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18/23

-18-「追跡返しだ。」

偶然であった。全くの偶然。



この日、午後に有休を取っていた私は、昼頃に退社をして帰路についていた。


有休の理由は特にない。強いて言えば、盆休みボケから順繰りに体調を戻すためだろうか。



今日は河川敷に行くこともない。この季節の昼時の河川敷は暑いし蒸している。なので、小童どもとの絡みもなく快適だ。


よし、せっかくだ。最近キーボードの調子が悪くなってきたので、秋葉原に寄ってから帰ろう。そう思って秋葉原駅に降り立った。



で、電気街口側の改札口を出てすぐのことだった。


なんか聞き慣れた声が、適当な音階を辿っていくのを耳にしてしまった。



白川

「東京はー愛せどー、なんにーもーなーい。」



乙葉

「ま、待ってよぉ、白川ちゃあん……あっすいませっ、あっごめんなさっ。」



ゲェ。


私は急いで隅の方へ身を隠す。な、なぜあいつらが。



乙葉

「お、追いついた。


ねぇね、白川ちゃん……東京まで来ちゃったけど、どこ行くの?」



白川

「ん、知りたいの?」



乙葉

「うんうんっ。」



白川

「お願いの仕方ってのがあるっすよね。」



乙葉

「えぇ……!?


お、お願いします……教えてください!」



白川

「もっと必死に!」



乙葉

「お願いしまぁすッ!はぁ、はぁ!」



白川

「もっとトイレ行きたそうな感じに!」



乙葉

「はぁうっ……お……お願いっ、しましゅ……ぅ。」



白川

「もっと怪しいクスリ欲しそうに!」



乙葉

「えへっ、えへへっ、お、お願ぁい、くだしゃい、な、なんでもしましゅからぁ、んへへっ。」



白川

「なにやってんの?」



乙葉

「し……白川ちゃんッ……!!!僕、ついに、お、怒るかも……ッ!!!」



本当に何やってるんだ、あの小童どもは……。


絶世の美少年がいかがわしいおねだりしてるもんだから、自然とイヤらしい目つきのオーディエンスが湧いていた。


あまり関わりたくない。このまま退散しよう。



……とは思ったものの。


あの者どもの追跡にはいつも辟易させられている。ストーカーとして訴えれば勝てる自信がある。


癪だ。今回は私が追跡してやるわ。



結局、乙葉は目的地を教えてもらえず、気ままに歩みを進める白川によちよちついていくことしかできないでいた。


秋葉原に降りて、行くのは西方向。駅から離れていくにつれて、人混みも少し解消されていく。それに伴い、私もほどほどに距離をとった。



乙葉

「白川ちゃん、暑い……暑いよぉ。暑くないの?」



白川

「暑いかも。でも、そんなぐだるほどじゃないっすよ。


日影を辿っていくんす。じゃあ影から出たら炎ダメージ受けるゲームね、はいスタート!」



乙葉

「えっ、は、あっ!危な!ま、待って白川ちゃん、だとしたらその道は影が少ないんじゃないの!?丸こげになっちゃうよ!?」



白川

「確かにね。この道は険しい。


けど、行く価値のある道っす。」



乙葉

「お……おぉー……。」



なんか決めセリフっぽく言われて感嘆している。


しかし、こういう児戯をするものなのだな、白川も。ちゃんと小学生ではないか。内心、少々怪しんでたぞ。



とはいえ、夏の日差しは影をも潰えさせる。ついに彼らは影の連なる道を失った。



乙葉

「お、横断歩道渡る間は影がないよ……。」



白川

「どうするかなー。


どっちかが犠牲になる?」



乙葉

「え゛。や、やだやだやだ!二人とも五体満足で進んでいきたい!」



白川

「つってもね。夜まで待つのはさすがに。


曇れー。」



……ふっ、と、暗くなる。


えぇ。嘘だろう。



乙葉

「て、天候兵器。」



白川

「はっはっは、んなわけ。タイミング合わせただけっす、ほら早く行こ。」



やがて、白川は一つ目の目的地へ到着した。


ここは……御茶ノ水駅。



白川

「知ってる?御茶ノ水では、水道ひねるとお茶が出てくるんだって。」



乙葉

「へぇー……お茶の名産地なんだね!」



違う。騙されてるぞ、乙葉少年。静岡のどこかにはそういう蛇口が用意されてるところもあると聞くが、ここじゃない。


御茶ノ水駅すぐそばのレトロな橋から、二人は神田川を眺めた。そこには、丸の内線、千代田線、総武線の3本の電車路線が上手いこと交錯する光景があった。そこそこ写真家の方々もいるように見える。



乙葉

「川だねぇ。なに川かなぁ?」



白川

「道頓堀川。」



乙葉

「へぇー……。聞いたことあるかも。」



違う。それ大阪。


しかし、乙葉は白川の言うことをなんでも信じてしまう。素直といえば聞こえはいいが、愚直すぎるとも言える。


あぁ。彼の中では、某虎印の野球団が勝つとファンが飛び込むことで有名な川が、なぜか東京にあることになってしまったのだ。



これにて旅は終わったかと思えば違うようだった。そこからさらに南下を始める白川。乙葉は小鴨のようについていく。


暑さはさらに加速していく。乙葉はすでにへとへとであった。



乙葉

「白川ちゃん、待ってぇ……。」



白川

「待たないっすよ。がんばるっす。」



乙葉

「へぇ、へぇ……。」



白川

「ふにゃふにゃっすな。じゃあほら、手ぇ繋ご。」



少女は躊躇いなく少年と手を組んだ。乙葉は瞬時に最高体温をマークし、熱中症が急速に進んでいく。顔真っ赤になって湯気さえ見て取れる。



乙葉

「あ、あ、あの、白川ちゃ、ま、待って。ぼ、僕、今は汗っぽくて、その、恥ずかしくて、その。」



白川

「暑いんだから汗っぽくて当然でしょ。」



男前な白川。乙女な乙葉。私はこんな激暑の中、なにを見させられてるんだ。


私のこの手には、相手がいない。何の不満も無かったはずなのに……くっ、子どものこういう切り抜かれた一場面が、角を立てて私に突き刺さるのだ。



南下して皇居近辺を通る。大きなお堀を橋の上から眺めていた乙葉。ちょんと背中を突っついて驚かせる白川。子犬の悲鳴みたいな声をあげて腰抜かした乙葉。自分で驚かせたくせに鼻で笑って済ませた白川。貴様ら、楽しそうだな。


さらに歩いて、東京駅を過ぎていく。てっきり東京駅から帰宅するのかと思ったのだが。



やがて到着したのは、高級店勢揃いの街並み……銀座であった。



乙葉

「わ……た、高そう。」



白川

「ザギンっすねぇ。金魚展やってるみたいっすね、見にいく?」



乙葉

「い、行きたいけどお金ない……。」



白川

「白川ファイナンスご利用になります?」



乙葉

「こ、怖くて使えない……。」



賢明だ。白川から金借りるのは危険すぎる。そうでなくても乙葉は河川敷までの電車賃を白川に負担してもらっているという。これ以上は肝臓取られることだろう。



特に銀座で買い物をするわけでもなく、そのまま銀座駅へ。北上して数駅、彼女たちが降り立ったのは後楽園駅。



乙葉

「わぁ……東京ドーム!おっきいねぇ!東京ドーム1個分だねぇ!」



白川

「知ってる?東京ドームは、東京ドーム1個分じゃないんだって。」



乙葉

「えっ?


……え?」



……へ?


なに?わ、私まで混乱するのだが。


生レモン一個に含まれるビタミンCはレモン数個分みたいな、そういう罠か!?



白川

「なーんちゃって。」



この小童。平気で嘘つく奴だな。しかも今の、私まで騙されかけたぞ。



乙葉

「白川ちゃんって……本当と嘘が全然わかんない。白川ちゃんの言ってるの全部、本当のことに聞こえちゃうよ……。」



白川

「はっはっは、それでいいんすよ。」



白川はイタズラな微笑みで乙葉に近寄る。汗が伝っている頬をぺとりと撫でてながら耳元で囁くのだ。



白川

「なぁんにも考えず、私のことだけ信じてればいいんすよ……。そしたら私が、ジロちゃんのちっちゃい胸の中、満たしてあげちゃうっす……。」



首筋を、鎖骨を、そして胸を指先でなぞる。


純朴少年乙葉、それだけで禁断の領域に突入しかけていた。小学生がしちゃいけない面してるぞ。道ゆく人々もつい足を止めてしまっているわ。



白川

「っへ。惚れたなー?」



乙葉

「ハッ。ぼ、僕はいったい。」



白川

「さ、行くっすよー。次が最後の目的地っす。


いっけぶっくろー。」

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