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氷でツリーを


 9階層の雪山は普通にミッションを進めることにした。

 

「いいんですか?」

「後からどうせとるつもりだし、変に隠してもおかしくなるでしょ」

「じゃあ、何もしないんですか?」


 配信外なので、雪山の企画を練るのに付き合ってもらっている。


「それじゃあ、俺たちっぽくないか。真夏に少しでも涼しくなるようなことってない?」

「かき氷?」

「怪談?」

「氷でお化けでも作る?」

「いやぁ~、それは……」

「無難にクリスマスツリーでも作ろうか」

「それ無難な案ですか。結構大変ですよ!」

「私の骸骨って案よりは、視聴者に優しいんじゃないですかね」

 骸骨も悪くない。


「寒さが骨身に染みるクリスマスツリーにしようか。どのくらい造形の表現ができるんだろうな」

「武器とかは出来ますから、積み上げていく形になるんですかね」

「こんなのありますよ」


 レッコがネットから拾ってきた画像で、氷塊を積み重ねて、クリスマスツリー状にすることにした。


「だったら、中に光でも入れた方が幻想的なんじゃない?」

「ちょっと、商店街を見て回りますか」

「うん。そうだね」

「そろそろ、配信しまーす」

「はーい」


 俺たちの中で、徐々に阿吽の呼吸みたいなのが生まれ始めている。


「じゃ、始めまーす!」


 商店街からスタートだ。レッコが視聴者に説明している間に、カチワリくんとあまり熱の出ない光源を探す。

 光るコケやキノコなんかはあるが、氷の中でも光るのかわからない。


「氷の間に挟むってことですよね?」

「そうだね」


 氷塊を積み上げていく隙間に、強烈な光を入れればいい。


「電球は光が強いんですけど、暑くなっちゃうんで」

「LEDがあればねぇ。そこまで発達してないか……」

 ゲーム的な文明の利器を探すと、魔石を使ったランタンがあった。


「これでいいんじゃないか。色も赤とか緑にできるのかな?」

「これ救難用のライトじゃないですかね。使いましょう。熱はそれほどでないはずです」


 それから、氷を切る鋸だ。

 

「結局、一太刀で氷を切れるっていう技術は手に入らないのかな?」

「それ、なんですか?」

「一番初めのオープニングで流れなかった? 代々、氷を運ぶ仕事をしているとかって」

「オープニングってずっと飛ばしてたんですけど、なんかヒントがあったんですかね?」

「鋸と一緒に刀も買っておくか」

「鋸で削るよりは楽ですよね」


 鍛冶屋でよさそうな刀を買い、さらに防寒用の毛皮も一応買っておく。

 レッコは寒さ対策の料理を持ってきた。


「大量に作ってあるんで、持っていってください」


 もちろん食べたところで味はわからないが、自分のキャラクターが辛そうにしているリアクションをして、頭から湯気を出している。

 これなら寒さも耐えられるかもしれない。


「設計図の画像送っておきます」

 レッコがわざわざツリーの画像を送ってきた。準備が良すぎる。ほとんどマネージャーじゃないか。


「お、了解」

 大きさと形を決めておかないと崩れてしまうが、レッコのお陰でかなり大きいのが出来そうだ。しかも9階層のマップから、あまり冒険者も来ない場所を選んでいた。


「確かに俺たちが持てる氷の大きさってこれくらいですもんね。よく出来てる」

「あとはたぶん積み上げていけばいいですから」


 子どもの身長ほどもある氷を8段も重ねれば、天井も高くないと入らない。

 雪山でないと出来ない上に、ゲームじゃないとやれないし、誰もやらない。

 ものの数分でこれを作ってくる人が、どうして仕事をしていないのか、いよいよ謎だ。相変わらず、能力の高い女性社員の足を引っ張ろうとする男たちは多いのか。

 レッコが社長をやればいいのに。


「よし、行こう!」


 俺たちはダンジョンに潜った。

 


「うわっ、こんな普通の刀って切れ味よかったんですね」

 早々にカチワリくんが出てきたモンスター相手に、刀を使っていた。日頃、練習用の剣しか使っていなかったし、錆びた剣など切れ味を無視していたから、スパスパと切れる刀に驚いている。


「これ、氷もいけるんじゃないですか?」

「研ぎ石だけ途中で拾っておこう」

「そうですね」


 火山で研ぎ石を拾い、とっとと9階層へ向かう。

 食事の効果もあり、初めのうちは寒さで体力が減るということもない。むしろ発汗して身体中から湯気が出ていた。


「採掘ならぬ採氷は洞窟からでいいんですよね?」

「もちろん、運びやすいところからでいいわ」


 雪道を登り、出てくるモンスターを文字通り蹴散らしていく。

 ツリーの設置場所というか建設場所は、他の冒険者なら、わざわざ来ないような端の方。空には半分欠けた月が昇っている。こういうところで、ダンジョンは亜空間だということを説明しているのだろう。


 モンスターに邪魔されないように罠を設置してから、作業スタート。

 俺もレッコも氷を刀で切り出そうとしたが、そんなに簡単ではなく、結局鋸で切り出すことになったが、カチワリくんは剣術のスキルが多いからか、一太刀で切れていた。


「古の氷職人じゃないか」

「これ、早いですけど、運ぶ方が大変ですよ」

「だったら、役割分担する?」


 カチワリくんが氷を切り出し、レッコがツリーを建て、光源も設置することにして、俺が氷運ぶことにした。


 当然だけど、氷を背負っている俺の寒冷耐性が真っ先に上がる。辛い料理を食べ続けながら氷を運ぶ。料理は体力も回復するので、限界まで体力を落としてから食べないともったいないと思ってしまう。貧乏性すぎるか。


 ただ、そのお陰もあって、90分ほどで寒冷無効となった。


「かき氷を冷たく感じなくなったよ」

「それはそれで残念ですね」


 切り出す量も決まっているので、俺とカチワリくんは観客を連れて、ツリーの設置場所に向かう。

 この観客たちは暇な外国の冒険者で、いつも配信を見ているという人たちだ。


 9階層で何をやるのか楽しみにしているらしい。有名になると、いろんな人が来るから、ツリーを壊される可能性もある。ただ、誰も得しないし、そもそも壊そうにも大きすぎてそこら辺の火炎魔法でも完全に壊れないらしい。


 俺たちの配信を見ている視聴者ならわかるはずだが、やろうとしていることは必ずやり遂げてしまう。1万回チャレンジなんかやるプレイヤーたちが諦めるのは、1万回チャレンジしてからだ。


「連れてきちゃって大丈夫ですかね?」

 カチワリくんも不安そうだ。

「大丈夫じゃないか」

 いざとなれば、俺もカチワリくんもそれなりにスキルはある。

 そんな不安を他所に、冒険者たちはツリーの設置場所に来ると、椅子やベンチを用意して座り始めていた。花火を見る観客のようだ。


「君たちは、日本でイベントをやるんだろう?」

 英語で話しかけてきた。

「そうだよ」

「俺たちはアメリカとカナダだから行けないんだ。配信はやるのかい?」

「もちろんやるよ」


 レッコが自分のチャンネルを紹介していた。


「これはフリーかい?」

「もちろん無料だよ。俺たちは現地で唐揚げに似た『竜田揚げ』というのを売って利益にするつもりだ。よかったら君たちもポテトフライや日本のとんかつ、ステーキなんかを食べながら見てくれよな」

 翻訳機能を使いながら、たどたどしく紹介しておく。


「わかったぜ」

 外国の冒険者たちは親指を立てていたが、リアルではすでにビールを飲んでいるらしい。覚えているのかどうか。アーカイブを残しておけばいいか。

 日本の視聴者が来てくれるといいんだけど。


「作業を再開しますよ!」

 レッコに言われて、俺たちは、指示通りに氷塊を置いていく。荷運びのスキルを取っているからか、それほど不自由なく背負子に氷塊をのせて飛び跳ねることもできた。


 後はもうレッコの光のセンスに任せる。

 14面体の氷塊が積み上がっていくと、観客も勝手に盛り上がってくれる。時々、凍死しているので、ログインし直して戻ってくる人も現れた。余っている料理はどんどん食べて、周囲にも振る舞っていった。


 ひとまず針葉樹っぽい形になったところで、レッコが観客の方に行った。


「この中で光魔法のスキル持っている人いる?」

「俺、持ってるぞ」

 完全に酔っぱらった声の太った魔法使いが手を上げた。


「ベツレヘムの星を打ち上げてくれる?」

「ああ、これクリスマスツリーだったのか……、わかった」


 魔法使いが特大の光をツリーの上に放った。


「スニップ!」

 観客たちが一斉にスクリーンショットを撮る音が聞こえてくる。


「クリスマスに使って。クリスチャンがいたら謝っておいて」

 レッコがキリスト教にとっての祭事をバカにする目的ではないことを説明していた。今の世の中だと、どういう批判が飛んでくるかわからないからだろう。


「大丈夫だよ。そもそもゲルマンの冬至のお祭りで、古代から続く『永遠の象徴』だからさ」

「星を打ち上げたのは、逆にキリスト教に気を遣ってのことじゃないかってうちの視聴者から言われているぞ」

 そうか。観客も配信しているんだな。


「私たちはキリスト教信者じゃないけど、少なくともイスラム教のラマダンや仏教の花祭り、キリスト教のクリスマス、ラテンアメリカの『死者の日』、その他のお祭りにも敬意を持っていることが伝わると嬉しいわ」

 

 レッコの言葉で、観客たちは酒瓶を掲げた。

 俺たちが作ったツリーは、透明な氷によって中の光が乱反射し、幻想的な光景を作り出していた。レッコの空間演出の才能が爆発しているともいえる。ダンジョンに見惚れる景色を作れるというのは、誰にでもできるようなことではないと思う。

 普段、バカなことばかりしている連中が、こんな幻想的なことをしているからか、観客たちが一切動かなくなってしまった。


 暗い夜空をバックに、明るく光り輝くツリーが映える。


 身体を温める料理を観客全員に配り、俺たちはボスのもとへと向かった。



 ボス部屋の扉を開けると、サイクロプスが大きな棍棒を振り上げて、地面に叩きつけた。

 地面が大きく揺れて、少しの間、身動きが取れなくなる。


 その瞬間を狙って、サイクロプスがこちらへと跳びながら襲い掛かってきた。



 ザンッ!



 カチワリくんがサイクロプスの脳天から股間に向けて、きれいに真っすぐ斬っている。


「やっぱり、切れ味がいいですね。もうちょっと大きな刀を買ってもいいですかね?」

「いいよ。モンスターに関しては任せるから、好きにしなよ」


 いよいよカチワリくんが最強になってきていた。


「カチワリくんって、このゲームの中でもかなり強いんじゃないの?」

「たぶん、強いですよ。そのうちランキングに入ると思います」

 レッコが冒険者ギルドの掲示板の横にランキングがあり、冒険者が何階層まで行ったのかを示すランキングと、レベルやスキルを総合的に判断したランキングがあるらしい。

 そんなものがあるなんて知らなかったが、そもそもあまり冒険者ギルドに行かないので仕方ない。

 とにかく、そのレベルやスキルの総合ランキングで、俺たちのパーティーは異様な注目を集めているのだとか。


「イベントには10人、20人くらい来てくれると嬉しいんだけどな……。なにせ東京から1時間半はかかるから」

 視聴者の100人に1人でも来てくれたらいい。会場が埋まらなければ、商店街のお祭りに来た人たちを入ってもらおう。


「そんなに来たらいいですけどね」

「視聴者はいるんですけど……」


 そんな会話をしながら、とうとう10階層まで来た。


 今のところ、イベントではドラゴンの唐揚げを作る予定だ。

 イベント当日に変わる可能性もある。


「当日のプロジェクターとか、スイッチングとかも含めて、スタッフ回りはこの前一緒に掃除した人たちがやってくれるから、二人は安心してゲームに集中していいからね」

「ありがとうございます!」

「本当にありがたいです!」


 友人たちは元々大学の頃、演劇をしていた人たちで、今はイベント会社に勤めているから、普通に頼んだ。夏の間はめちゃくちゃ忙しいと言っていたが、合間を縫って来てくれる。

 資材はちょうど余る時期で、人もバイトを何人か連れてくると言っていた。


 経費はそれなりにかかるが、今本で稼いだ印税を使わないで、いつ使うんだという感じだ。

 このイベントが終われば、少しづつ仕事を入れていこう。


「それじゃ、当日、よろしくね! 寝坊しないように!」

「よろしくお願いしまーす! 疲れ様でしたー!」

「よろしくお願いします。お疲れさまでしたー!」


 

 その後、一週間ほどの間、俺たちはSNSを中心にイベントの宣伝をした。たくさん「いいね」が付いたりもするが、それほど期待はしていない。

 この時の俺たちは、夏がもうすぐ終わるのに、何もしていないと気づいた大人たちの行動力を舐めていたのかもしれない。

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[気になる点] 「夏がもうすぐ終わるのに、何もしていないと気づいた大人たち」 おおぅ(゜∀゜)
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