-4-「食欲が失せたわ。」
休日昼間の河川敷は人々の憩いの場として蘇る。行き交う人々は笑顔でどこかへゆったりと向かっている。この地に留まり、広い敷地でバーベキューやキャッチボールに勤しむ姿も見られる。
私は相変わらず定位置で東京スカイツリーを眺めていた。江戸川を超えた先は大都会東京。喧騒の街が目下に見ゆるものの、その中にもひっそりと雄大なる自然たちが共存していることを実感する。
ううむ、しかしながらバーベキューの香りがテロリズムだ。そういえば朝飯も食べていなかった。
なんだかバーガーキングが食べたい気分だ。身長2m級の大人の手のひらほどあるジューシーなハンバーガーにかぶりつきたい。肉汁は余すことなく啜り、包み紙には痕跡さえ残さず喰らいつくすのだ。
決まりだ。じゅるりッ。
白川
「見てよジロちゃん。口部と思わしき部位から垂れ流れる消化液をジュルッてる不審古生物っす。」
乙葉
「きっとお腹が空いてるんだね……。」
アンプ
「…………。
休日まで……欠かさず来おって。」
例の小童どもだ。
此奴ら、住処はここ市川市ではない。話だと、電車で半時間ほど離れた千葉市に住まう者どもであるらしい。
わざわざ往復1時間かけてまで来る理由とは?気が知れん。
白川
「お腹空いてるならちょうどいいのがあるっす。ジロちゃん、あれ。」
乙葉
「え、あ、あれはデモリ用に……。
……え?た、食べられるんですか?」
アンプ
「その口上から始まる食物がヒトの食える物だと思うな……!」
巨大爬虫類に用意したエサを私に与えんとするその精神。ことごとく私をナメ腐っておる。
しかし。今日の私は此奴らに構っている気などない。普段からないけども。とかくバーガーキングへ向かいたいのだ。
アンプ
「さらばだ、小童ども。推察通り、私は腹が減ったのだ。これより食事に向かう。」
白川
「せっかく来たのにそれはないっす。ここまでタダじゃないんだしさー。」
アンプ
「勝手に来といてよく言うわ。保護者からせびった金を無駄に使っていることを悔いて帰るがいい。」
白川
「ちくちく言葉じゃん。
それに、私はマイマネーでここに来てるんす。好きに使ってもいいでしょ?」
アンプ
「マイマネー……?」
白川
「まーねー、なんつって。
投資をかるーく。あと趣味で懸賞雑誌も?毎月の小遣いくらいは稼いでますぜ。」
アンプ
「こ……小童の分際で資産運用だと?」
白川
「今どきの小学生はみんなやってるっすよ。」
んなわけあるか。あと先考えず無駄な浪費するのが小学生の本分だろうが。いや、偏見がすぎるか?
しかし、乙葉の反応を見てると本当のようである……。
乙葉
「僕の分の電車賃も出してくれるんです……だから僕、頭が上がらなくて。」
白川
「電車賃出さなくても頭上がらないでしょうよ。」
乙葉
「そぉ……。」
末恐ろしいものだ。白川という女、デモリを従えたのもそうだが、私の想定する以上に多彩なスキルを隠しているように感じる。
白川
「てかなに食べに行くんすか?三葉虫?」
アンプ
「シヴァくぞ。バーキンだバーキン、芳しいバーベキューの香りに触発されたのだ。」
乙葉
「はぇ……あ、アンプさんってちゃんと人間のご飯食べるんですね!ちょっと安心しましたっ。」
アンプ
「何が言いたいんダ。」
こっちはこっちで末恐ろしい。狙って弄ってこようと企む白川とは違い、無自覚にとんでもない侮辱をのたまうのだ。
私の怒れる有り様を見てようやく自らが犯した罪に気付き、慌てて頭を下げまくるがもう遅い。
アンプ
「あっちいけ。私は忙しいのだ、アデュー。」
私は奴らに背を向けて早歩きで立ち去る。
しかし、此奴らはなおも追尾してきて私の周りに絡みついてくるではないか。
乙葉
「ま、待って、速いですよぉ。」
白川
「子どもの歩幅考えてほしいっす、えっほ、えっほ。
ねえねえ、遊ぼ。ねーえー。」
アンプ
「ぬぁんなのだ!私は貴様らの子守りではない!」
白川
「もちろん?守られるつもりで来てないっすよ。
遊ぼっての。いいっすよ、ご飯食べてからでも。あっそーだ、私も食べに行くっすよ。ね、ジロちゃん。」
乙葉
「う、うーん、あんまりお腹空いてないけど……。」
白川
「ジロちゃんいつもお腹空いてないじゃないっすか、どんな腹してんの。」
乙葉
「燃費が良いというか……?」
マズい。このままでは食事まで共にする羽目になってしまいそうだ。
ここは一計を案じて……脱兎だ!
アンプ
「ハーーーーッシュ!!!」
白川
「あ、スッゴい走り方。」
乙葉
「振る腕がまっすぐだよ……。」
これが我が理論上最速の走り方だ。生まれてから今に至るまでで最適化されたこの走り方にはついてこれまい!
近くの店舗に行くのもヤメだ、少し遠くのバーガーキングへ向かうのだ!待っていたまえよ、すぐ向かうぞワッパーーーー!!!
しかし。
疾走する私の前に、壁をつたって颯爽と現れるは……で、デモリ!
アンプ
「くっ、そこを退け!どうなっても知らんぞ!」
デモリは不退転の構え。その目は瞬きさえせず、私の姿を確実に捉えては微動だにしない。
ええい、仕方あるまい……かくなる上は!
私はデモリの1m前で身を屈め、我が足に全パワーを蓄えて……解放する!
跳び箱の要領で足を大きく広げてデモリを飛び越えるのだ!ハハハ、四つ足の欠点とはその身の低さに他ならん!頭上がお留守なのだよ!
ヒト様をナメるな、爬虫類がァ!!!
デモリ
「ロッ。」
デモリの頭上にて時が止まる。
時にしてわずかコンマ数秒のことだっただろう。
空を舞う私の、あろうことか無防備となった股間に目掛けて。
その拳ほどもある舌先を、弾丸の如し速度で打ち出して。
ドズムンッ。
ア゛ォッ。
白川
「お、対空狩り。」
乙葉
「あ゛ぅ、以心伝心……ぃ!!!」
結論として私は、ダ・ヴィンチが著すところのウィトルウィルス的人体図のような姿勢で撃墜。意識を取り戻すのはそれから3時間後のことであった。