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-5-「望郷の唄を。」

今日も今日とて川を眺めていた。


水面に照らされる夕陽は、見る日によってその美の種別が異なる。


今際は実に物哀しいノスタルジーな煌めきに感じていた。



私にも故郷がある。


田舎の何もないところだったが、悪いところではなかった。


こうして都会の海へと出でて早くも10年が過ぎ、里帰りもしばらくしていない。


今更戻る気はない。都会の絵の具に染まってしまったからな。私はもう帰れない。それでも、郷愁感というのは拭えないものである。



こういう感情はどうにも、閑散とした空白の景色を眺る時にフラッシュバックする。そうして、あぁ、そうか。私は日々、感覚を無理やり詰め込まれて生きてきているのだと知る。


車どもの喧騒、無機質なライトの光、アスファルトから醸される湿った熱気、どこか焦げついたような匂い。そんな、私を取り巻く靄のような感覚情報から身を離し、遮断し、我が脳内のCPU使用率を低減させてみること。


そうだ、視界が晴れるとはきっとこれを指すのだ。清々しい晴れの景色の中で、私はようやく現在の私の姿を知るのだった。



蔓延る忙しさに身を任せてここまで来たな。


しかし、まぁ……ずいぶんとくたびれて、擦り切れて、傷ついてきたようじゃないか。



私の目には涙が浮かぶ。


馬車馬はふと、自らが鞭打たれて歩かされていることを知った。さりとて、彼は馬車を離れて生きていけるのだろうか?


今や自然を駆け抜ける野生の馬には戻れないと知っているのだ。


あの頃の、純真無垢に草原を駆けていた時分には、もう。



アンプ

「あぁ、めっちゃポエム書ける。出るわ出るわ。」



ところで、私はエッセイを書いている。私から湧き出た情緒は、余すことなく私のものであるが故に。それらを書き留めるのは、矮小な自らをわずかにでも歴史に刻まんと足掻く者たちの義務ではないか?


さて、したためよう。A6サイズの手帳と鉛筆を装備する。パラパラと70ページほどめくって空きページへと辿り着き、さっそく一筆だ。



アンプ

「タイトルは何にしようかね……。」



白川

「『江戸川に5億年の刻を見ゆ』とかどうすか、川柳になってるおまけつき。」



乙葉

「『梅雨に濡れる赤蜻蛉』……え、えへへっ、かっこつけちゃったかな?て、照れる〜……。」



アンプ

「キャーーーーオ!!!


き、貴様らいつからそこに!!!」



白川

「まぁ、なかなか小っ恥ずかしいことしてるなって理解できるくらいには見てました。」



乙葉

「濃厚なポエム……僕、自分の思いを自信もって書ける人、すごいと思いますっ。僕ごときじゃ恥ずかしくて……。」



アンプ

「丁寧な雰囲気出して人を馬鹿にすんじゃないよ!


ご……ごぁ。これは死ぬしかないというのか。これにて終焉かね、我が人生は!」



白川

「生きた化石なのに死んじゃダメっす。死んだ化石になっちゃう。」



アンプ

「貴様ッ、私をナメすぎだ!私はな、本気になれば女子ども関係なしに罰する平等性を持ち合わせているのだ!」



白川

「それは奇遇っす。デモリも男大人関係なしにエサにしちゃうっすもんねー?」



茂みから現れる巨体。なんかまた少しデカくなってないか、このUMAは。


図体がデカいだけあって、知能も高いようだ。ピッタリと主人の白川につき、いつでも私を仕留められるよう、目ん玉をひん剥いてガン見してくる。



乙葉

「で、デモリー……今日こそなでなでさせてよぉ。


えへ、えへへ、え゛!!!」



デモリは主人を違えない。乙葉にはまだ心を許しておらず、撫でようとすると尻尾を振り回して弁慶の泣き所をスマッシュしてくるのだった。乙葉は泣きべそかきながらうずくまっていた。


つけいる隙はない。クソ……!



白川

「故郷を思うのは良いことですな。アンプにも実家があるんすね?どこ?」



アンプ

「ふん、言うつもりなどない。」



白川

「そっすか。


たまには帰ってるんすか?」



アンプ

「……いいや。


貴様には分かるまい。大人になれば、容易に実家へ帰ることもできんのだ。子どもとは違って忙しいからな。」



白川はふふっと微笑みながら、デモリの背に座った。デモリは頭を地に伏せ、白川に撫でられてゆっくりと目を閉じていった。



白川

「帰れないことはないでしょ。あなたは忙しさを盾に帰らないだけ。


それと、子どもは大人より忙しいっすよ。大した成長もなく、日々を機械のように消費するだけの大人たちとは違ってね。


私たちは、一分一秒が、一挙手一投足が、すべてが成長へと繋がっている。暇な時間なんて作ってる場合じゃあないんすよ、はっはっは。」



アンプ

「言ってくれるわ。ならば貴様はなぜここに油を売りに来ている。」



白川

「やーやーや、逆っす逆。


私はね、ここに貴重な時間を費やす意味があると信じてるんすよ。」



アンプ

「なに……?」



白川

「……はっはっは。


なんか、そんな気がして。」



白川は立ち上がり、指を一つ鳴らして駅の方へと歩いていく。デモリはそれに応じ、まだスネを押さえてぐずっている乙葉の反対足を咥えて引きずっていった。捕食されてるみたいで恐ろしい。



白川

「たまには帰ってあげてくださいよ。あなたもきっと、故郷に在れば子どもに戻れるっす。


大人で居続けるのは、疲れちゃうっすよ。それを暗に訴えてるようなポエムだったじゃないっすか……。」



……。



……貴様、人生二周目系女子小学生か?

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