そこにあるのは壁か、それとも崖か
イベントが終わって、数日。地元の新聞に取り上げられたものの、それほど大きくファンが広がるということもなく、粛々と配信を続けていた。
商店街の祭りの売上も上々で、二人の配信での投げ銭で運営費も賄えてしまい、なんとなく食えて行けるかどうかのラインが見えてきた気がした。
「投げ銭があるからどうにかなっているだけで、まだまだ再生回数では食べれないんですよね」
「確かに、配信者ってすごい不安定な職業ですよ」
「スポンサーがいれば、変わってくるんだけど……」
スポンサーがつくということはノルマが発生する。趣味でやれなくなってしまうと、途端に責任がのっかり、誰かとの競争に巻き込まれてしまう。義務感でやっているゲームを見せて人を楽しませるというのは、大変なことだろう。
「配信者の事務所に誘われたんですけど、どうしたらいいですかね?」
レッコは迷っているようだ。
「キャリアを考えたら、一度は行って見るのもいいんじゃない? ここで配信していても安定して生活を維持できるわけじゃないし。だったら案件のある事務所に所属するのはアリだと思う」
「俺も誘われたんですけど、Vの方で……」
Vtuberという職業は知っているし、会社が上場して上手くいっていることも理解できる。
「配信者としてどうなりたいのか、何をし続けていたいのかを考えて決めたらいいんじゃないの?」
「クサカさんは?」
「俺は普通にフリーのライターを続けていくよ。別に配信してないからなぁ……」
「イベンターとかはやるつもりはないんですか?」
「たまたま知り合いがいるってだけだからね」
「ああ、そうか」
レッコは納得してしまった。
「活躍の場を広げたいとかは……?」
「ないね。……まぁ、偏屈だと思うよな。別に世の中を拗ねた目で見ていたいとかそういうことじゃなくて、センスとか感覚とかを考えるとさ、それでお客さんが付いているのに、誰かの欲が混じると途端に陳腐になることがあるだろう。それが自分の人生なら、一気に面白くなくなるっていうか……」
ライターをやっていろんな人にインタビューをしていたから、人生の割と早い段階で会いたい人には会えてしまった。だからか、人に対する可能性よりも、どういう影響があるのかという方に目が向いてしまう。
そもそも常に誰かが見ているインターネットがなければ、こういう風には思っていないだろう。
迷う若者のこういうタイミングに出会うのは滅多にないから、納得した決断をしてほしい。
「時間かけて考えていいと思うよ。とりあえず、ダンジョンのミッションをやらないか」
「……やりますか。もう、階層毎に1万回チャレンジしなくていいんですよね?」
「どんどんボスは倒していっていいんですか?」
「倒せるなら倒そう。前に言っていたスキルを取るためだから、もうあと一つでしょ」
「そうですね」
冒険者ギルドで見た「剣士」「魔法使い」「錬金術師」「奴隷」の創設者の絵だが、俺たちは別の結論に達していた。
目的の階層まで素通りしていいと思っていたが、毛の生えたティラノサウルスや絶滅したフクロオオカミなどがモンスターとして登場して、しばらく観察してしまった。
「毛の生えたティラノサウルスとか、まだ説でしかないだろ? フクロオオカミはオーストラリアにいた動物だし、よく出来てるなぁ」
「そんなに面白いですかね?」
「ダンジョンにいるモンスターは、すでに想像上の生き物でしかないっていうことを言いたいのかもしれないよ。ドラゴンとか骸骨とかはそもそも想像上の生き物だしね」
「なるほど、そういうことか」
「制作者の意図を読み解くにもセンスが必要なんだよな。でも、このゲームはそんなことを考えなくてもいいように作ってある」
「確かに、そんなことを考えなくても普通に楽しめますよね」
「でも、一つ違う視点を持ちながら進めると、ミッションのヒントに気づける気がしない?」
「幻想と世界を繋ぐ技術ですか」
「その通り」
獣や植物、不死者、ドラゴン、ほとんどのモンスターに対応できるようになっていた俺たちは、観察しながらも1時間ほどで30階層まで到達していた。
「そんなにレベルは上がらないね」
「そりゃあそうですよ」
「10階層までの間に上がってますから」
ほとんど、モンスターの攻撃が来る前に倒してしまっている。
「これは王道からすれば、完全に間違った進め方なんだろうね」
「そうですね。10階層まで、私たちみたいに時間をかける人たちはいないでしょう」
レッコたちは、100階層までの間に、どんな地形があってどういうモンスターがいるのか知っている。70階層以降はモンスターが巨大化するらしい。
「そう。今日は、目的地まで行くだけだよ」
カチワリくんが視聴者と会話している。そんなカチワリくんの鞄の中には大量の楔が入っていた。俺の鞄にはロープが入っている。
目的の48階層に到着した。この階層だけ、洞窟の入り口から入った場所に石碑があり、有名なのだとか。
考察班はヨーロッパアルプスの最高峰「モンブラン」の標高4807メートルから48階層になっているんじゃないかと考えているらしい。ここまでこだわりが強い制作者ならない話ではない。
『どの道も正解で、何を手に入れるのか、頂まで登った時にわかることもあるだろう』
石碑に書かれている碑文だ。
「正攻法で行けば、洞窟の中から階段を駆け上っていく方法があります」
「裏技は、外から空飛ぶ箒とかジャンプ台を設置しながら行く方法もありますよ。もちろん、普通にクライミングする人たちもいますけど、途中で風が吹いたり、モンスターが襲いに来るので、タイミング見ながら進めないといけません。俺たちは……」
「うん、普通に頂上まで崖を登ろう」
そのために鉄鉱石を集めて楔を作り置きしていた。ロープもしっかりある。
「どこから登ります?」
「ああ、そうか。ルートがいくつかあるのか」
「どのルートも頂上には行きますよ」
「じゃあ、全部行く?」
「全部っすか」
「洞窟の階段で下りてくればいいでしょ」
「ああ、結局チャレンジかぁ! やりますよ、やりますけど!」
「クライミングのスキルは持ってるから、そんなに大変じゃないと思うけどなぁ」
「他の1万回チャレンジと違って、ルート別で難易度が変わるんですよ。集中しないと普通に落ちるし……」
レッコはクライミングが苦手のようだ。
「でも、これがミッションのうちだから」
「そうですよね」
俺たちは、このクライミングのスキルを極めることにした。
冒険者ギルド創設者の絵を思い出すと、はっきりと判別しないものが2人いる。「魔法使い」と「奴隷」だ。
そもそも職業として見ていることが「偽り」であって、絵はスキルを表している。「奴隷」に関しては「荷運び」スキルだと考えていて、「魔法使い」に関しては「クライミング」だと思っている。
「魔法使い」が、何かを握っているというのは疑問だ。「剣士」が剣を持っているなら、魔法使いなら杖でもいいのに。
ビョウッ!
俺たちが崖を登り始めて、すぐに突風が吹いてきて身体が飛ばされそうになる。崖に密着して、しばらく風が収まるのを待つ。その間にもどんどんスタミナが減っていく。
ただ、いろんな料理を持ってきているので、どれだけ減ってもすぐに回復できる。
崖にできた窪みなどで休憩。木の板と楔で簡単な足場を作り、魔法耐性が付くお茶を飲む。ここから先に出るモンスターが魔法で攻撃してくるらしい。
ボフッ!
コカトリスという鶏と蛇のモンスターが火を吐き出してきて、あっさり足場がなくなった。
楔にロープを結んで、命綱にしていたから助かったが、落ちていれば即死だった。
「危ね」
「あ、こっちに来ます!」
「任せた」
ザンッ!
爪で引っ掻きに来たところをカチワリくんが刀で3つに切っていた。
「これ、片手剣じゃないと対応できないんじゃないですか?」
「そうだよね。あの創設者の絵も片手剣だったよね」
「両手を使わずに攻撃できる手段ってことだったのかな」
鎌では無理だった。
「最低限の攻撃力か……、それとも何か他の理由があるのか……」
次々にコカトリスや飛竜などが襲い掛かってきたが、魔法耐性の薬と刀でどうにか対応できている。崖を登ってくるビッグフットと呼ばれるモンスターもいたが、あっさり撃破。垂直の壁を登り、後半はネズミ返しのようになった岩を掴みながら、楔を打ちながら登り切った。
実際にやったら全身が筋肉痛だろう。ゲームとしてやっているのに、汗だくだ。
ボスの竜巻を巻き起こす蛇型の龍が待ち構えていたが、俺たちはボスを無視して洞窟の階段を下りた。
「これは、結構時間がかかるんじゃないですかね?」
「かかるだろうな」
1回上りきるのに40分くらいはかかっていた。全ルートを登るとなると、1週間くらいやらないといけないかもしれない。
「でも、スタミナを見ながらやっていけばいいことがわかったので、ちょくちょく足場で休憩を挟みながらやっていきましょう」
「カチワリくんの授業に合わせてスケジュールを組んでいこうね」
「自分は水曜日と木曜日以外は大丈夫ですよ。ゼミの発表さえしていればいいので。投げ銭でどうにか食べてるので、バイトもちょっと休みです」
「野菜とお米が欲しかったら言ってね。草刈りしてるところの爺さんたちが、送ってくれるから」
「いいなぁ……」
レッコは休職中はあまり外に出ず、近所の人とも関わっていないらしい。
俺たちは、そんな風にコツコツとダンジョンのミッションをクリアしていった。