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12/23

-12-「エアコン風邪に注意せよ。」

寒い。7月も終わり、夏真っ盛りなのに。


私は本当に風邪を引いていた。それはもう、ヤギに小突かれて悪夢のような幻覚を見るほどに。


今は感染症が流行りの時期である。我が愉悦の地である河川敷へ行けないのは心苦しいが、仕方あるまい。



ここは河川敷に近い……わけではない、我が家。亀戸水神駅より徒歩十数分の賃貸である。1LDKの広々した空間は全て余すことなく私のものだ。よってこの空間は私の城と言っても過言ではないのである。賃貸の城。



くっ、私としたことが風邪だと。エアコンの連続使用が災いと成したのか。しかしこの灼熱の日本の夏、そうでもせねばセルフサウナである。


熱中症でくたばるくらいなら、エアコン風邪引いてる方がまだ良いというものだ。


偶然にも今日が土曜であるため、仕事はない。しっかり休んで月曜に備えねばなるまい。



その時、部屋のインターホンがけたたましく鳴り響いた。音量は最小にしてあるのだが、なおも静寂を切り裂いてくる。心臓に悪い。


重い身体を引きずり、インターホンへ向かう。


実は、引きずっているのは風邪だけのせいではない。昨日、カルトヤギのカプリに小突かれた右の脛が痛むのだった。今までにないサイズのアザになっていて、どことなく……ヤギの生首のような紋様に……。


いいや!!!んなわけあるか!!!シミュラクラ現象的なヤツであろう!!!



カメラの映像が映っている。映像が粗いため、目を凝らして見る……。


……ん?


此奴、ヤノハロボではないか?なぜここに。



通話を押し、痛む喉から声を捻り出した。



アンプ

「はい。」



少女はここでもロボの真似を欠かさない。なるべく平坦な声色を目指し、用件を話した。



ヤノハ

「対話モード起動。敬語を忘れずに。


江戸川河川敷環境維持サポートロボットのヤノハです。白川様よりご用件を承り、馳せ参じました。開錠を願います。」



白川……使えるものはなんでも使いおって。



アンプ

「断った場合はどうなるのだ。」



ヤノハ

「依頼主より、任務特例装備の使用が許可されています。強制開錠を行います。」



なに勝手におぞましそうな装備の許可を出してるのだ。普通に犯罪だぞ、犯罪!


だが……私の悪い癖だ。気になると、知りたくなってしまう。



アンプ

「やれるものならやってみたまえ。この103号室まで来れたのなら応対しようではないか。……とはいえ、悪いことをすれば通報システムみたいなのが作動するだろうがな。」



ヤノハ

「いじわるを確認。


承知いたしました。少々手荒になりますが、ご承知おきください。」



そう告げて、ヤノハは一旦その場を後にする。はて、何をするつもりなのだろうか……。





……しばらく経った。


ものの30分くらいだ。逆に何も音沙汰がないから怖くなるくらいである。戸締りは完璧だし、不審な姿も見受けられない。



その時。インターホンが鳴る。


出てみると、普通の宅配員であった。



「宅配でーす。」



まぁ、そう言われれば入れるしかあるまいな。


開錠ボタンを押して、玄関へ向かう。扉を開くと、そこには宅配員……。



……だけじゃない!!!後ろにひっそりとおる!!!ヤノハロボ!!!



「ご注文のピザです。合計4200円になります。」



アンプ

「ワッツ!?た、頼んでな……ハァッ!!!」



すべてのピースが合致した。


ヤノハ、此奴……ピザを私の住所宛てに注文しおったのか!?そのどさくさに紛れて侵入をしようとは……ッ!!!



「……お客様?」



あまりにしてやられて、悔しさのあまりに真っ白になっていた。宅配員を待たすわけにもいかず、呆然としたまま着払い。


4200円。あぁ、4200円。痛い。痛すぎる。



ヤノハ

「素直に開錠いただければよかったですのに。ピポポ。」



アンプ

「貴様……ッ。」



ヤノハ

「ヤノハは確かに103号室の玄関に到着しました。あなたはヤノハを迎え入れることになっています。」



アンプ

「こんな詐欺じみたやり方でッ!」



ヤノハ

「『やれるものならやってみろ』とのオーダーでしたので。


あなたのご要望に添えなかったようでしたら申し訳ありません。次回は指示内容を具体的にしてみることをおすすめします。」



対話型AIとでも話している気分だ。虚しく、やるせなくなってくる、もう。


力無くも家に入れた。風邪引いてるというのに平気な顔して入りおって。移っても知らないからな。



ヤノハ

「解析開始。」



アンプ

「な、なにを解析してるのだ!?」



ヤノハ

「依頼主からのサブオーダーです。巣の状況を把握するようにと。」



アンプ

「巣ゥ言うなっつーーーーの!!!」



ヤノハ

「解析完了。一般的な独身男性の範疇といえる内装です。」



アンプ

「……というか貴様、何しに来たのだ。」



ヤノハ

「ヤノハは依頼主よりこちらを渡すように承りました。」



それは、小さな袋。


恐る恐る受け取り、中身を見てみると……。



アンプ

「……風邪薬。」



ヤノハ

「『さっさと治すっす』と、伝言を承りました。また、依頼主と親しい方からも、『また元気になって河川敷で会いましょうね!』、『ヤモモ』とのメッセージをいただいております。」



……彼奴ら。


今まで積み重ねてきた禍根を拭うことはできないにしろ……間違いなく貴様らは善い事をしたぞ。


施しには感謝をせねばな。我々は、過去を抜きにして、利益を無視して、年の差を気にせずに、大小関わらず、感謝をするべきなのだ。


少なからず私は、条件を設けずに感謝できる人間であることが、自分に自信を持つ第一歩であると信じてきたのだ。



ヤノハ

「では、これにて。」



アンプ

「待て。最後に聞きたい。


住所はどうやって?」



ヤノハ

「ヤノハはその情報を秘匿する義務があります。依頼主との契約です。」



それは暗に、白川がめちゃくちゃ黒だって表してるんだよ。


犯罪には懲罰を与えねばな。我々は、過去を抜きにして、利益を無視して、年の差を気にせずに、大小関わらず、罰するべきなのだ。


少なからず私は、条件を設けずに罰せる人間であることが、自分に自信を持つ第一歩であると信じてきたのだ。



ヤノハ

「では、これにて。もぐもぐ。もぐもぐ。」



いつの間にかピザを食べながら早足で逃げ去った食い逃げロボ。


あぁ。なんか久々に良い話で終わるかなと思っていたのにな。あーあ。ゲホッ。悪化するわ、風邪。

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