スキルを極めたりするのかな?」
「いや、それはまた別にすぐ2階層で取れます」
「あ、そうなんだ」
ひとまず、3人で2階層まで行く。
2階層は岩石地帯で、トルコのカッパドキアみたいな奇岩が見える。
アオーンッ!
コヨーテの鳴き声だろうか。潜んでいるモンスターもいるらしい。
「今度こそ装備を整えてから来ようか」
「ああ、たぶん大丈夫ですよ」
「クサカさん、その辺に罠って仕掛けられます?」
「できるよ」
スコップを地面に突き刺した感じ、できそうだ。今なら竹ひごもあるし、『大きな落とし穴』すら作れる。
「ちょっと待ってください。なんか視聴者から、落とし穴を大量に仕掛けてくれっていう要望が出てますけど、どうします?」
「ええ、なんか意味あるの?」
「わかりません」
「俺の視聴者からも、『ミスタークサカに探索させろ』っていう外人からメッセージが飛んできてます」
「別に俺は俺の好きにするよ」
大した人数が見ていないからか、指示厨が湧いて、それを見てしまうのだろう。
そう言いつつも、大きな落とし穴を作れたことが嬉しくて、ついついたくさん作ってしまう。
「この奇岩の上ってどうなってるんだろうね?」
「別に何もありませんよ。石の色は変わっていますが、大した違いはありません」
「本当?」
そんな会話をしているうちに、子フィンリルというモンスターが落とし穴に嵌ってくれていた。レッコの作った毒で眠らせ、カチワリくんが討伐部位の牙を抜くとダンジョンの土へと還っていった。
「クサカさん。たぶん10階層までは罠だけで攻略できますよ」
「そんなバカな」
「いや、クサカさんわかっていないようですけど、この仕掛けている罠は結構上位クラスのものです。通常は素材がなくなってしまうんですけど……」
「カチワリくんが割った竹ひごが1万回分あるからね。どうせ売れないし、どんどん使わないともったいないと思って」
ちなみに、罠製作と罠設置のスキルが成長しているから落とし穴だけでなく括り罠という捕獲用の罠も仕掛けられるようになっていた。しかも素材は竹ひごでいい。
「ちなみに、この階層は部屋割りもありますし、隠し部屋もあるはずです」
「じゃあ、罠を仕掛けながら探索するか」
「俺、石を掘っていてもいいですか? 1万回チャレンジを試したくて」
「つるはし、あるよ」
レッコはダンジョンに入る前にいろいろ準備していたらしい。本当に出来るオフィスレディだったんだろうな。日本の企業はもったいないことをしている。
「レッコさんはどうする?」
「あ、私は大丈夫です。どうせクサカさんが仕掛けた罠に嵌ったモンスターが出ますから、料理と錬金術を鍛えますよ」
結局、2階層にも罠を仕掛けられるだけ仕掛けることになった。正直、草刈りをしない分、めちゃくちゃ楽だったし、大量にモンスターの皮や牙などが集まったらしい。
「クサカさん、奇岩の上にも仕掛けるんですか?」
「うん、誰もやらなそうだし、二度とやらなくてもいいように確かめないと……」
奇岩を一つずつ登ったからか、『クライミング』というスキルが発生。壁も、掴める岩さえあれば登れるようになり、壁に空いた穴から隠し通路を見つけ、さらに奥にある隠し部屋まで見つけた。
火を噴く花の群生地に出たので、レッコを呼んで採取してもらった。採り方がわからないと燃えカスになるらしい。
「この花、もっと下層にしかない花なんですけど……、2階層で見つけちゃうなんて……」
「コメント欄が荒れそうです」
カチワリくんも若干引いていた。冒険者ギルドに売ると高く売れるそうだ。
その花畑の真ん中にまたしても石碑があった。ただ、相変わらず意味は分からない。
カチワリくんが、海外の掲示板に画像を載せていた。
隠し通路を戻り、部屋を見ると、奇岩も含めほぼ罠が仕掛けられている。部屋に入ってきた冒険者たちが嵌って悪態をついていた。
「今度から看板とかかけておこうか」
「そうですね。あ、もう、モンスターが嵌った後を通ってますよ」
「素材も持って行かれちゃって」
「どうせ売れないからいいよ」
結局、その日はカチワリくんが採掘スキルを身につけたところで解散となった。
次は翌々日の夕方から集まる約束をした。
意外に充実した日々を過ごしている。