偏屈なゲーム
大人になってこういうのも恥ずかしいのだが、人と争うのが苦手だ。
言い訳を考えると、いくらでも呟けるが、要約すると面倒の一言になる。
学生時代も競争しなかったし、就職しても出世競争からは早々に外れて、フリーになってしまった。
人生はほどほど幸せならそれでいいし、幾度となく考えても誰かを蹴落としたいとは思えない。
他人の欲求をトレースして、自分と向き合わないように、無理に楽をしようとしているかのようにさえ見えていた。
どうでもいい競争と誰かの欲望が入り混じる都会が嫌で、地方で都会と同じように仕事をしていたら当然、金だけは貯まる。
彼女もいなく、外では酒もほとんど飲まない。風俗に通うということもない。
傍から見れば、何が楽しくて生きてるんだかわからないな、と思っていた。
ライターというのは特別、人の役に立つような仕事でもないが、取材に行って働いている人を見ることになる。人手が足りない田舎の人たちはいつでも来てくれという。
そんなお言葉に甘えて、時々、地域の草刈りや果物の収穫を手伝わせてもらったりもする。土産に一人では食べきれないほどの野菜をくれた。食費が浮いて、感謝もされる。
これが、俺にとっては幸せなことだった。
人気になったり、お金を稼ぐことよりも、人と関わることの方が向いている。
そんな自分でも運のいい年というのはあるもので、今年は春先に書いた記事が当たり、そのまま出版され、収入が増えた。地方で古い一軒家を改装して不動産投資をしている人たちを取材していた記事を出版社の人がまとめてくれたのだ。
自分にできるだけの仕事しかしてこなかったので、溜まっていた仕事を片付ければ唐突に暇になってしまい、やることがなくなった。田舎での手伝いも、毎日行ったら迷惑だろう。
何か趣味でも見つけようとしたら、学生時代の友人がゲームを紹介してくれた。
多人数とオンラインで繋がることもできるVRRPG『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』。
隠しスキルが多く、ダンジョンの謎解きも多いのだとか。
昔は趣味だったゲームも、最近では面倒になってやらなくなってしまっていた。そもそも自分はゲームの楽しみ方を間違えているとよく言われた。
正攻法に攻略した後、裏技を使って攻略して、その後、全く別の方法で楽しめないかと模索する楽しみ方はなかなか理解されない。入口でもなく裏口でもなく、サードドアを見つけるのが楽しい。
攻略方法は人それぞれ。だったら、誰もやったことがない方法で攻略した方が面白いだろう。
とりあえず、これも縁かと言われるがままゲーム機を買い、ヘッドセットを買った。一気にお金を使ったが、ダウンロードなのでそれほど背徳感はない。
軽くネットで調べると、
「第一章だけのゲーム」
「魔王を倒したけど、これで終わり?」
「ミッションがあるらしいけど、見つけられない」
「もともと海外の個人製作のゲームだろ。期待すんなよ」
などの声が多数ある。
友人に聞いてみると、発売から数年経つが、ダンジョンはどこまでもある鬼畜ゲーなのだとか。一時期、配信者がこぞってやっていたが、今は過疎っているらしい。
これ以上はあまり情報は入れないようにしよう。
タイトルがあり、キャラクターメイクがある。
別に自分に寄せる必要もないし、ランダムで決めたら、禿げた中年男性になってしまった。
「まぁ、いいか」
どうせ一度目はゲーム自体のシステムを覚えるだけになる。
ゲーム難易度というか、始まりは所持金はゼロで何の職業でもなくスキルもない『どん底』スタートだ。
周囲が暗くなり、VRの世界に入り込む。
キュリキュリキュリ……。
氷を鋸で切ると、独特の音が鳴る。
『俺はこの音を聞いて育った……』
キャラクターの独白から入るなんて、意外に作りこまれているのか。
「かつては一太刀で切る職人がいたんだ」
『親父はそう言っていたが、とうとう一太刀で氷を切ることなく亡くなった。
地熱の町にある氷屋の朝は早く、まだ空が白くならないうちから起き出して、野菜や肉が腐る前に町のあちこちに氷を運ぶ。
俺の家は町の端で、崖のすぐそばにある。だからか崖の上、雲の先から氷が止めどなく降ってくる。屋根は氷が落ちて来ても大丈夫なように鉄板の上に石積みをしている。
爺さんのそのまた爺さんの代から変わらない我が家の仕事だ……』
どん底スタートなので、町の端で何も持っていないところから始まる。
職業欄には、何も書かれていない。
町は大きな円形になっていて、端には壁のような崖があり、ところどころ崖の上から氷が降ってきて氷柱になっていた。そもそも崖の上は氷河期なので、行っても凍死するだけなのだとか。設定があるタイプの箱庭ゲーだ。
町の名前は「ポットボトム」というらしい。氷河期だが地中からの地熱で窪地の気温は保たれ、街灯などのインフラも地熱発電によって賄っているのだとか。
俺がプレイするのは、なべ底のどん底から這い上がる物語なのか。悪くない。
町の中心にはダンジョンがある。初めから資金があるプレイヤーたちは、ダンジョンに併設されている冒険者ギルドで登録を行い、ダンジョン内で多くのスキルを取得してモンスターを倒して進んでいく。
これが、だいたいこのゲームだ。それほど難しくはない、よくあるゲームに見える。
ただ、町が妙に作りこまれている。町の中心部は栄えていて、商店でにぎわっているが、端の方は貧民街になり、土地が売られたりしている。
前は端の方までプレイヤーが買い占め、発展したらしいが、今はプレイヤー人数も減ってきているので、土地がどんどん売られ鬱蒼とした森になっていた。
プレイヤーが建てた建物は時間とともに劣化するらしい。そんなことをすればプレイヤーが離れてしまうのではないかと思うが、定期的な修理をすれば長く保つなど設定があるようだ。
森には猪や鹿、ウサギ、虎などがランダムで出てくるから肉屋はあるし、町の農家が運営している畑もある。ただ、野菜も肉も、地熱の影響で腐るのは早いらしい。本当か?
だから、俺のキャラクターのようなどん底生活を送っている者が、町の端から氷を運ぶ仕事をして、食材の鮮度を保っているのだとか。
ただ、ダンジョンから採取した食材は、腐るのが遅いらしい。ちょっとした設定だが、細かいところを作っているのは、好感が持てる。
とりあえず、町でできることやダンジョンでできることは、今までのプレイヤーがやっているだろう。きっとこのゲームのミッションの手掛かりは別にある。
随分、偏屈な奴が作ったゲームだ。オリジナリティが濃い。長らくゲームから離れていた自分も楽しめそうだ。
冒険者ギルドに行くと、冒険者になるのにはお金がかかるらしい。ダンジョンには冒険者にならないと入れないようなので、どん底スタートだとダンジョンゲームなのにダンジョンに入るまでも楽しめるということか。
俺は、最初のキャラクターの説明にあった通り、氷を切り出して背負子で背負い、町の肉屋や八百屋に売りに行った。
「ほら、2cだ」
cというのが通貨のようだ。氷を運んで一軒、2c。10cでパン一切れと考えるとめちゃくちゃ大変だ。
1000cも貯めないと冒険者にもなれない。
これは金策の必要がある。時間が経てば、空腹のゲージがどんどん進んでいってしまうだけ。
とにかく町の端から氷を切り出して、中央の商店街に売りに行く。
10往復もすれば、20cでパンを二切れを買い、スタミナを回復させた。
「いや、これじゃあ、お金は貯まらないよな」
金策などネットで探せばいくらでも出てくるが、それじゃあ面白くない。自分で考えた方がいいだろう。
以前、プレイヤーがいたという廃屋を見に行くと、壊れた桶や壺などが落ちていた。何が金になるかわからないので、どんどん拾った。
錆びた剣などもあるので、鍛冶スキルなどを取れば、リサイクルできるだろうか。
再生可能そうなものを拾い集めて、再び商店街で売ろうとしたが、結果は0cだった。
意外にシビアだ。荷運びのスキルが発生しただけ。腕を見てもかなり細すぎる。
キャラクターメイクを間違えたか。
錆びた剣だけ売らずに、町の端にあるボロ小屋に持って帰った。
「剣を振ってたら、剣術スキルが付いたりしないか?」
しない。そんなにこのゲームは甘くない。
しっかりどん底からのスタートだった。
どうせなら人がやりたがらないようなことをしよう。
ゲームの中だというのに、ぼーっと何も動かさずに目の前の森を見ながら考えていると、草むらからウサギの耳がぴょこっと出てきた。プレイしていない時のスクリーンショットみたいなものか、と思ったが、このポットボトムには荒れた森もあると気づいた。
「じゃあ、草刈りでもするか」
太めの長い枝を拾い、草を撚って紐を作り、直角に錆びた剣を結んだ。
即席の鎌だが、ゲームの自由度が高いので、これくらいならできるようだ。
そのまま、目の前の草を刈り続ける。
暇な日曜日に、現実でもやっていることなので慣れてはいる。
ただ、刈り取った草はどんどん持ち物として溜まっていった。
当然、ウサギの行動範囲は狭められるので、きっと狩りやすいと思ったのだが、俺の足下をすたこらさっさと逃げて行ってしまった。
残ったのは大量の草。それも時間とともにどんどん枯れていく。
草を撚ってどんどん紐にしていった。こうすれば劣化は防げる。
ただ、強度はとても低い。鎌ももうすぐ壊れそう。
「一旦壊すか」
森の草は刈れるだけ刈り取って、鎌を壊した。
石と枝を加工して紐で縛り、穴を掘る。その穴に、紐を張り、草をかければ……。
「おお! 小さな落とし穴が完成した」
おじさんなので、最近ゲームをやってなかったから、思った通りの小さな落とし穴ができただけでもちょっと感動してしまう。
やり方がわかってしまうと、どんどん森の中に仕掛けていってしまう。
特に競争もない黙々とした作業は好きだ。
森の中に仕掛けられるだけ、小さな落とし穴を仕掛け終えた。
『何をされているんですか?』
振り返ると、ローブを着た冒険者からメッセージが送られてきた。
どうやらプレイヤーのようだ。そう言えばオンラインで繋がっていると聞いていたが、まったく気にしていなかった。
「いや、何って言われると……」
魔女風の女性は、本当に何をしているのかわからないようだ。
『オンラインの方ですよね?』
「そうですね。初心者なので、いろいろと試しているところです」
『そうなんですか。私も初心者なんですけど、このゲームは何をするゲームなんですか?』
わからずにプレイしている人もいるのか。
「たぶん、ダンジョンに入ってモンスターを倒していくゲームだと思いますよ」
一応、ダンジョンにピンを刺して教えておいた。
『あなたはダンジョンには入らないんですか?』
「どん底から始めたので、まだ資金が溜まってないんです」
『あ、そういうスタートもあるんですね』
「……」
すでに廃れてしまったゲームの端っこで、こんなことをしていたら確かに変だ。
不審者だと思われても仕方がない。
「罠を仕掛けて、ウサギでも捕ろうかと思ってですね……」
言い訳のようなものをしてみた。
『ああ、罠師ですか。ではシーフに?』
「あ、そういう職業があるんですね……」
『本当に初心者の方なんですか?』
「ええ、今日の昼頃にやり始めました」
『……』
魔女は何も言わずに後ずさりした。
『すみません! 実は自分は2周目です! 結局、何をすればよかったのかわからず、ずっと引っかかっていて、また始めてしまいました!』
きっと目の前の魔女のような人は少なからずいるのだろう。
ただし、それを俺に言われてもどうすることもできない。
「は、はぁ。そうですか」
『あの冒険者ギルドには行かれましたか? 金策なら、町の人に何度か声をかければ仕事の手伝いをさせてもらえますよ』
「そうなんですね」
『すみません! 余計なお世話でしたね。お邪魔しました!』
魔女はそう言って、立ち去った。
「あ、また、よければフレンドになってくだ……」
メッセージを途中までしか打てなかった。ゲーム内でのコミュニケーションは難しい。昔やっていたゲームはもっと適当でよかった気もするが、最近はコミュニケーション能力にも格差がついて大変だ。
一応、魔女こと「レッコ」というプレイヤーにはフレンド申請を送っておいた。
「人のことは放っておいて、やるだけやってみようか」
ちょうどウサギが小さな落とし穴にかかったので、捕まえた。
しっかりとどめを刺し、皮を剥ぐと自動的に肉と兎皮に分かれた。
商店街に持って行くと、120cにもなる。
「あ、動物の素材は高いのか」
森に戻ってみると、さらに4頭小さな落とし穴にかかっていた。これで600cになり、冒険者になるのももうすぐだ。
そう思っていたら、猪が現れて小さな落とし穴を次々に壊していった。
「これでまた仕掛けられる」
結局のところ、罠を仕掛けるのにもスペースが必要で、草むらに仕掛けるよりも、刈り取ったばかりの地面に仕掛けた方がスタミナの減りは少ない。
猪が去ったのを確認してから、再びスコップを作り、どんどん小さな落とし穴を掘っていく。草を刈り、紐を作って、落とし穴を作る。
待っている間に、氷を切り出して運べば、荷運びのスキルがわずかに上昇していた。
食事は困らなくなったし、初日にして生計を立てることができた。上出来と言える。
「でも、ダンジョンゲームなんだよな」
未だ、冒険者になれず。俺は、その日、夜遅くまで『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』をやっていた。
眠くなり、そろそろやめようかと思った矢先、唐突に『草刈りレベル:1』というスキルを手に入れた。レベル1があるということは2もあるわけで、成長できるということでもある。
リアルな草刈りは腰を痛めたり、口の中に草が入ったりするが、ゲームだとそんなことはない。むしろ、指先一つでできてしまうので、かなり楽だ。
草を刈る動作はトータルで3時間ほど。1秒に1回と考えると、1万回くらいは草を刈っていたことになる。
「もしかして1万回やるとスキルが発生するのか?」
調べてみると、通常はスクロールを買ったり、ダンジョンの中でレベルを上げながら、モンスターのスキルを取得したりするらしい。ただ、同じ行動をしていると、いつの間にかスキルが発生することもあるのだとか。
「これは罠もいけるのか?」
俺はとりあえず、何でも1万回を目指してみることにした。