当日は満員御礼
イベント当日。
13時に開始なので11時集合にしようとしたが、レッコもカチワリくんも10時には会場にいて、準備をしている。
PC等は前日に搬入してあるし、アカウントだけあればいいだけ。2人は手ぶらでもよかったが、ヘッドセットやコントローラーは自分の使っているものがいいらしい。
「クサカさんはいいんですか?」
「いいよ」
俺の場合は割と何でもいい。
「プレイヤーたちが喧嘩してますよ」
ネットがちゃんと繋がるか確認していたカチワリくんが笑っていた。
「え? なんで?」
「こちらのイベントを潰したい勢力がいるみたいで、外国のプレイヤーたちが俺たちの代わりに怒ってくれてます」
「外国の人たちに『気にするな』って言っておいて。どうせ13時にリセットされるでしょ」
アメリカ時間に合わせているので、午前0時は日本時間で13時。どんなに頑張って邪魔してもダンジョン内は元に戻ってしまう。外国の人たちは、先日ツリーを見ていたプレイヤーたちらしい。直接、メッセージを送っておいた。
「商店街にお前たちの客が来てるぞ」
定食屋の親父さんが竜田揚げと麦茶を差し入れてくれた。
前日も、商店街の手伝いでお祭りの横断幕を張ったり、駅にポスターを貼らせてもらったり、何かと定食屋の親父さんと動いていた。2日間に渡り世話になっている。鶏肉は県内の物を使用して、祭りでアピールすることで安く仕入れることができたらしい。
他にもお花屋さんや雑貨屋さんも店先で竜田揚げを売ってくれている。商店街の人たちは、日頃寂れた映画館が邪魔でしょうがないらしいが、こういうイベントをするならいいのだとか。
入場料は1000円にしてあるが、商店街のレシートがあれば500円になる。無料にしようと思ったが、「変な奴が現れるからやめておけ」と言われた。ゲーム内に現れたということは大正解だったかもしれない。
現在時刻は11時半。外に出ると、10人くらい並んでいた。入場まで1時間はあるというのに。
「あれ? 目標達成しているな」
目標は10人~20人だったから、達成している。
「まだ、始まらないから、近所の喫茶店とかで涼んでいていいですよ」
一番前に並んでいた同世代の女性に言っておく。夏の終わりとはいえ、30度を超えている。
「お祭りだから混んでて入れないんですよ」
「駐車場もいっぱいだったよ」
後ろにいた同世代の人も言っていた。
「あ、もう並んでるんだ!」
大学の頃の同級生で、配信の運営を任せているスタッフが昼飯を食べて戻ってきた。
「チケット売って、整理番号を渡していこう。やっぱり前売りがあった方がよかったんだよ」
めんどくさがった俺の責任だ。
「皆さま、ビールとか買ってきた方がいいですよ。300円とかなんで、500円引きで安くなりますから!」
商店街のお祭りなので、店先でビールや焼きそば、フランクフルトに助六寿司まで持ち運びやすいものはだいたい売っている。アーケード通りにはいつもの日曜日より人が多い。
俺は「ごめんね」とスタッフに謝ってから、飯を食べに定食屋へ向かう。
とりあえず、定食屋で作り置きされている竜田揚げの定食を食べて、映画館に戻って仮眠。
12時半にお客さんが入ってきたところで起きると、レッコとカチワリくんが慌てていた。
「クサカさん。満員なんですけど……」
客席を覗いてみると、ほぼ満席だ。飲食も自由なので、お客さんたちは飲み食いしながら待っている。
「もう100人以上来ているみたいです」
「どこから来るんだよ」
「県外とかからも来ているみたいで」
「東京じゃなくて?」
「東京からっていう人も結構いるみたいです。大墓地とか雪山の画像がちょっとだけバズっちゃったんですよね」
「真夏は暑すぎてどこにも行けなかったっていう人たちが、来ているみたいです」
「じゃ、どんなゲームかわかってない人もいるんじゃない?」
「たぶん、何人かいると思います」
「じゃあ、説明しに行こう」
「え!?」
俺たちは3人、客入れの段階でステージに出た。わけがわからないまま、見ていても面白くないだろう。
「クサカさん、禿げてないの!?」
客席から声が飛んでくる。
「時間の問題で禿げるんで、安心してください」
「レッコは水着じゃないのか?」
男のお客さんだろう。セクハラなので、普通につまみ出してもいいはずだが、レッコがエプロンを取り出した。
「水着じゃないけど、これ着てやるから」
レッコは、とんでもない筋肉質の女性のビキニ姿がプリントされたエプロンを着てプレイするらしい。首から上はプリントされていないので、レッコがとんでもなく筋肉質に見える。
カチワリくんは、普通の冒険者風のコスプレをしていた。
「俺だけいつもの草刈りで着ている服じゃないか」
「ゲームの中でも同じですよ!」
「そうか。ま、そんな感じでどんな服を着ていても、この『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』は出来ます。で、このゲームは、実はまだ1章までしか到達したプレイヤーがいないゲームで……。あ、いらっしゃいませ。空いてる席に座ってだらだら見てくださいね」
入ってきたお客さんにも対応していく。全部配信しているので、邪魔しにきた人たちも晒されることになる。
「謎が解けてないので、なんでもやるしかないんですよ。だから、ダレて来ると思うんですけど、焼きそばとかたこ焼きとか買いに行ったりしながら見てください。半券だけ忘れないように」
その後、開始間近までお客さんがやってきて、商店街の人たちも映画館の受付回りで涼み始めるという不思議なイベントになった。大きなモニターを受付に置いて、配信を見せていた。
かなりハードルが上がっているが、いつも通りやるしかない。
俺たちは13時ぴったりにヘッドセットをつけてゲームの世界に潜る。これ以降は、観客がどうなっているのかは知らない。
外国のプレイヤーが数人、ゲームの中でも待機していた。
「ドラゴン退治の日だろう?」
髭面の大男が聞いてきた。
「そう。皆もどう?」
「邪魔がいるようだが大丈夫か」
心配してくれているらしい。もしかして、初めにアイテムボックスにプレゼントしてくれた人か。聞いてみると笑って、ダンスを踊っていた。当たりだったらしい。
「邪魔が入ってもいいよ。それより、バーベキューセットを用意しておいてくれないか。俺たちはドラゴンの肉を大量に取ってくる予定だから」
「いいだろう。配信を見て待っている」
俺たちはいろんな人に応援されている。そう考えると邪魔をしてきたり、足を引っ張ってくる人がいるというのは、心底どうでもいいことだ。彼らもそういう競争に嫌気がさしているが故の行動なのだろう。
「これ、耐火のポーションです。たぶん私たちが氷や毒のブレスにやられることはありません。耐暑もできているのですが、唯一、炎には弱いはずなので、持っておいてください」
「ありがとう」
相変わらず、レッコは用意がいい。
「一応、10階層へはワープ板がありますけど使います?」
「え? 行けたの?」
「到達した階層なら、10階層刻みでワープできるような仕組みになってますよ」
だから、あんまり冒険者を見なかったのか。
「ひとまず、ドラゴンの肉を持って帰るまでは、ワープを使わずにやっていこう」
「わかりました」
キツい方が見世物になるに決まっている。二人にもリアクションは大きめに、と言ってある。
ダンジョンに入り、1階層から順番に進んでいった。
特に罠が仕掛けられたりとか嫌がらせのような行為はなく、普通に進めた。罠は仕掛けられているが、2人とも俺の罠を踏み続けているので、罠抜けはお手の物だし、解除が面倒ということもない。
8階層の遺跡で、宝箱モンスターのミミックに眠り薬を入れた肉を与え、小脇に抱えて運び出す。
雪山では寒冷無効になっているので、そのままボス部屋まで行ってサイクロプスを、カチワリくんが一刀両断している。
10階層に入った瞬間に、俺は抱えていたミミックを放り投げる。
ズサズサズサッ!
無数の槍がミミックに刺さりまくっていた。センサー型の罠が仕掛けられていたらしい。センサーは結構高価で手に入り難いというのに、わざわざ仕掛けてくれたのか。
「なんて奴らなの!? 私たちの邪魔をするなんて!」
突然、レッコがアニメ声を出した。
「ゆ、許さないぞ!」
カチワリくんもノッている。
「そのノリを3時間もやるのはキツいぞ!」
「そうですね」
「失礼しました。今のところ、あんまり笑いがないので、物まねでもしようかと思っただけです」
10階層の初めの部屋には罠が大量に仕掛けられていた。
すべて踏み抜いて、全罠を食らっておく。体力が減りスタミナも減ったところで、小さなドラゴンが現れた。
ゴフゥ!
炎を吐きながら、俺たちに襲い掛かる。
耐火のポーションを飲んで、飛んでいるドラゴンを長い草刈り用の鎌で引きずりおろし、カチワリくんがいとも簡単に真っ二つに分断した。
「よし……」
「ああっ! 回復薬の入った袋が焼けました!」
「なんてこった!」
「じゃあ、これ以降、ドラゴン肉で回復するしかなくなったんじゃ……!?」
わざとらしいセリフだが、ようやく条件がそろった。
俺たちの体力はミリ残り。一撃でも食らうと死ぬ。そんな中、ドラゴンを討伐して料理し、回復しながら進む。俺たちにとっての王道の攻略が始まった。
「ここからが本番です」
焚火を設置して鍋を用意。各種スパイスになる実や片栗粉を用意し、レッコがエプロンを付けた。
俺は落ちている槍を拾って、踏んだら飛んでくる罠を仕掛け、カチワリくんは刀を研ぎ始める。
通路から毒を撒き散らす両生類のようなドラゴンが出てくるが、地面から飛び出した槍で足止め。カチワリくんが頭を切り落としていた。
「毒のドラゴンは食べられるんですか?」
「大丈夫よ。熱で毒は消えるでしょ」
レッコはそう言っていたが、ポイズンドラゴンの唐揚げはしっかり猛毒のゲテモノ料理になっていた。
「ドラゴンにも種類があるのか」
「料理にするにも組み合わせがあると思うんで、いろいろ試させてください」
「了解」
ポイズンドラゴンは肉をミンチにしてハンバーグにすると食べられるようだ。
「そろそろ先の部屋に行こうか」
洞窟の先へ向かうと、ドラゴンゾンビの群れが待ち構えていた。
ギャエエエエ!!
ゴベゴベゴベゴベ……。
肉が爛れて、地面に毒が広がっている。
「腐肉は食べられないでしょう!?」
「油で揚げたらどうにかなるんじゃないですか?」
「ならないだろう。いけないお肉が出てくるだけだ」
「食中毒にはならないんで食べられるんじゃないですか?」
「あ、運営さんからコメントです」
レッコが読み上げる。
「『レモンと梅肉をたっぷりかけた酸っぱい竜田揚げ販売中』だそうです」
スタッフがヘッドセットをちょっと上げて、酸っぱい竜田揚げを俺の口の中に詰め込んだ。
「すっぺー! でも、美味い。これはスタミナが回復しそうだ」
「危なーい!」
レッコの叫び声でヘッドセットを付け直すと、目の前にドラゴンゾンビが迫っている。
ザンッ!
『不死者キラー』が発動して、ドラゴンゾンビを木っ端みじんにしてしまった。
「ゲームでも現実でも対応しないといけないのか。これはいよいよヤバいな!」
観客が楽しんでくれているかは見れなかった。