アイテム:『母の弁当』
翌日、話題になっているとレッコとカチワリくんが報告してきた。アーカイブの視聴も増加しているのだとか。
「よかったなぁ。なによりだよ」
「一時的なものだとは思いますけど、昨日から『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』に戻ってくるプレイヤーが増えたらしいです」
「攻略法がわかったのなら、それはそうよね。クサカさん、どうします?」
「え? いや、どうもしないけど、NPCのセリフは変わってないの?」
「そういえば、いつもは冒険者ギルドのカウンターにいる職員が、外を箒で掃いてますね」
「行動が変わってるってことか? あれ? もしかしてその人って魔王の母親?」
「ああ、そうですね。たぶん……」
早速、冒険者ギルドの前まで行き、箒を持って立っている職員に話しかける。
「あら、冒険者さん。依頼なら中の掲示板をご覧ください」
いたって普通だ。
「これを鑑定してもらえませんか?」
レッコが巨人の形見を見せた。
「あら、珍しい。長年働いている私でも見たことがない代物です。大事になさった方が良いでしょう。どの階層で見つかったものですか?」
「崖の上、町の外で見つけたものです」
「そうですか……。町の外で……。外に行ける冒険者が現れましたか……」
職員の女性はしばらく考えて、顔を上げた。
「もしよかったら、このお弁当を息子に届けてもらえませんか? 息子も冒険者をしているはずなのですが、ダンジョンに入ったまましばらく家に帰ってきていないものですから。もしかしたら、死んでいるかもしれませんが、遺品だけでも持って帰っていただけると幸いです」
町の外に行って帰ってきた冒険者限定の特別依頼を請けた。
「第2章に入った気がするな」
「母の弁当ですかぁ。俺は小学校以来食べてませんね」
「私も遠足でしか食べたことがないわ」
日本だと、小中学生の頃は給食があるし、高校になれば学食に行くか、コンビニのおにぎりだってある。スーパーに行けば、お惣菜だって豊富だ。
駅前に行けば、お弁当屋さんもあれば、フランチャイズの牛丼屋やカレー屋も多い。
『母の弁当』というアイテムが俺たちにはものすごく特別なものな気がした。
「必ず届けます」
魔王になっているよ、とは言えない。
俺たちはダンジョンに入り、階層の攻略を進める。冒険者たちは皆、42階層で崖を登っている最中だ。俺たちは洞窟の階段を上り、ボスを倒して、どんどん進んだ。
72階層の雪山チャレンジから、ダンジョンの攻略は進んでいない。
次の73階層は密林の中にある遺跡だ。メキシコの文明のような模様が施されていて、バーサク状態のオーガやゴブリンが、魔法を放ってくる。
ただ、ほとんど俺たちの戦術は変わらない。
雑草は俺が刈り取って毒草、薬草はレッコが採取。罠を仕掛けて、モンスターを誘導し、カチワリくんがまとめて斬っていく。密林ということもあり、植物系のモンスターもいたが、鎌で一撃だった。スキルを上げ過ぎたかもしれない。
すでに毒無効状態で、魔法耐性を付与する食事も摂っているので、幻惑魔法も効かない。
落とし穴を破壊されても、歩いている間に落とし穴くらいなら設置可能となっている。どんな大型のモンスターに追いかけられても、俺に攻撃が当たる距離まで近づく前に落とし穴にかかってしまう。
ゲームとはいえ、異常だ。
「スコップと鎌で、どこまでモンスターを殺せるのかチャレンジしますか?」
「しないよ。スコップと金槌を間違えたら危ないからな」
政治的思想は、日本では大丈夫でも海外だと一発アカバンを食らうことがある。
海外の資本主義は厳しくて、人権がわかってない企業の製品は輸入禁止措置が取られることが多い。日本だけで売れればいいという前時代的な人たちがいるが、オンラインゲームは今や世界のどこでもできる。
当然、その土地、その国で、ハイコンテクストがある。例えば、イスラム教徒に神が出てくるゲームは売れない。
意味がわかっていないカチワリくんにモンスターを任せ、俺たちは弁当が腐らないうちに先へ進んだ。
その後、山岳地帯や地下迷宮、大草原などの階層を経て、90階層まで到達。
「ここまで来ると立派な上位ランカーですよ」
「そういやランキングがあるんだよな」
「クサカさんはほとんど冒険者ギルドに入ってなかったですよね」
「そうだね。依頼を見てないっておかしいことなんだよな」
普通はパーティーで決めた依頼を請けてダンジョンに潜るが、俺はダンジョンでは1万回チャレンジをするために入っているだけなので、適当なゴブリン討伐みたいな依頼しか請けていなかった。その辺もレッコに任せきり。
「本当は依頼を達成した報酬で、鎧を揃えたりするんですけどね」
「ダンジョンから取ってきた物をどうやったら売りさばけるかというか、商店のお金がなくなるまで売り続けるなんてことしないか」
「上位になると、欲しい鎧は素材を採ってきて作るしかないですから、鍛冶スキルを鍛えてもよかったんですよ」
「ああ、それもやりたかったなぁ。結局、楔ばっかり作ってただけだ」
「これからできるかもしれませんよ」
「そうだよな」
ミッションを達成して、クリアしたつもりになっていたが、そんなことはない。
大きなドラゴンを倒し、巨大な熊を落とし穴に埋め、毒ガエルを葬った。
気づけば、95階層。空中浮かぶ庭園で堕天使の群れとも戦った。
「気になっていることがあるんだけど、聞いてもらってもいい?」
「どうぞ」
「世界中の景色やファンタジーの遺跡なんかが階層ごとのテーマになっているよね?」
「そうですね」
「だとしたら足りない景色があるんだよな」
「ああ、やっぱり……。考察班のブログでも言われてますよ。それ」
「そうなんだ」
「え? 足りない景色って何ですか?」
「砂漠だよ」
俺がそう言うと、カチワリくんも「なるほど、確かに」と納得していた。
「実際には岩石砂漠というのは出て来ているので、ないわけではないとも言われてるんですけど、クサカさんが言っているのは砂丘とかがある砂の砂漠のことですよね?」
「そう。再現するのが難しいとは思えないんだけど。ほとんど建物を作る必要もないだろう?」
「砂漠を再現すると、本当に迷っちゃう人が出てくるとか、モンスターが出てくる隙がなくなるとかいろいろと言われてましたね」
「公式は何も言ってないの?」
「はい。謎のままです」
おかしい。プレイヤーに対して、不親切と思われるような偏屈なゲームを作る彼だが、本当に楽しんでいるプレイヤーには協力までしてくれた。邪魔をするはずがない。
「俺たちがイベントするって言った時は、告知までしてくれたのに、謎のままにしておくというのは、それがゲーム内容と関係しているからじゃない?」
「その通りだと思います」
「つまり……、砂漠と氷河期という設定が関係しているってことですか?」
カチワリくんも気がついたらしい。
「普通は逆だと思うよね。砂漠化すると温暖化が進んじゃうって、当たり前のように習ってきたけど……」
「違うんですか!?」
「サハラ砂漠をすべて緑化できたら、太陽光を反射しなくなるから気温が上昇するって聞いたことがあるな。あと、アマゾンのジャングルがやせ細るとか」
「バランスが崩れちゃうんですよね。2030年から寒冷期に入るって説も一時期流行りましたし……」
「なんで、二人ともそんなことを知ってるんですか?」
カチワリくんが、巨大なワニを倒しながら聞いてきた。
「私は、このゲーム関連を調べていたら出てきたのよ」
「俺は無駄とも思える知識をお金に換える仕事をしてきたからかな」
そんな会話をしながら、99階層のボスを突破。ひたすら回復薬を飲みながら、溶解液をかけて徐々にワニ肉を切り取っていく、不思議なボス戦だった。
100階層は大きなコロシアムがひとつあるだけ。ここで魔王と戦うらしいが、その前に魔王に『母の弁当』を渡しておく。
「なんだ? これは!? 戦いの前に毒でも盛るつもりか!?」
「いや、違うよ。君の母さんから届けてくれって言われたんだ」
「母さん……!?」
堕天使のような羽とドラゴンのような爪、真っ赤に充血した目、額から伸びる角など控室では魔王らしい姿だったが、闘技場に出ると、普通の冒険者の恰好で現れた。
「悪魔に魂を売ったと思ったのだが、ダンジョンに引き戻されてしまった」
戦いを開始する銅鑼の音が鳴っているというのに、魔王は一向に攻撃を仕掛けてこない。
「じゃあ、町に帰る?」
「そうだな。しばらく母の顔を見ていなかった。病気は治ったのだろうか?」
「治って、今は冒険者ギルドで働いているよ」
「あなたが死ぬと、ギルド長に復讐してしまうわ」
レッコが未来を語る。
「母を人殺しにするわけにはいかんな」
「一緒に帰ろう」
「そうだな」
魔王は、闘技場の真ん中にダンジョンの出口を召喚。俺たちは、冒険者に戻った魔王と一緒に町へと戻った。
魔王と母親の再会を見て、この日はログアウト。101階層は次に持ち越しだ。