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10階層を突破


 竜田揚げ香る会場の中で、俺たちは『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』の世界にどっぷりと浸かっていた。


「突然リアルに戻らないでくださいよ!」

 レッコは怒りながら、ドラゴンゾンビに回復薬を投げつけ骨だけにしている。


「違うんだ。強制的に戻されたんだよ。後で酸っぱい唐揚げを食べるといい」

「どうします? 腐肉は取っておきますか?」

 カチワリくんはマイペースだ。


「頼む。熟成肉があるかもしれない」

「そんなわけ……。ある! ありました!」


 300分の1くらいの確率で、腐肉ではなく熟成肉が採れるらしい。


「とりあえず、一人一つ熟成肉が採れるまで、狩っていくか」

「了解です」

「うわっ! 冒険者が腐ってますよ!」

 冒険者の死体が落ちていた。死体を漁ると、なかなかいい鋼鉄の剣や防具などがあったので回収しておく。死んだら他のプレイヤーにアイテムを持って行かれるのは、ゲームの世界の不文律だろう。仲間が回収していないのだから、捨ててあるともいえる。


「腐敗毒にやられたんだね。これ薬です。通常の毒とは違うので、毒無効は効かないかもしれないんで」


 レッコから薬を受け取り、ドラゴンゾンビをひたすら狩る。地面から炎を噴き出す罠を仕掛け、煙状の回復薬をまき散らせば、動きに制限がかかり、自然とドラゴンゾンビが集まる場所ができてしまう。


 運がいいのか、ものの数分で熟成肉を獲得し、次の部屋へと向かった。


 その間に、『熟成肉なんてないぞ』という運営スタッフからのコメントが入ってきた。


「求めてないから大丈夫。やっている間は食べないからね。休憩中に食べるから」


 そう言ったが、『3人への差し入れが溜まっている』という。お客さんに食べてもらうのが一番だけど、「投げ銭」という文化がある配信ゲームの世界ではこれが普通なのかもしれない。


 ひとまず、スタッフは無視して10階層の攻略を進める。イベントの観客だけでなく、配信を見ている視聴者もいる。自分が楽しまないで、人を楽しませられるほど器用な性格はしていない。


 俺ができるのは、目の前にある状況を楽しむことだ。


 ボンッ!


 余計なことを考えていたら、次の部屋に入った瞬間、爆発が起こった。


「気をつけて! 部屋中の卵が孵ります!」


 レッコの言葉で周囲を見回すと、大きな緩い谷底でドラゴンの真っ赤な卵が窪みや横穴に落ちていた。


 パキパキパキ……。


 卵が割れる音がそこら中から聞こえてきた。無数の卵からドラゴンの赤ん坊が孵る。


 ギョエエエエエエ!!!

 

 谷にドラゴンの甲高い鳴き声が響き渡った。耳に手を当てないと、平衡感覚が狂ってしまう。


 カチワリくんが前に出て、指で3秒後に目を閉じろとジェスチャーで伝えてくる。ボイスチャットでもいいのに、こういうプレイを本気で楽しむ姿勢は見習わないといけない。


 きっちり3秒後に俺は目を閉じた。数秒後に目を開けると、卵から孵ったばかりの子ドラゴンが目を回して、炎のブレスを吐き出している。


「閃光弾です。子ドラゴンたちが目を回しているうちに狩っちゃいましょう!」


 小型犬ほどの子ドラゴンを俺は、鎌で一気に狩っていった。鳴き声がなければ、それほど難しい部屋でもない。

 レッコは部屋の真ん中で料理を始めてしまい、若ドラゴンの唐揚げを作っていた。

 『若鳥の竜田揚げが販売中』という文字が、レッコの背中に吹き出しとして映し出されている。こういう宣伝もあるか。


 若ドラゴンの唐揚げによって、俺たちの体力が全回復。谷にいる子ドラゴンもすべて狩ってしまった。ダンジョンの部屋だというのに、気づけば谷には雨が降り出していた。


 ドラゴンの殻が流され、谷底が川になっていく。その川の流れに沿って進めば、通路があり次の部屋へ。


 通路の先には地底湖が広がっていた。桟橋に筏が括りつけられている。これで進むらしい。


「泳いではいけないのかな?」

「入ってみるとわかりますよ」


 ドブンッ!


 迷わず入った。

 数秒も経たないうちに、青白く光る大きな魚影が見えてきた。


 慌てて桟橋によじ登った。


 ザッパーン!


 地底湖を泳ぐ、水ドラゴンが今俺が入った場所で跳ねた。身の丈は3メートルほどあるだろうか。水の中に引きずり込まれたら死ぬ。


 跳ねた水ドラゴンのえらを狙って、鎌を振るうとあっさり筏の上に転がった。


「その裏技は知られてないですね」

 カチワリくんが、水ドラゴンの頭を刎ねた。

「普通はどうやって倒すの?」

「音爆弾で気絶させるんですよ。そうすると水面に浮かんでくるんで……」

「でも、音爆弾を使うとしばらく出現率が悪くなるんで、鎌で引きずりおろした方がいいかも……」


 倒すと魚竜肉というアイテムが手に入る。スタミナが回復する、魚竜肉の饅頭を作れるらしい。当然のように、筏の上には焚火が置かれ、余っている若ドラゴンの唐揚げが餌として使われた。


 餌に寄ってきた水ドラゴンが跳ねたところを鎌で引きずりおろして、カチワリくんが捌く。あとはレッコに渡せば、いつの間にか「魚竜肉の饅頭」が出来上がっていた。


 そして、なぜか用意していたのかスタッフから『あんこうの竜田揚げ、数量限定販売』というメッセージが送られてくる。あんこうまで用意してくれていたのか。


 ゆっくりとカチワリくんが筏を進めてくれたお陰で、大量の「魚竜肉の饅頭」が手に入り、スタミナは、ほとんど減らなくなった。


 曲がりくねった地底湖の先にはしっかり通路が用意されていて、先へと進めた。長く続く階段を上り、外に出ると、「飛竜の巣」という場所に出た。

 文字通り空を飛ぶドラゴンの群れが現れた。尻尾の毒で攻撃をしてくるらしいが、この毒は俺たちには効かない。


「どうします? 正攻法でやるなら、飛び掛かってきたところを攻撃するのがいいと思いますけど」

「裏技はあるの?」

「閃光弾で目を潰して落ちてきたところを倒す感じですかね」

 

 どうせなら誰もやってないことをやろう。

「これって、いくらでも出てくる?」

「おそらく、倒しても倒しても出てくるとは思いますけど……」

「じゃあ、落とし穴に落とそうか」

「飛竜ですよ」

「だから、誰もやってないだろ?」


 俺がそう言うと、二人ともニヤリと笑った。


「これですよ! わかりますか!? 皆さん!」

「これがクサカさんです!」


 二人が視聴者たちに説明している間に、俺は揃えて欲しい物を二人にメッセージとして送っておく。


「ああ、そう言うことですか。了解です」

「10階層の拠点にありましたよね?」

「じゃあ、とりあえず、そう言うことで……」

「了解です」

「今回はイベントだから、竜を狩る量が少ないと思ってたら、これだもんなぁ。でも、やるんですけどね!」


 レッコとカチワリくんは、とっとと必要なアイテムを取りに戻った。

 俺は、竜の巣と呼ばれるエリア全体に落とし穴を仕掛けていく。

 これまで邪魔をしていた冒険者たちが解除しようとして普通に嵌っていた。二重トラップというのは冒険者でもかかるらしい。とりあえず、身ぐるみを剥いで放り投げておく。


 飛んでいるドラゴンは上手く空中で掴んで冒険者の死体を食べていた。


「ここから、ほぼ作業になるんでトイレに行きたい人は行っておいてください」


 俺も飲み物を飲み、あんこうの竜田揚げを口に放り込まれながら作業を続けた。普通の落とし穴なら、見なくても仕掛けられる。ゲーム内スキルと一緒に、コントローラー捌きも上手くなっていた。


 30分ほど経った頃、ようやく半分ほど終わった。レッコとカチワリくんが戻ってきて、焚火の上に鍋を置き始める。


「通路だけ残しておいてくれますか?」

「わかった」


 何をするのかわかっているレッコの指示を受けて、残りの半分も終わらせてしまう。真ん中に通路だけ開けておいて、ほぼすべての地面に落とし穴を仕掛け終わると、レッコたちが鍋に唐辛子を入れ始めた。カチワリくんもジョロキアを入れている。


 3人ともゴーグルをつけて、マスクを付けていた。鍋から赤い煙が立ち上り、飛んでいるドラゴンたちがむせ始めた。通路一杯に鍋が置かれ、赤い煙が一体に充満したところで、ドラゴンたちが地面に落ちてきた。


 ギャアアオオオ!


 落とし穴に嵌るドラゴンの叫び声を聞きながら、俺たちは赤い煙の中を落下するドラゴンの群れの画像を保存した。


 落下したドラゴンが死ねば、新しいドラゴンが飛んでくる。俺は埋まった落とし穴から飛竜の羽と毒棘というアイテムを回収し、再び落とし穴を仕掛けていく。なかなか死なないドラゴンはレッコとカチワリくんが剣で逆鱗を突き刺し仕留めていく。罠に嵌ったドラゴンの鱗を狙うのは簡単だった。


 そこら中からドラゴンの断末魔が聞こえ、しばらく狩り続けた結果。3人とも『竜殺し』というスキルを手に入れていた。ドラゴンキラーではないらしい。


 かなり珍しいスキルらしく、後半の階層でしか見たことがないと視聴者から言われた。


「スキルも取ったので、行きますか。ボス部屋に」

「よし、行きましょう!」

「ようやくですね!」


 ボス部屋は「飛竜の巣」の先にあった。


 二頭の大きな飛ぶドラゴンがボスだったが、『竜殺し』である俺たちの敵じゃない。

 落ちていく床の罠も作動する暇もなかった。


 ザザンッ!


 レッコが投げたジョロキアスープが目に入り、視覚を失ったドラゴンたちは、俺とカチワリくんの刀で真っ二つにされた。


 ドラゴンの死体は割れたまま、落ちていく床と共にダンジョンの床に吸い込まれていく。

 

 俺たちは10階層を突破。

町まで戻って、町の人たちにドラゴン肉の料理を振舞い、冒険者ギルドや広場の噴水に、持ち帰り無料という札を書いたドラゴンの素材が入ったアイテムボックスを置いて、配信は終了した。


 俺たちがヘッドセットを取り外すと、観客たちから拍手が送られてきた。テーブルには差し入れの竜田揚げが盛られている。


 ボスを倒す盛り上がりに欠けただろうと思っていたが、そんなことはないらしい。


「グラウンド整備を見ている気分でした」

「プロの仕事ってこんな感じなんだろうなと思えます」

「スキルを取るのが目標と聞いていたので、3人が『竜殺し』を取った瞬間に脳汁が出ました」

 などの声が寄せられた。もちろん、「何が面白いのかわからんが、成長する時というのは人知れずこういう感じだと思えた」など定食屋の親父さんからの意見もある。


 多様性とは本来こういうことだろう。


 イベントが終わり、会場を後にする観客たちを見送った後、軽い打ち上げをした。


「時間足りるかな、って思ってたんですけど、さすがですね」

「いや、ジョロキアスープを作りながら考えてたんですけど、一番私たちらしかったですよ」

「これで、もう心置きなくミッションクリアまでいけるね」


 10階層をクリアしたら、ダンジョンのミッションをクリアすることにしていた。

 スキルも必要なスキル以外は取らずに進む。


「たぶん、70階層くらいでいけます」

「魔王を解放してあげましょう」

「そうだな」


 冷えたビールを飲みながら、明日からのスケジュールを決めた。

 

「おーい! 掃除するよー!」

 運営スタッフたちはすでに掃除を始めている。


「やりまーす!」


 結局終電間近まで、レッコとカチワリくんと一緒に掃除をして、イベントは終わった。

 俺たちだけが楽しんでいたように思っていたが、意外にもコメント欄は荒れていなかった。


 ここからは視聴者と一緒にクリアを目指すというよりも、制作者との対話になる。


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