まだ誰もやっていないことを探して
俺は、県の庁舎でわな猟免許の試験を受けていた。
田舎で草刈りをしていると、猪やアライグマの被害などをよく見る。さすがに猟銃の免許までは取るつもりはないが、少しでも何かと世話になっている老人たちの負担を減らしたい。
あと、普通に去年食べさせてもらった猪肉が美味かったというのが一番の理由だろうか。
合否結果は郵送してくれるそうだ。
せっかく町まで出てきたので、ハンバーガーを買って帰ることに。田舎にいると全然、ジャンクフードを食べない。そもそも野菜は貰うことが多いし、米は重いのでネットで買い、持ってきてもらう。
スーパーに行っても肉や魚を見るだけ。知り合いのキノコ栽培をやっている会社からキノコは買っている。ジャンクフードを食べる余地がないのだ。
久しぶりに食べるポテトとハンバーガーが美味いったらない。風呂上がりにコーラで流し込むと完璧だ。
「さて、ゲームでも罠を仕掛けるか」
ヘッドセットをつけて、今日も『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』の世界へと入る。
ボロ小屋の前で、レッコが焚火に鍋をかけて待っていた。
「あれ? どうしました?」
今日は初めから声に出す。
「いや、暇だったので、ここでキャンプをしようかと……」
相変わらず、嘘が下手だ。わざわざこんな端でキャンプをする必要がない。
「すみません! 嘘です」
「わかってます」
「そのぅ、森の罠が……」
「小さな落とし穴がどうかしましたか?」
行ってみると、ほとんど壊されていた。
「劣化したんですかね?」
「先日、ダンジョンに入っている間に誰かが壊したみたいで」
「プレイヤーでも壊せるんですか?」
「もちろんです」
「へぇ~」
小さな落とし穴は掘った穴も塞がっているし、草も生えている。残骸も残っていない。壊してから時間が経っているということだろう。
「ショックですよね? 自分が作ったものをこんな風にされて。私がダンジョンに誘わなければこんなことに……」
「いやいや、そんなことはないですよ。スペースができたからまた作れるな、と思っているところです」
「本当に!?」
「ええ。ダンジョンで長い紐を作ってたので、大きい落とし穴ができるんで、壊してくれてよかったです。いずれ壊れますしね」
「大丈夫ですか? 家の物が盗まれたりは?」
「いや、どうでしょう……」
ボロ小屋に戻って、アイテムボックスの中を見ると、この前までは入ってなかった枝や普通の剣などが入っていた。あと辛い魚料理なんてのもある。
「メモ」というのも入っていて、読んでみると、英語で『新しいプレイヤーが来たから、邪魔してやろうと思ったんだけど、盗めるものがない! これはプレゼントだ。もっとこのゲームを楽しめ!』と書かれていた。
「なんですか?」
俺が笑ってると、レッコが戸惑っていた。
「外国のプレイヤーが、もっと楽しめって、いろいろプレゼントしてくれました」
「罠を壊したお詫びですか?」
「物があまりにもないので、盗めるものがなかったそうです」
「ああ、鍵をかけた方がいいですよ」
「今度からそうします」
焚火の火が消えかかっている。
「その鍋は大丈夫なんですか?」
「あ、これ、スタミナが持続する料理です。作っておいたんで、よかったらどうぞ」
「ありがとうございます」
食べてみると、確かにスタミナの減りがほとんどなくなった。これで草を刈れる。
「今日は、何をするんです? ダンジョンに潜りますか?」
「どうしますか。誰もやってないことってあります?」
「だいたいのことはやられてるんじゃないですかね」
「草原の草を全部刈るとかはダメですか?」
「え!? いや、ダメじゃないですけど、時間経過で草は生えてきますよ」
「ああ、そうかぁ。1階層のモンスターの発生地ってわかってるんですか?」
「モンスターは完全にランダムです」
「罠の上には発生するんですか?」
「いや……、どうなんでしょう」
「確かめに行っても構いませんか?」
「いいですけど……」
「あ、完全に俺の趣味なんで、別のことをしていてもいいですよ」
「じゃあ、私は採取と錬金術のスキルを上げてます。1階層にはいますから、モンスターが現れたら、共闘する感じでどうです?」
「それでお願いします」
仲間になったとはいえ、特に次はどうするか決めていたわけではない。
もちろん、連絡先を知っているわけでもないので、たまたま出会えれば一緒にダンジョンに潜るような間柄だ。上昇志向が強い人だと、どんどんダンジョンを攻略していくのだろう。ただ、それとゲームを攻略することは、どうやら違う。
そもそもプレイヤーはミッションを見つけていないので、探すことから始めないといけない。
もしかして、人それぞれ違うミッションを与えられているのか。
だったら、誰かしらミッションはクリアしているだろう。やはりミッションはある。
貰った普通の剣と枝で鎌を作り、氷柱から氷を切り出しながら、ぼーっとそんなことを考えていた。
「準備できました?」
「はい」
俺は籠と鎌を背負い、準備万端。特に装備もない。
「昨日と同じ依頼でいいですか?」
「目的が違うので、ダンジョンに入れればなんでもいいですよ」
「じゃ、ゴブリンの討伐とかにしますか」
「はい」
レッコに依頼を請けてもらい、そのままダンジョンへと向かう。その間に、氷を商店街に売っておいた。どん底スタートなので、商人たちへの好感度は低いが、こういう手間のかかることをやっておくと、少しずつ和らぐのではないかと思っている。全然、無駄という場合もあるが……。
「町の人たちの好感度を上げたいなら、それぞれ好みがあるんで名前とプレゼントで検索すると出てきますよ」
「なるほど」
「売り買いしても、信用度は上がるらしいです」
「じゃあ、1万回売り買いすれば、お得意さんになるんですかね?」
「1万回?」
「ええ、草刈りも1万回やるとスキルが出てきましたから」
「草刈りのスキル!? そんなのあるんですか?」
「ありましたけど……」
珍しいことなのか。
「最近のアップデートでも見なかったですよ。もしかして隠しスキルかもしれません」
「そうなんですかね? 別に何かができるわけでもないですよ」
「必殺技的なものは出てませんか?」
「今のところ、ないですね」
「職業欄は?」
「シーフのままです」
「1万回ですか……。え? クサカさん、初日で1万回も草を刈ったってことですか?」
「そうですね。よくあるじゃないですか。1万時間の法則みたいなの。ゲームは1万時間もやっていられないので、1万回だったらどうなのかやってみただけです」
レッコは呆気にとられたように、動かなくなってしまった。
「それって面白いですか?」
ド直球の質問が来た。
「おじさんになってくると、だいたいのことは経験して他人と同じことをしても面白く感じなくなってくるんですよ。だからか、意味がないようなことをしたがるんですよね」
「なるほど」
「それで、ミッションの謎も解けていないようなゲームに出会ったら、絶対に人がやらないようなことをやってやろうっていう気になって、実は結構面白いです」
「へぇ~。草原の草を刈りつくすというのも……」
「どうなるんだろうという興味です。もしモンスターが草原にだけ発生するとしたら、ランダムだとしてもモンスターが集まる区画を作れるんじゃないかと思って……」
そう言うと、レッコは笑い始めた。
「確かに、そんな風にモンスターを狩った人はいませんね。ほとんど別のゲームになりますよ」
「これだけ自由度が高いゲームなら、楽しみ方は人それぞれでいいんですよ。そもそも冒険者ギルドの言っていることもあやしいとわかっているなら特にね」
「なるほど、私も1万回でスキルが発生するかやってみてもいいですか」
「もちろんいいですよ。レッコさんも草刈ります?」
「いえ、私は採取を。ちょっと装備を変えてきます」
「はい」
レッコはそう言って、町の雑貨屋へと向かい、大量に籠を買い込んでいた。ついでに俺のスコップまで買ってきてくれた。落とし穴を掘るのに便利だという。ありがたい。
ダンジョンに潜り、第1階層には大草原が広がっていた。道なりに進めば、薬草がある森がいくつも出てくる。第2階層までは、道をさらに進んで、大きな花のボスを倒せばいいだけらしい。
俺たちは、道を進む他の冒険者たちとは別の行動をとる。道から早々に外れ、草を刈り始めた。レッコは大量の籠を刈った草の上に置いて、一つだけ籠を背負い、草原の花の採取に出かけた。
なんとなく、大量の籠があるところが拠点となり、同心円状に草を刈っていく。ある程度刈れたら、草を撚って紐を作り、穴を掘って落とし穴を作る。
ただただ、この繰り返しだが、罠製作と罠設置のスキルがどんどんレベルが上がっていく。職業がシーフだと、罠関係のスキルが上がるスピードは早いのかもしれない。
猪やゴブリンが現れるが、ほぼダンジョンの初期地点なので、それほど強いモンスターが出てくるわけではなく、襲い掛かられる前に落とし穴に落ちてくれた。肉と皮がどんどんたまっていく。ゴブリンの討伐部位は耳なのだそうで、耳を切り取るとゴブリンの身体は自然に還っていった。
草を刈り、穴を掘り、罠を仕掛ける。小一時間ほど同じ作業を繰り返したところで、レッコが籠いっぱいの花を集めて拠点に戻ってきた。
「うわっ、すごいですね」
「え?」
振り返ってみると、草原だった周囲が罠だらけだ。拠点には猪の皮や肉、ゴブリンの耳が積み上がっている。
「これ、討伐部位はもう必要ないんじゃないですかね?」
「そうかも。なにかに使えるのかな?」
「錬金術で使うはずなので、後で毒薬か何か作っておきます」
「お願いします」
その後、それぞれで作業の時間になった。
何も考えずに、同じことを繰り返していくとスキルが上がるということに気持ちよさがある。現実では、技術は目に見える形ではなかなか現れない。
そもそも今の経済状況だと、スキルがどれだけ上がってもそれほど給料が上がらない企業が多いのではないか。本来売り上げを還元すべき人たちに還元されない問題がある。
どれだけ頑張っても、評価にはつながるかもしれないが、ある程度まで出世すると給料は変わらない。時間と仕事への情熱がなくなると、自分が消耗していたことに気づいてしまう。
だから、副業をするサラリーマンが増えた。実際、それで資産が増えるならそちらの方がいい。
ゲームを紹介してくれた友人も大きな企業にいればコミュニケーション能力は上がるが、自分で稼ぐ力が欲しいと、資格の勉強を始めている。
この『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』は、迷える中年を癒してくれていた。積み上がる成果物と、身に付いていくスキルが目に見える。正直、スキルだけでいいのに。
考え事をしながら、ただひたすら草を刈っていると、いつの間にかレッコが焚火の上に鍋をのせて何かを作っていた。
「あれ? 今、何時ですか?」
「ああ、もうダンジョン入ってから9時間くらい経ってますよ」
「え!? 本当!?」
時間を見るとすでに夜中だ。
「ごめんなさい。気づかなかった。スケジュール大丈夫なんですか」
「大丈夫です。失業保険貰っているうちは毎日暇なので」
ということはレッコも働いていたのか。
いい仕事が見つかるといい。
「やりますね」
「クサカさんは?」
「今年分は稼いだので、下半期はだいたい暇です」
「いいなぁ。そういう仕事がいい」
「消耗しない程度の安定した職業がいいですよ」
「やりすぎちゃうんですよね」
仕事に熱心になればなるほど、急なルールの変更で壊れる人は多い。
焚火にかけていた鍋から煙が出てきた。
「あ、それ大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫です。毒薬作りすぎちゃって」
籠の中に毒の瓶が大量にある。麻痺薬や眠り薬なのだとか。採取をやって飽きたから、毒薬を作っているのか。職業が錬金術師だったらスキルのレベルが上がっているのかな。
「スキルのレベル上がりました?」
「1万回には程遠いですけど、1日にしては上がりましたね。ある程度まで行くと伸びが悪くなりましたけど、罠もそうですか?」
「そうですね。草刈りのレベルは6まで上がって、罠は44まで上がりました。これって100まであるんですか?」
「スキルのレベルは100までですよ。草刈りのレベルを上げるの、すごい大変ですね。隠しスキルだからですよ。きっと」
「そうなんだ」
「とにかく、素材も薬も積み上げすぎちゃってるんで、お店に売ってきましょう」
「わかりました」
鍋を片付けて、二人で籠を持てるだけ持つと、動きが鈍くなった。それだけ重いということだろう。
「それにしても壮観ですね。あれだけ伸びていた草が……」
周りを見渡すと、きれいに草が刈り取られている黄色い丘が並んでいた。
「全部、落とし穴を仕掛けたんですか?」
「そうです。これだけ時間が経過しても草が伸びていないところは落とし穴があります」
動きの遅い俺たちはゆっくりダンジョンから出た。
冒険者ギルドでゴブリンの討伐を報告し、併設されているアイテムショップで、皮と毒薬を売ろうとしたら、買い取れなくなった。
「お金が足りないらしいです」
「そんなことあるんだ」
「需要と供給で、時々、価格も変わるんですよ」
「へぇ~」
商店に肉を持っていってもかなり安く買いたたかれてしまった。
俺たちが、ダンジョンから持って帰りすぎたのだろう。
田舎で採れ過ぎてしまった野菜みたいなものだ。
「せっかくなら、盗みに来た外国の人にお裾分けしましょう」
「え!?」
「いや、どうせ店に売っても大したお金になるわけでもないし、俺たちの目的は実験とスキル発生なんで、成果物は持って行ってもらっていいんじゃないですか」
「そんなことをしている人、見たことありませんよ」
「だったらやる価値はある」
俺はボロ小屋の横に、アイテムボックスを置いて、今日獲ってきた皮と肉、毒薬を全部詰め込んだ。あとは、その上の壁に『欲しけりゃ、どうぞ』と日本語と英語で書いておく。
あとは切り出した氷を詰め込んでおく。これで、ある程度保てるだろう。
「クサカさんは欲しい装備とかないんですか?」
「あんまり、いい装備にして回数をこなせなくなったら、スキルが上がらないですからね」
「確かに。効果がいいということもスキルにとってはいいことばかりではないのか……」
レッコは納得していた。宝の持ち腐れというのはよくあることだ。
「本当にずっと実験しているみたいですね」
「失敗しても面白いことはやった方がいいですよ。じゃ、また」
「お疲れさまでしたー」
「おつですー」
ゲームをやっていただけなのに、充実感があった。
リアルでも夏の暑い日に草刈りを終えた後、家に帰ってきて飲むビールは美味かった。
冷蔵庫を開ければ、ビールが待ってくれていた。
プシュッ。
今日も草刈り終わりのビールが美味い。