-2-「隕石生き延びた種族か!?」
私は面が面なので営業向きではない。多様性を語る現代ながら、結局は面かと憤りを隠せない。
しかし、それは一種の本能であろう。人ならざる面に不快を感じるのは、人が高度なコミュニティを形成する生物であり、部外者に対する恐怖心からに他ならない。知らんけど。
今日も今日とて、河川敷に横たわり江戸川を眺める。決して美麗な水質とは言えないが、水面に映る夕陽は見るものを魅了するのである。
そんな江戸川に、どこか自分の境遇を重ねてしまうのだ。綺麗とはいえない川にも、見るものを魅了する何かがある。私にもきっとあるはずだ、そんな何かが……。
「うおーい、あーんーぷ。」
「こ、こんにちはー……。」
……来おった。奴らが襲来するのも、これで10日目だ。
アンプ
「帰りたまえ。」
「なーに言ってんの、寂しかったくせにぃ。そういう時は素直に喜ぶもんっす。」
艶のある長い髪に眠気のタレ目。この生意気な小娘は、名を『白川』という。大人を舐め腐っていて、私に対してさまざまな挑発的言動を醸しおる。
アンプ
「微塵も寂しくないわ、小童が。
貴様もなんだ、あれほど言ってもなお来るというのかね。」
「え、あの、白川ちゃんが……。」
こっちのシャボン玉エフェクト舞い散る少年は、名を『乙葉』という。日本男児を究極まで美化したらこうなるんだろうか。艶味のあるサラ髪と子犬のような眼差し。私に、かなぐり捨ててきたはずの造形の悔恨を想起させる。
アンプ
「自己意志の無さが窺えるな。この小娘になすがままかね、えぇ?」
乙葉
「しゅん……。」
白川
「はっはっは。許してやってくだせぇ、情けないのが売りなんすよ。」
乙葉
「酷い……!」
白川
「さーてと、ねぇねぇアンプ。来る途中で面白いの拾ったんすよ、見て見て。」
見る気も無いが、視界に無理矢理押しいってくるものだから否が応でも目に入る。
私の前に、屈んだ白川の顔が見える。上目遣いでにんまりと私の顔を覗き込んでいた。
はぁ。黙っていればただの子どもだというのに。
……む?
なんか、白川の頭上に気配が……。
……!?
アンプ
「恐竜ァ!!!???」
白川
「はっはっは、期待通りのリアクション。デッカいでしょーこのヤモリ。」
この女、クソデカいニホンヤモリをおんぶしてきたのだ。いやもうホント、バカかコイツ!!!
ヤモリもヤモリだ、な、なんだこの突然変異!1mはゆうに超えている!白川のつむじに悠々自適に顎を乗せ、肩に前足を置き、丸太ほどの腰を抱えられ、そんな姿勢でもなお尻尾は地面にいくらか着く全長だ!
白川
「は、はは、重いっす。はぁ、はぁ。
でもこれ、世界記録じゃないっすか?いやーすげー私。若くして早速歴史に名を刻んじゃいますなー。」
乙葉
「ミュータント……。」
アンプ
「そ、そんなの捨ててこい!貴様、食われるぞ!?」
白川
「捨てる?いやいや。飼うっす。」
WTF?
此奴、今なんと?
白川
「名前を決めないとっすなぁ。ね、そろそろ降りるっす……腰が痛いから。」
白川が促すと素直に背から降りて、彼女の足元に鎮座する。
テニスボールほどの鈍く輝く眼球。人の頭なんか容易に飲み込めそうな口。波紋のような模様が入った四つ足は、垂直な壁さえ剥ぎ取れるほどの吸着力なのであろう。
アンプ
「飼える代物じゃないってどう見ても!」
白川
「飼うっす。私の忠実なシモベにするんす。エサは私の敵っすね。」
乙葉
「ひ……ぼ、僕は、僕は白川ちゃんの敵じゃないよ?ねっ、味方だよっ、ねぇ!?」
白川
「はっはっは、さぁねぇ?
名前どうするっすかねぇ。なんかいいのないすか?」
アンプ
「名前などつけたら曲がりなりにも愛着湧きかねんだろうが!今ならまだ間に合う、警察に届けたまえ!」
白川
「へぇ。エサだ。行くがいいっす。」
「ヤモモ……。」
白川
「え、マズそう?わかる。」
アンプ
「殺。」
名前をあーだこーだと考える女、ビビってへっぴり腰になっている男。奇妙な鳴き声をあげる人智を超えたデカヤモリ。
こいつは関わっていけない。私は静かにその身を引こうとした。
しかし、目ざといのは男の方。助けを求めるような目で私に手を伸ばした。
乙葉
「お、おいてかないでぇ……!」
白川
「あん?逃げてんじゃないっすよ。
行け、噛みつけー。」
このヤモリ、速い。その図体でその速度だと……!?
瞬時に接近し、私の身体に絡みついて押し倒そうとしてくるではないか!
お、重い、倒れたら終わりと知れども耐えられない!
あえなく私はそのまま背中から倒れ、一瞬の隙もなく頭から!なんと頭から丸呑みしてきた!!!ヒェーーーー!!!視界が赤いーーーー!!!
アンプ
「やめっ、ガッ、デッ、デカッ、ヤモッ!!!
デモリ!!!やめろデモリ!!!ピギィーーーー!!!メキョッメキョッ。」
白川
「デモリ。はっはっ、デカヤモリだからデモリ?
捻りがないっすけど、及第点!」
乙葉
「あ、あああ、アンプさんが、アンプさんの関節があらぬ方向に。」