-6-「地奥底に眠るは御霊の群。」
カンブリア紀は、5.4億年ほど前の時代。
当時は甲殻類が天下を取っていたと聞く。私はそれくらいしか知らない。アノマロカリスという名も、言われれば聞いたことあるかなと言った感じだ。
一方、とある生意気な小童は、図鑑でも好きで見てきたのか、やたらと古生代に詳しい。
此奴は私に、アンプレクトベルアという古生物になぞらえた蔑称を与えおった張本人である。
白川
「この江戸川にも昔は変な生き物がいたのかなー。」
乙葉
「……そんな昔って、日本はあったの?」
白川
「いんや、無いんじゃないんすか。
でも、茨城県日立市あたりには日本最古の地層が見つかってて、そいつはまさにカンブリア紀の地層っす。この地でも古生物が息をしてた可能性がある。
……そう。日本にも間違いなく、古生代の地層が静かに横たえてる。そこでは今も、奇妙奇天烈な生物たちが静かに眠ってる。地下深く、ずっと深くでね。」
私たちはいつでも、彼らの墓標の上で生きているっす。けたたましい科学の足音で起こさないようにしなきゃあね。
白川は地面をなでる。乙葉も言いくるめられて、一緒になって地面をなでた。
まぁ、言わんとすることを汲めないこともない。
だが、そんなこと言ってたら我々はどこで生きていけばいいというのだ。
アンプ
「キリのない話だな。」
ぶつりと文句を垂れた。
白川はへらりと笑いながら切り返してきた。
白川
「キリなくていいじゃないすか。どこだって謙虚に生きようってだけの話っす。」
乙葉
「あ……『お天道様が見てる』って感じかなっ?」
白川
「はっはっは、そんなとこっす。ま、見てるのは太陽じゃなくて……古代の御霊たちなんじゃないかって話っすけど。」
乙葉
「みたま……?」
白川
「なに興奮してんの。」
乙葉
「み、微塵もしてないけど!?」
一応、私は霊的存在を肯定するタイプである。消去法的な考えではあるが……宇宙全体の物質のうち、現在科学的に判明している物質の割合はごく僅かにとどまっていると言うではないか。
じゃあ、その判明していない物質に由来する存在がいてもおかしくないってことでは。幽霊がダークマターでできている可能性はありはしないか。
現在の科学では、霊を100%説明できない。故に私は、霊を信じる余地ありと仮定したのだ。
もしかしたら古代のウミユリみたいなのも、カイメンみたいなのも、その御霊たちはいまだに暗き地の奥底で、今もゆらゆらと揺られているのかもしれない。
白川
「さてと。日が暮れちゃう。そろそろ帰らなきゃっすね。
アンプも巣に帰る?」
アンプ
「巣ゥ言うな。1LDKの立派な賃貸だ。」
白川
「え、それ生きてけるの。無理しないで、ワンルームでいいんじゃない?」
乙葉
「ご、ご飯食べてますか。毎日カップラーメンだと身体がおかしくなっちゃいますよ……?」
アンプ
「わ、私をどんだけ貧乏人に見てるんだ。不自由ないくらいには稼いどるわ。
かくいう貴様らも早く帰るがいい。というか、再三言っているが二度と来るなっつーの。」
白川
「寂しいって言ってるね。」
乙葉
「ふふ……アンプさんったら。」
アンプ
「どんな耳してんだ……!」
そうして小童どもは手を振りながら土手を登り、やがて姿を消した。
はぁ。疲れた。
諸君。私はもともと人と話すのが好きではない。特にオフの場面では。
一人で隔絶された空間にいるのが好きだ。電車や車で一人旅するのが好きだ。家にこもって読書をしたりただただ眠っていたりするのが好きだ。
なのにヤツらと来たら。
私は案じていた。
ここに来るのをやめるか。
だが、私はこの景色が好きだ。日々見せる姿が異なるのが美しい。しかし、その中にも変わらない姿があるのもまた美しい。自己の中の美を震わせるものに日々触れていられることは幸せだ。
なにより、ヤツらごときにこの優雅なるひとときを追われるのが癪で仕方ない。
やはりヤツらを排除すべきだ。
まずはあの因縁のヤモリを討伐せねば。保健所に電話でもすればいいのか。
そして、ヤツらが降りてくる土手の最中に鼠捕りでも設置してやればいい。ああいう手合いは痛みに訴えるのが手早い。
私はこの孤独空間を守り通す。誰にも奪われてなるものか。
改めて土手に寝転がる。
日が落ち、地平線に隠れていく。東京は紅に染まっていった。
「あ、アンプレクトベルア。」
は。
今、なんつった。
しかし、その声。白川ではない。乙葉でもない。
聞き慣れない声だ。
声のした方向を振り向く。
そこには、一人の少年が立っていた。
「き、君たちも生きてたんだ……。よかった、また会えて!」
勝手に感動される。
どこの子どもだ?
いや、しかし、なんだ。
よく見ると……人?
人ならざる姿、ではないか?
とかく、やたら大きな触角が頭から生えていた。
なんだあれは。
どこかで見たような。
そう、最近、気になって調べた画像に。
……そうだ。あの触角は……大付属肢と呼ばれる。
獲物を捉えて、口へと運ぶための武器。
それを持っているのは、とある古生物たち。
例えば。
「アノマロカリス……?」
彼は、満面の笑みで頷いた。
涙さえ浮かべて走ってきて、私を目一杯抱きしめた。
「な、仲間が!仲間がいたんだぁ!うわーーーーん!寂しかったよ、仲間がいてよかったよーーーー!!!」
……よくわからんが。
貴様、大々的に私を古生物扱いして侮辱してんじゃないよ。