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-17-「何かを望まれているのかね。」

盆休み明けの仕事は深めの残業となった。今回ばかりは仕方ない、急なトラブルを無視して帰るほど薄情ではないよ。


夜中は10時を過ぎる頃。今日はまっすぐ帰ろうと思ったのだが、無意識に足が河川敷に向いていた。



月夜。ここ最近の雨天では珍しい。雲こそあれど、月の周りを避けるように揺蕩うのみである。



アンプ

「ふむ……。


天の海に、雲の波立、月の舟。星の林に、漕ぎ隠る見ゆ。」



万葉集にある、この憧憬に相応しき短歌を詠んでみた。雰囲気出るじゃないの。



ザバッ。水面に映る月が揺れていた。



アンプ

「アノム。」



アノム

「うん、ボクはアノム!」



触角をキチキチと鳴らして挨拶表現をする。夜間にのみ出現するこの超生命体少年は、乙葉の話だと怪談になりつつある。



アノム

「あのね、また本落ちてた。読んで!」



それは不法投棄されたモノである。江戸川はアノムの支配領域であり、そこに落ちてるものはすべてアノムのものである……と、自論を語っていた。アノマロカリスに代々受け継がれた生態系の頂点としての矜持なのか?



アンプ

「しかし、何の本だね……。」



アノム

「わかんない。絵、描いてある。」



アンプ

「漫画本かね。どれ……。


クォッ。」



端的に言えば、青年誌であった。表現が難しいが、裸の女性の胸元に差し込む謎の光が消えてる程度のレベルであろうか?


あるいは、初々しい者からすると有害図書だが、歴戦の猛者たちからは真顔で閲覧される程度のレベル?あぁもう知らん!



アノム

「これ、女の人。これ、男の人。なんか顔がね、赤くなってるの、狭いとこで。」



それは青春ラブコメディものによくある、男女でロッカー封じ込めのシーンである。風通しのない暑苦しい閉所に、二人の熱量が相まって怪しく淫らなスチームで満たされている。



アノム

「しょーろんぽー?」



アンプ

「蒸し料理の作り方の擬人化ではない……。


まぁその……まだ知るには早いのではないかね。」



しかし、知的好奇心旺盛なアノマロカリスはずいと私に迫る。



アノム

「早くなーい!ないよ!知りたいよー!」



アンプ

「知らぬが仏、だ。人類叡智の諺が一つである。


それよりアノム、大切なこととやらは思い出せたのか?」



話を反らしがてら、アノムが前々から言ってた件について言及する。


復習であるが、アノムは何かを忘れているという。そのことを白川になんとなく伝えてみたら、『忘れてても楽しく過ごせる程度のことなんじゃないの』と適当こいていた。



アノム

「ううん、わかんない。


でもね……時々、ずくって、頭が痛くなる。キミと一緒に本を読んだり、お昼にキミたちが遊んでるのを見てたりすると……ずくって。」



アンプ

「頭痛持ちかね。大変だな……。


私も気圧変化で頭痛になるタチでな。頭痛薬を常備しているのだ。あまりにキツかったらそれを……いや。アノマロカリスに与えていいのか……?」



アノムは立ち上がった。


月を見て、触角を少し風にたなびかせている。



アノム

「早く思い出したいな。きっと素敵なことなんだと思うの。


ゆゆ、キミやみんなのこと、幸せにできることだったらいいなぁ。」



アンプ

「……そうだったらいいな。まあ、焦らずに思い出していくといい。


さぁ、復習だ。ことわざの本、覚えているな……急いてはものを?」



アノム

「仕損じる!


急いじゃ失敗するんだよね!よく覚えてるでしょ!」



アンプ

「うーむ、実に勤勉である。脅威の習得速度だ。


褒めて遣わす。」



アノム

「ゆゆゆ……!」



河川敷に、彼の不思議な声が響いていた。


これだけの勢いで学んでいる。いつか、いつしか、彼は辿り着くことだろう。その忘れていることとやらに。


ただ、一抹の不安もある。アノマロカリスの忘れごとって予想つかないからな。実は河川敷に人骨見つけたの忘れてたとかじゃないだろうな……。



そうしてアノムと別れ、帰って眠る。



夢を見た。



私は、真っ暗な場所にいる。


身体は重く、自らではとても動かせない。


しかし、確実に動いている。場所が動いているのだろうか?


ひどく長い時間をかけて、私はどこかへと動かされている。



闇の中に、時折、赤い輪郭が見える。まるで夜空に映した星座の図のように。


その姿は見覚えのない生き物ばかりだ。エビのようだったり、カブトガニのようだったり、ナマコのようだったり、あるいはまったく例のない生物だったりする。


ふと気づいて、上を見てみる。


上にも生物たちの輪郭が見えていた。すぐ上には魚のような生物が多い。そのさらに上にはウーパールーパーみたいのが。遠方には、非常に巨大な生物たちが見える……恐竜だろうか、あれ。



ここは……?


墓場なのか……?



「ゆゆゆ。」



どこかで声が響いた。



「思い出せないよ……。」



「ボク、何しなきゃいけないの?」



「みんな、なんでボクを見てるの……?」



不安そうな声が闇に消えていった。



そして、目が覚める。


自然と息が荒くなっていた。


夢にしては……やけに鮮明だった。



…………。



その日の夕方。


いつも通りに小童がいて、ロボがいて、ヤギまでいた。



乙葉

「聞きましたか、アンプさん……あのね、怖い話が増えたんですよ!


夜ね、小さな男の子が……世にも奇妙な姿の男に襲われるって話!」



……その言い草、少年の方が普通で男の方がバケモノみたいだな。


おい。

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