巨人の形見
48階層の崖のルートをすべて登りきるまでに8日間かかった。
2人の視聴者は離れていったが、後半には戻ってきていた。もちろんずっと見続けてくれている視聴者はいて、俺たちのどうでもいい会話も聞かれている。
「普通に田舎で草刈りしているだけのおっさんだからね。収穫の時はちょっと手伝うけど。別に何ができるってわけでもないのに、また商店街でなにかを企画しろって言われてもどうしようもないでしょ」
なぜか俺に対して、地方民から田舎の寂れた商店街で、何かを企画しろというメッセージが多いらしい。
「就職どうしたらいいですかね? 裏技ってないですか?」
カチワリくんの悩みも最高潮に達し始めた。どこからも内定がもらえてないらしい。
「コネ入社しかない」
「コネなんてないですよ」
「あとは公務員試験とか、大学院に行くとかかな。それから、東京じゃなくていいなら、結構あるよ」
「そうですかねぇ」
「やりたいことないの?」
レッコが聞いていた。
「そういうレッコさんは決まってないんですか?」
「クサカさーん! 大学生がいじめてきます」
「横暴な大学生はいるから」
「すみません! 横暴にならないんで仕事ください」
「仕事かぁ。友達に斡旋してもらったり、応募したりしていたなぁ。結局、つながりで仕事貰うと、やらないといけない責任が出てくるからやるんだよな」
「私、友だちもいない社会不適合者なんで、サードドア教えてください」
「俺も十分社会不適合だし、レッコに関しては、もう会社を作るのが一番いいよ」
「なんで、そんな面倒くさいことを」
「仕事はだいたい面倒だ! このゲームで1万回チャレンジを何回もできたんならできるんじゃないか。あとは、金払いのよさそうな業界に行くといい」
「つまり、どこですか?」
「政府系だろうね。税金取り過ぎて、膨れ上がっているから、補助金出ているところに行けばいいんだよ」
「じゃあ、地方じゃないですか」
「そうだね。でも、地方の商店街にはお金はないでしょ」
「ああ、会社を作るってそう言うことかぁ」
ようやくレッコが理解していた。後日、俺の同級生の会社にレッコが修行しに行くことになった。
「あ、終わった。……特に何もないですね。『クライミング』スキルがマックスになったくらいで」
崖の上に3人立ち、崖の下を覗く。何度も繰り返し登っていたので、怖さは慣れてしまった。命綱を外す。鉄の楔のことをハーケンということも、小さな金槌で打ち込むことも登っている間に覚えた。
腰に巻いたベルトに、命綱やハーケンと一緒に小さな金槌を入れておくと取り出しやすいことも全員やり始めていた。
「下りてみるか」
洞窟の階段を下りて、崖を下から見ると、あらゆるところにルートが見えてくる。ルートを開拓した甲斐がある。
「あ、『フリークライマー』のスキルが出ました。グラウンドアップ?」
早速使ってみると、これまで登ったルートが青白く光って見えた。ルートを開拓することをグラウンドアップというそうだ。
カチワリくんが崖の岩に手をかけてみると、創設者の絵に描かれた「魔法使い」そっくりだった。
「このスキルが出た人っていないのかな?」
「いないんじゃないですか? そもそもモンスターを倒してレベル上げるゲームなのに、ひたすらクライミングをしているパーティーなんか私たちくらいですよ」
「そうか」
「72階層にも氷の崖があるんですけど、そっちも行っておきます?」
「さすがにそろそろレベルを上げた方がいいんじゃない?」
10階層からほとんどレベルは上がっていない。
「薬と食事でドーピングができるので、そこまで強くなる必要もないと思うんですけど……」
「50階層のボスがマンティコアという合成獣なんですけど、1日に何体も出てくるんでレベル上げにはちょうどいいんですよ」
その日は、そのまま50階層のボスを倒し続けて終了。上位勢のランキングに入ったのもこの時からだった。
数日、俺は草刈りに出かけ、レッコは職業訓練に入り、カチワリくんは授業とバイトをして、なかなか3人で集まれる機会が少なかった。それでも、暇なときにレベルを上げたり、装備を揃えたりしながら、連絡だけは取り合っていた。
10月に入り、ようやく72階層の氷の崖に挑む。
イエティや氷のドラゴンなどに襲われるものの、寒冷無効で、崖の上での戦いにも慣れていたので、それほど苦もなく踏破出来た。ルートもスキルを使ってしっかり見えていた。
ボスの氷のゴーレムもしっかりつるはしで小さくしてから刀で切って倒し、概ねミッションで取るはずのスキルをすべて獲得した。
「いよいよ、やりますか」
「このゲームはダンジョンと一緒にミッションがあるからな」
「ダンジョン・ウィズ・ア・ミッションですもんね」
ダンジョンの外に出て、食料と寝袋などをアイテム袋に入れ、腰に一本、刀を差した。
命綱とハーケンを腰袋に入れ、薬を各種小さな小瓶に入れて携帯。小さな金槌を持って、ボロ小屋の前に並んだ。
「そもそもダンジョンは何のためにあるのか、ミッションは何なのか。この偏屈なゲームを先に進めよう」
俺たちは氷を切り出していた氷柱に手をかけた。
スキルを使えば、ルートが見えてくる。このポットボトムという町から抜け出せる道が存在しているわけだ。
「魔法使いが空飛ぶ箒で飛んでも風に煽られて墜落します」
「クライミングで登っても、どうやってもいけない箇所が出てくるそうです」
「そもそも寒冷の耐性が付いていないこともあるだろうし、スタミナがなくなることもあるだろうな」
「食料も料理スキルを上げないと足りなくなるんですかね?」
「おっ、70階層以降に出てくる氷の亡霊ですよ」
ザンッ!
カチワリくんが難なくモンスターを刀で切っていた。
「町の人たちも一度は夢見たことなのかもね」
先人たちが付けた楔の跡を見つけた。
空が暗くなり夜が来れば、足場を作って凍った壁に背を預けて、ひたすら亡霊退治。小さな鍋を持ってきていたので、レッコが体が温まる辛いスープを作ってくれた。
風が吹いても、氷の塊が落ちてきても、自然と体が動いた。登り始めてから、視聴者が続々とやってきているらしい。
「できっこない! らしいです」
「それはもう誰かがやっているそうです」
レッコもカチワリくんも半笑いだ。
「過去に失敗した動画は全部共有しているよ。あんまり失敗した動画って少ないんだよな。俺たち3人で見尽くせるくらいだから」
「崖をこれだけ登った人がそもそもいませんからね」
「モンスターに気を取られて、スキルの獲得条件を確認してないとわからないですよ」
空が明るくなれば、再び登り始める。
正直、俺たち3人は登れないはずがないと思っている。
むしろ、これこそが『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』の王道だ。現実でも技術を持ったら外に向かうのが当然だろう。一時期、日本のエンジニアが海外に大量に流出したが、正当に評価してくれる場所に向かうというのは、どこの世界でも同じだろう。
ダンジョンは外に行くためのスキルを身につける場所で、スキルを習得するのがミッションそのものだった。
冒険者ギルドの創設者の絵に隠されていた意味は「スキルを取得すること」というミッションだ。つまり「剣術」「クライミング」「錬金術」「荷運び」のスキルを取得して、外に出ること。
ポットボトムの町やダンジョンをいくら探しても、100階層の先に行けるはずがない。
なぜなら鍵となるアイテムは町の外にあるから。
俺たちは、氷柱を越え、川のローブが真っ白になるほど凍てつく寒さのなか、崖を登りきった。
「バグが発生しないですね?」
「特にいけないということもなさそうです」
目の前には凍った森があり、雪に埋もれた木々があった。
雪を払って樹木を見ると、今まで町にもダンジョンにもなかった封印木という種類の木だった。
「これ、本当に絶滅した木です」
検索したレッコが教えてくれる。
ウォオオン!
狼の遠吠えのような声が聞こえる。モンスターが普通にいるようだ。
白い森を進むと、大きな人の足が転がっていた。脚の大きさはだいたい俺たちの身長と同じくらい。
「おおっ! 巨人ですね。巨人の形見があれば取りましょう。101階層を開けるキーアイテムです」
「いくらサイクロプスを倒しても、ないはずだわ」
俺たちは周辺を探り、雪の中から鞄を見つけた。狼対策で、そこら中に落とし穴をしかけたから、探しやすかった。
鞄の中には、ミスリルとかオリハルコンなどのダンジョンでも採取できる鉱石や凍った食べ物なんかもあったが、いずれも手に入るものばかり。
大きな火打石もあり、氷河期に巨人が生活していたことがよくわかった。
「形見はこれですかね?」
「ああ、それじゃないか」
袋に入った長いビーズのネックレスが入っていた。もしかしたら、俺たちと同じくらいの人間とも交流があったのか。凍ってしまった巨人の顔は白く、半分は雪に埋まっている。
「スタミナが減ってます!」
「うっそ! まだ食事の効果はあるはずなのに!」
いつの間にか猛吹雪になっていて周囲は真っ白になっていた。寒冷無効のスキルはダンジョンの外では意味がないのか。
「なんとかビバークできないか?」
「時間がありません!」
「スタミナが減る速度の方が速いです!」
方向感覚もわからなくなり、デッドエンドかと思ったが、俺は昔の映画を思い出した。
「巨人の死体に穴を空けられるかな?」
カツーンと小さなつるはしで巨人の死体を叩いてみた。
仲は空っぽなのか、甲高い音が聞こえる。ただ、つるはしで叩いても、少しも削れなかった。
「一太刀で氷を切れるスキルならありますよ」
カチワリくんが刀を抜いた。
ズバンッ!
巨人が着ていた服ごと凍った肉が、ごろりと雪原に転がった。
予想通り、内臓は空っぽで、4人ほどは入れるスペースがある。俺たちは迷わず入って、胸骨の天井に穴を空け、焚火で暖を取ることにした。
「よくこんなことを思いつきますね」
「昔見た映画で、寒さのあまり馬の死骸の中に入って体を温めるシーンを思い出したんだ。絶体絶命じゃないとこんなことやらないよな」
徐々にスタミナは回復し、吹雪が止むのを根気よく待った。焚火ができるので、雪さえあればスープが作れる。猛吹雪が何日も続くかと思ったが、一杯ホットドリンクを飲んでいる間に、吹雪は止んだ。
帰りは、元来た道を戻り、命綱を引っかけて崖を降りていくだけ。それほど時間はかからなかった。
3人がポットボトムの町に下り、ボロ小屋の前まで辿り着いた。
目の前には「第一章『偽りの伝説』完了」の文字が浮かび上がる。
すぐに「第二章『未知への挑戦』」という文字が浮かび上がった。
俺たちはボロ小屋の中のアイテムボックスに巨人の形見を置いて、ログアウト。
崖の上まで登ったアーカイブは一気に広まっていった。