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-8-「爬虫類をバイクにしてはいけない。」

我が愛車、ハンターカブ。紅の装いがイカしているというものだ。


たまには川を眺めるのではなく、近辺をふらつくのもよかろう。



エンジン起動。ヘルメット装着。


本バイクは『世界のカブ』と呼ばれるロングセラー、カブの系譜を継ぐもの。業務用に使われるほどタフネスで、なんといっても燃費が良い。


カブの特徴として、遠心クラッチが挙げられる。詳細は省くが、通常のマニュアル車と異なり、ギアチェンジのミスによるエンストというものがない。


なので、横着な私は2速発進。ゆっくりと進むため、体に優しい。なお、これは決して車体に良い影響はない。やかましい、1速発進がガンギマリなのがいけないのだ。



と、旅先をどこにするか思考を巡らしていた最中である。



白川

「あーんっぷちゃん。どっこ行ーくの。」



乙葉

「バイク、いつ見てもかっこいいですねぇ……!」



……ゲェ。間に合わなかったか。


低速とはいえ走行中だってのに横に着いてくる。交通安全教育の成果がないぞ、文科省。


特に、珍しく前にのめり込むのは乙葉。目をキラキラさせてバイクを眺めていた。



乙葉

「いいなぁ、乗りたいなぁ、早く大人になりたいなぁ。」



アンプ

「ふん、放っておけば勝手に免許の取れる年になっているわ。


退くがいい。私は少々旅に出る。」



乙葉

「どこ行くんですかっ!?」



アンプ

「ふーむ。山……山がいい。筑波山にでも行こうかな。」



乙葉

「や、山ぁ!


ぼ、僕もその、の、乗せてほしいなぁ、なんてぇ……えへへ!」



アンプ

「乗せるわけなかろう。私は自分の命にさえ責任を持ち切れないのだ、人の命など容易に運べるものか。」



乙葉

「お願い……。」



ここにて私は、乙葉という人間の脅威的な『壊滅力』をこの身をもって体感した。


此奴、ぐっ、う、嘘だろう。この私が子どもに、しかも男にキュンとくるだと!?


そう、それほどに乙葉は、人を絆す能力に長けていた。それは技術ではなく、天性的ななにか。


テクニカルな泣き落としに見られるあくどさなど感じない。ただただ純粋なお願いである。真っ直ぐに見つめる目が、ほんのり染まった頬が、どうしても乗りたいという思いが見える小さな身体が、すべての構造が最適解のおねだりの姿勢だ。



しかし!



アンプ

「く、くははァ。そうして何人もの人間を思いのままに操ってきたのだな。だが、私は貴様の魔性になど屈せぬわ!


私は頑なに二人乗りを拒否する!ドライブにおいて安全に代わる優先など存在しない!」



私の決意に、なぜか白川がへーと感嘆する。



白川

「ジロちゃんのおねだり攻撃を断り切った。すごいっすねぇ。なかなかいないっすよ。」



アンプ

「乙葉がどのような甘やかされ方をしてきたかは存ぜぬが、私はそうはいかないということだ。


乙葉、そうして人を誘惑してるといつか痛い目に遭うぞ。痴情の八つ裂きは免れん。」



乙葉

「ゆ、誘惑?そんなつもりは、なくて……。た、ただ乗ってみたかったから……。


でも、ダメなら……いいんです。でもでもっ、またお願いするかも……ううん、絶対にします!アンプさんのご機嫌がいい時にすかさず!」



乙葉は乙葉で頑なであった。はぁ、そこまでして。



アンプ

「なぜそこまでして?」



乙葉

「風が気持ちよさそうだから……です!」



ほう。然りだ。そしてバイクが故の醍醐味である。


都会の風と山間の風は驚くほどに違う。気温か湿度か、そういう数値を超えた違いをライダーたちはその身に感じている。


昼の風と夜の風も、夏の風と冬の風も、あるいは草原の風と川辺の風も……車の中ではそう味わえない違いである。彼らの多くは、その風を肌身に感じるがためにその身を晒してツーリングをしているといっていいだろう。



乙葉

「僕、いつか……綺麗な川が流れてるような山の中を、バイクで駆け抜けるんです。


休憩で寄った道の駅で冷たいお茶を買って、近くの川で少し水遊びして……またバイクに乗って、どこか、誰も知らないところへ!えへへ、えへ、いいなぁ……。」



夢見る少年。まぁ、夢は好きに見るがいい。免許を取るのが楽しみであろうな。



白川

「んなバイクっていいもんすかねぇ。車でいいじゃないっすか。私には分からんっす。」



乙葉

「白川ちゃんったら。ふふ、これがね、男のロマン……だよっ。」



白川

「オトコノロマン。


ぷーくすくす。え、どの口が言ったの?このぷるやかなお口?」



乙葉

「ば、バカにしてる!!!


アンプさんは分かりますよね、男のロマン!」



アンプ

「今のご時世、男だ女だと言わない方が身のためだ。」



乙葉

「え、えぇ……そこまで世知辛くないんじゃ……。」



白川

「あ、そうだ。」



白川が唐突に指笛を吹く。馳せ参ずるのは例の如くデカいヤモリ。


白川はその背に乗ってうつ伏せで張り付いた。



白川

「思いついちゃった。デモリバイクっす。何キロ出るんだか知らないっすけど、きっと速くて楽しいっすよ!目線も低いしスリル満点!」



アンプ

「……あー、せめてもの情けで言っておくが、絶対やめといた方が。」



白川

「レッツゴー!!!」



人の話を聞かないヤツである。それは十も承知であった。


だが、流石に今回ばかりは私の忠告を聞き入れなかったことを後悔することになる。



急発進したデモリは、ドドンパよろしく一瞬にして時速30km/hほどに加速。白川は珍しく断末魔をあげていて、その声はあっという間に遠ざかる。


そのうち、ストップ!ストップ!と慌てた大声が響く。直後、数百m先でデモリが緊急停止。無論、白川は慣性の法則により吹き飛ばされて地面を転がり、土手に激突。


遠くから見るに、白川はすぐに起き上がれず、ぴくぴくしながらデモリになんか呪詛を呟いている様子である。



乙葉

「あわわ……大事故だ!し、白川ちゃん!」



アンプ

「ったく、手間のかかる……。」



こんな事故を目の当たりにして、捨て置くわけにもいかないだろう。大人だし。


結局私はバイクのエンジンを止めて、あの向こうみずな子どもの下へと歩いていくのだった。

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