-9-「有意義な無意義を。」
白川
「あーぢー。川辺だっつのに暑い。
それに……いでで。あーデモリ、右手が痛ぁーーーーいぞぉーーーー。」
デモリ
「ヤ、ヤモモ……。」
デモリバイク事故。あの一件で白川は全身満遍なく打撲、右手首と左足首に至っては捻挫のオマケ付きである。骨折しなかっただけマシであろうか。
身体中にあざをつくり、捻挫部位は包帯巻いている関係で急に被虐待児みたいになった。そんな子どもの横にいること、疑いの目への恐怖といったらない。
デモリも申し訳ないという思いからか、身を挺して膝置きとなり、白川の右腕を支えている。
アンプ
「……そんなボロボロになってまでここに来るかね。狂気だぞ、狂気。」
白川
「来たいから来てるだけっす。お気になさらず?」
乙葉
「いやいや、白川ちゃん……ケガした時くらいは休んだ方がいいんじゃあ……。」
白川
「ケガごときに私の勇み足は止められないんすよ、はっはっは。
ふぁーあ。しかし暑い。夕方なのにコレって。ジロちゃん、私ぁルイボスティーで。」
乙葉
「買いに行くなんて一言も……。」
白川
「あ、痛い。痛いなぁ。こんなにも。」
乙葉
「うぐ……め、免罪符じゃないんだよ、そのケガ!」
そう文句を言いながらも、足はコンビニへ向かっていくのが乙葉という子どもである。パシリとしてしっかり調教されておる。
白川
「せーんきゅー。気をつけてーっす。
……さて。アンプ、暇っすね。」
アンプ
「私は別に暇ではない。心ゆくまでこの眺望を堪能しているのだ。」
白川
「見てるだけ?つまんないっす。」
アンプ
「小学生には分かるまい。時間の浪費は大人にとって贅沢なことなのだ。貴様らが金銭の浪費を贅沢と感じるようにな。」
白川
「ほう。大事なものを浪費するって贅沢をするんすね。なんでそんな無意義なことするんすか?」
アンプ
「ふん。私が思うに、有意義が人を成長させるものであるならば、無意義とは人を抱擁するものだ。
バランスだ。社会で散々に有意義を求めさせられるのだから、プライベートでは無意義に過ごしていたい。」
白川
「はーん。バランスねぇ。いつもお疲れ様っす、有意義マシーン社会人。
じゃあさじゃあさ、アンプにもっと楽しい時間の浪費の仕方を教えるっす。」
……なるほど。
子どもは時間を浪費するプロである。一日中アリを見つめてたり、無限に川で水切りしていたり、なぜそんなので時間を費やせるのか気になって仕方ない。そこから学ぶのも悪くない。
アンプ
「まぁ良いだろう。例えばどんなのだね?」
白川
「手軽なところで、『観察』っす。故も知らない人たちを眺めて、あの人はこの人は……ってイメージを巡らせてみるんす。」
アンプ
「ほう、人間観察ね。」
白川
「さぁ、アンプ。改めてよーく河川敷の人々を見てみるんす。わりと面白いのいるんじゃないんすかね?」
ふむ。人に焦点を当てて見る、か。
私はこの河川敷の景色ばかりを眺めていた。人を見るというのは、しばらくここに通ってきているが、自らした記憶がない。
どれ、どんな人がいるのかね……。
……ん。
「ピポポ。ゴミを発見しましタ。ログに記録しまス。ピポポ。回収完了。」
「はぁ、はぁ。コイツは食える……コイツも食える。しばらく生きていけるぞ、十分だ。」
「お兄さん、それ食べられるようで食べられませんよ。お腹壊しますからやめた方がいいです。ところでお金貸してくれませんか?1000円でもいいので……。」
「メェー。」
……うーん。
アンプ
「あのさ。思ったより、その、濃くないか?」
白川
「はっはっは、でしょ。ここ、見てて飽きないっすよねぇ。
やっぱ河川敷って独自の生態系作られやすいんすかね。」
デモリ
「ヤモモ。」
独自の生態系という枠から超越している。もはやオカルトが過ぎるだろうが。
そして、私は観察を辞めた。
私はあくまで無意義を求めている。彼らを見ていたら、彼らを知りたくなってしまう。未知の存在を知ろうとすることはとても有意義だ。それはやがて義務感となって私の背を押し始めてしまうかもしれない。
関わらないことだ。そして私の心の平穏を保とう。今日もいい天気。
白川
「あ、観察やめちゃったんすね。
しょーがないな。じゃあアレやってみますか……。アンプ、寝転がって。」
アンプ
「なんだ次は……。」
白川
「いーから。」
とりあえず言われた通りに寝転がる。
すると、白川も横に寝転がって、顔を私の耳元に近づけた。
白川
「認知シャッフルっす。有意義とか無意義とか、そういうのからはちょっと外れるかもっすけど……超ぼけぇーっとできますよ。
いいっすか。私、今から脈絡のない単語を数秒ごとに言います。アンプはその言葉のイメージをぼやっと思い浮かべてってください。次から次へと、シャッフルするみたいに。」
アンプ
「ほう……そんなのがあるのか。やってみよう。」
白川
「よーし。じゃあいきますね……。
いぬ。はし。ぱんだ。あし。いす。すずめ。てつぼう。くさ。くるま。うみ。ぱそこん。かべ。えがお。つめ。にほん。きゅうり。めだか……。」
わりとハイテンポに押し寄せる単語群。ポンポンと脳内のイメージが移ろっていく。あまりに早いものだから具体的なイメージはできず、落書きみたいな幼稚な写像ばかりが流れていく。
が。
なんか。
あたまが。
おかしくなってきた。
かんがえる。
ちからが。
なくなって。
あ。
あぁ。
乙葉
「お茶買ってきたよー……。
……!?し、白川ちゃん、アンプさんと一緒に寝転がって何してっ……ふ、ふしだらだよ!えっちだよ!逢瀬だよーーーー!」
白川
「あん。おかえり、ってどこ逃げてくんすか。おい、おーい。
……あれ、アンプ。もしもし?……こっちは寝ちったっすな。さすがは認知シャッフル『睡眠法』。無意義なワードも並べると睡眠導入に使えるんすな。有意義なこって。おやしみ。」