掃除のスキルを上げておく
日曜日、俺たちは古い映画館を掃除していた。炎天下だというのに、全ての窓を開けて、天井や壁も含めて一気に掃除する。取材でお世話になった自分でリフォームする不動産投資家さんや、学生時代からの友人たちまでなぜか来てくれた。
「映画館の内装なんて面白そうじゃん」
「遠いよ! ここどこ? 飯奢って」
「古いポスターとかあったら貰ってっていい?」
皆、なんか好きで来ているから日当はいいか。そう思ったが、封筒に入れたピン札をそれぞれの荷物に突っ込んでおいた。
レッコとカチワリくんにも紹介した。
「若い! なにしたら、そんな肌がてっかてかになるの?」
「就職決まってないなら、うちの会社枠開いてるから、いつでも来ていいよ」
「短期でいいならうちのリフォーム手伝う? 動画の配信もしてるから手伝ってくれたら、日雇いするよ」
「こらこら、スカウトするんじゃない。二人とも、ちゃんと条件聞いてから話聞かないと、激務押し付けられるぞ」
注意してから、作業開始。軍手に防塵用マスクをして、とりあえず片っ端からゴミを袋に詰めていった。
管理しているおじさんが、ゴミを運ぶトラックを映画館の前に回しておいてくれていた。
椅子はふかふかの椅子ではなく、灰皿の付いた木の椅子だったのがよかった。椅子を全部取り換えるとなったら、大変だ。
「この椅子いいなぁ! おじさん、一個ちょうだいよ!」
家具が好きで、愛煙家のリフォーム投資家はお願いしていたが、断られていた。結局自分で作るらしい。
レッコとカチワリくんは作業の様子も配信しているらしく、「暑いからと言って脱がないように」と中年のおっさんとおばちゃんに注意してくれた。
うだるような暑さの中でのトイレ掃除はいろんなものを消耗したが、作業後のビールを求めて一気にやってしまった。
1日で終わらないかと思った作業も、意外と進み、配電盤やネット回線などの配線関係は後日、やってもらうとのこと。
俺たちはゴミを運ぶトラックを見送り映画館の扉を閉めた。
夏の終わりには間に合いそうだ。
皆で映画館を紹介してくれた定食屋で飯を食べて、ビールを飲む。
「何人くらい来るんだ、そのイベントは?」
定食屋の親父も気になっているらしい。
「知らないっす。あんまり来ないと思うんで、商店街の人も来てくださいよ」
「ゲームだろ? オンラインはわからないからなぁ」
「ドラゴンをたくさん見れますよ」
「ああ、じゃあ、祭りで竜田揚げでも売るか!」
ドラゴンだから、竜田揚げらしい。
「私たちもそうします?」
レッコが聞いてきた。
「え? ああ、ドラゴンの肉を揚げるの? 料理かぁ、それ面白いな」
「ドラゴン肉ってゲームの中にしかないから、肉料理ならほとんどできますよ」
「ボスを倒した後に、プレイヤーや町の人に振る舞うって、そんな利他的なプレイヤーいないんじゃないですかね」
カチワリくんもやる気だ。
「そういう祭りがあってもいい」
3人で盛り上がっていたら、「あんまり悪い大人に騙されるなよ」と友人たちがレッコたちに言っていた。
「酷いんですよ、クサカさん。私たちの動画見たことあります?」
「毎回、激務なんです! 1万回ですよ! 1万回!」
そんなこと思ってたの?
レッコたちが自分のスマホで、動画を見せていた。
「昔からネジ飛んでるからね」
友人もひどい。
「それで視聴者が来るから仕方ないんですけど、やってる方は毎回ゲームなのに汗だくですから」
そんな風に、俺の黒歴史から最近の闇パワハラまで明かされたところで、その日はお開きとなった。レッコとカチワリくんを駅までタクシーで送り、帰宅。
やはり『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』を始めてからの生活が充実している。
翌日、『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』の8階層だ。
いろんな部屋にワープする遺跡だった。宝箱はモンスターになっていて、近づくと襲ってくる。他にモンスターがほとんどいないし、ワープするルートもネットで公開されているので、素通りしようと思えばできる。
「素通りじゃ、面白くないよな」
「でも、イベントまで時間がないですよ」
イベントはすでに告知されているので、どんどん配信で言っていくことにした。
「でも、だからってここの壁を掘りますか?」
カチワリくんも、このギミックの面白さを失うのは反対なのだろう。
「正直、この階層で、できることって少ないよな。ボスは?」
「この階層にはボスはいないんです。しいて言えば、ミミックたちがボスというか……」
「だったら、掃除する?」
「掃除ですか!?」
「うん。蔦が張っていたり、土埃が待ってるから、きれいにワックスかけられるくらいまで掃除しよう」
「ワックス!」
レッコが叫んで笑っていた。
「ワックスなんてないか」
「いえ、あります! 街灯は電気なんですけど、蝋燭もあるんですよ。だから、たぶん抽出できるはずです。ちょっと調べるんで、町で待っていてください」
「了解」
「お願いします!」
俺とカチワリくんは外で待つことにした。
ワックスがけの電動機械なんてないので、雑巾を棒の先に板を張り付けて作業することになる。
「ゴミ袋も必要ですよね?」
「そうだな。この前の映画館と同じようなグッズでいいんじゃないか?」
「確かに!」
箒や塵取りなど買い込む。
レッコが出てくると、大量に何かの実を採ってきていた。
「蜜蝋とかもあるんですけど、こっちの方が採りやすかったんで、こっちにします。煮て抽出していけばいいだけですから」
「了解」
「わかりました!」
ボロ小屋の前に、鍋を並べて、中に採ってきた小さな木の実を砕いていく。
ゴリゴリゴリゴリ。
いい音が鳴る。
それを別の鍋に移し、蒸気で蒸す。
白い煙が立ち上ってきて、水分が蒸発したら、絞っていき、適当な桶に入れて固めれば蝋になっていた。
3人とも錬金術のスキルは上がっているので、かなり上質なワックスができた。
「じゃ、あとは掃除しますか」
「やりますか! もう何のゲームかわからなくなってきましたが、これ8階層の地図です」
「ありがとうございます!」
8階層まで行く。
なぜかしなくてもいい防塵マスクまでして、軍手をしてから作業開始。
壁に這う蔦をはぎ取り、石畳の隙間から生える花をむしり取り、苔を削ぎ落して、掃除していく。
宝箱のモンスターであるミミックから出る涎も拭きとり、口を開けて雑巾で歯まで磨いてやった。不思議なのは、中の物を取ろうとしないとまるで敵意がないことだ。モンスターは動きを感知できているのだろうか。
どこかから出てきた小枝や石、欠けた剣の刃なども見つかった。すべての部屋に行き、箒で掃いた。時々冒険者が通りかかったが、誰も見向きもしない。気づいていなかったんじゃないか。そういうものだ。
ゴミはすべて麻のゴミ袋に入れて、7階層のマグマで焼却処分。
棒の先にある板に雑巾を張り付け、ワックスを温めて8階層へ向かう。
溶けたワックスを壁の端に撒いて、雑巾で伸ばしていった。もちろん前進したり、艶が出ないか何度もこするようなことはしない。昔、学校の教室でワックスがけをしていたが、今はどうなんだろう。きれいに塗れると気持ちがいい。
床全体がワックスでテカテカになったところで、次の部屋へ。部屋を移動しながらワックスをかけている間に乾くだろう。
「相変わらずくだらないことやってるなぁ」
通り過ぎる冒険者からお褒めの言葉を預かる。
8階層の遺跡にあるすべての部屋のワックスがけが終わったところで、確認していった。
「これ、滑れるんじゃないですか?」
「確かに」
「よし、この辺でやめよう。切りがない」
8階層を終わったのが早く、次の9階層の雪山を下見することに。
雪山は完全な防寒対策をしないと徐々に体力が奪われていく。幸い、氷を運びまくっていたお陰で、寒冷耐性はあるものの、しばらくじっとしていると体力は減っていく。
氷の塊をぶん投げてくる白いサルや毛深すぎる牛などのモンスターが多く、植物と言えるようなものはほとんどない。代わりに洞窟には鉱石がいくつもあるらしい。
ボスは氷魔法を使ってくる一つ目の巨人だそうだ。マンモスの頭蓋骨から過去の人が想像したサイクロプスというモンスターだ。
「どうします? 雪を溶かします?」
「雪のゴーレムを大量に作ってくれという声もあります」
「雪のゴーレムって?」
「雪だるまに採掘した魔石を嵌めこむと動かせるんですよ」
「へぇ~。どうしようかな」