-11-「ロボ少女と……アクマ山羊?」
ピポポッ。
ピピポッ。
ピピッ。
「ゴミ発見。回収完了。ゴミ発見。回収完了。」
一度認識してしまうと、気になってしまう。知らぬが仏とはよく言うものだ。
アンプ
「なぁ、白川。貴様、私よりよっぽど河川敷の生態系を観察してきたのだろう。
なんだあの……ロボットの真似してる女子高生は。」
白川は、シロツメグサでデモリ人形を作りながら応えた。
白川
「おや。ようこそ、江戸川河川敷生態系研究会へ。
まぁ、私が知ってる分としちゃあ……。」
彼女は自らを、江戸川河川敷環境維持サポートロボット『ヤノハ』と名乗っている。
河川敷の美化を司るロボットとしての自負があり、暇があれば常にゴミを拾ったり草を刈ったりしているとか。
白川
「まぁ、一般人から見たら……不思議ちゃんだけど、ボランティアで清掃してくれてる良い子って認識っすな。
無料記事ここまで。続きはいかが?初回100円でいいっすよ。」
アンプ
「商売上手だな……。」
100円玉を捧げると、デモリ草人形の右目にはめ込んだ。片目だけが光り輝いている。
白川
「じゃあ、ジロちゃんの情報をあげるっす。ほら、ジロちゃんもなんか知ってることあるでしょ。」
完全に油断して、わたあめみたいな雲を口ぽかんと開けて眺めていた乙葉。急に夢から引き戻されて、目をパチクリさせていた。
乙葉
「え、な、なぁに、なんの話!?」
白川
「ほう、私に二度も同じことを言わせるんすか。ほう。」
乙葉
「ご、ごめんなさい……。」
白川は面倒そうに同じことを伝える。この二人によくある光景であった。
白川が思い出したかのように乙葉へ話を振ると、たいていの場合、彼は意識がどこかに旅立っている。そして二度手間を踏むことになり、白川が面倒そうに再説明し、乙葉は次こそ聞き逃さないよう真剣に耳を傾けるのだった。
白川
「ってわけ。はい、100円分は語って。」
乙葉
「え、えぇー……僕もよく分かんない、けどなぁ。
あっ、でも……。」
背中に背負っている投票箱のような金属製ランドセル?には、彼女の生活道具だけでなく、清掃活動に必要なアイテムや様々な武器が入っているらしい。
乙葉自身は、ホウキ、鎌、大きなビニール袋、強烈な光の出るライト、爆竹、謎のリモコンの出現を確認している。色々出てくるものだな。内部の容量どうなってるんだ。
そして、納得した。アノムが言っていたビームというのは、この強烈な光のライトのことだったのかもしれない。
白川
「もう100円でさらに追加情報っす。」
アンプ
「ふん……まぁ、ここまで来たら知ってしまおう。半端は気持ちが悪いというものだ。」
さらに100円を与えると、デモリ草人形の左目にはめ込み、これをもって人形は完成したようだった。
その制作物をデモリの頭に乗せると、デモリは嬉しそうに白川に擦り寄っていた。忠実なる犬かコイツは。自分を見失うな、貴様はヤモリ……のはずだ。
白川
「じゃあ、私が直接調査してくるっす!」
白川が土手の坂道を下り、ヤノハという女子高生のもとへと近づいていった。こういう行動力は見習わねばならない。
ヤノハは一瞬、警戒態勢を敷いた。金属製ランドセルの電飾が赤色に点滅していた。だが、相手が年下の女児であると分かると、警戒を解き、元の緑色に常灯するようになった。油断したな、外見と内見が一致しないぞ其奴は。
そして、いくつか会話を交わすことに成功していた。未知との遭遇である。
…………して。
「メェー。」
白川が環境維持ロボと談義している傍らであった。
件のヤギが、私の近く2m近辺に迫っていた。いつの間に……。
「メェー。」
アンプ
「……しっしっ。半径85cmはこの手の届く距離だ。我が領域に近寄るでない。」
「メェー。」
構わず草を食べ続けるヤギ。
改めてヤギの目を見ると、少々恐ろしい。瞳が横一文字というのは見慣れないからだろうか。
すると、ヤギはこちらに目を合わせた。ぶつかり合う視線。なぜか私は、このヤギの目から視線を離せなくなった。別にテレパシーとかはない。自己意思で目を背けるのは簡単なはずなのだが……。
というか、なんだろう、この奇妙な感覚。
……私は今、このヤギに品定めされているような感覚にあった。
「メ。」
やがてヤギは、私をどう判断したかは分からないが、再び足元の草を食べ始めたのであった。
いつの間にか、私の頬には一筋の汗が流れていた。くっ、ヤギ如きに緊張していたとでも言うのか。悔しい。
そんな得体の知れない白い悪魔に対して、きゃわわ〜っと馴れ馴れしく近づいていくのは乙葉少年。動物には親しげに接するタイプである。
乙葉
「よしよし、いい子だねぇ、草おいしいねぇ。お日様の匂いするねぇ。」
アンプ
「……なぁ。そのヤギは、なんなのだ?」
乙葉
「え、知らないんですか?
河川敷の除草を任されてるヤギさんですよっ。こうやって草を食べて、土手の景観を綺麗にしてくれてるんです!」
おぉ、ニュースで見たことがあるぞ。最近はエコで手軽な草むしり手段ということで、草を主食とするヤギをレンタルするというのが流行ってるらしいではないか。放置していても勝手に草が刈られるというのは大きなメリットである。
途端にこのヤギの底が知れた気がした。ふっ、貴様も所詮は社会の歯車か。いくら怪しげな雰囲気を纏っていようとも、貴様はただの草刈り要員なのである。
乙葉
「わ、どこ行くのヤギさん、あっ。」
嘲りを察したのだろうか。
ヤギは私の前に接近して、軽くその頭を膝にぶつけてきた。激しい頭突きでは決してない。ちょっと机に足をぶつけたくらいの、少しさするくらいで立ち消えるような痛みでしかない。
だが、此奴のそれは何かが……いや、何もかもが違った。
当たった瞬間、脳内に気味の悪い声が反響する。何かの無機質な声を逆再生しているような……。
そして、視界が一瞬にして真っ赤に染まる。世界は赤と黒に二極化され、酷い頭痛と耳鳴りが私を内側から破壊していく。
耐えきれず、その場で膝を崩して地に四つん這いになってしまった。
その時。全てが嘘だったかのように立ち消える。
……へ?ど、どういうことだ?今、確かに地獄みたいな景色になったはずだろう!?
驚いて、咄嗟に頭を上げた。
目の前にはヤギの顔があった。
私を見つめて、鳴いた。
「メェー。」
私は全身から汗が吹き出て、代わりに力が全て奪われたかのようにへたり込んだ。
い、今、此奴、しゃ、喋らなかった?いや、私がそう誤解するほどの覇気だったのか?
アンプ
「こ、此奴はヤギじゃない。ヤギじゃない!!!」
乙葉
「ど、どうしたんですかぁ……?どう見てもヤギさんですよ、ねぇヤギさん?」
乙葉はヤギの頭を撫でた。ヤギは何の抵抗もなく、撫でられているのみである。
その首には首輪が付けられて、喉元には『Capri』と刻まれたタグが、カラカラと音を鳴らしていた。
……い、いや、気のせいかもしれないな。ヤギ如きにそんなオカルトな能力があるわけが。
しかし、アノムのような未確認生物を見てしまった手前、一概に否定するわけにも……要注意である。
白川
「うぉーい、エンカウントしてきたっすよ。
ん、なんすか。ヤギと遊んじゃって。私が仕事してる間に。楽しかった?」
乙葉
「うんっ!白川ちゃんは?」
白川
「収穫ありっす。ヤノハは定期清掃を終えたってんでロボのように定時に帰っちゃったっす。この時期の平日は18時30分までって設定されてるんだって。
……アンプ?どしたの?夏風邪?」
アンプ
「あ……あぁ、か、風邪、か。もしかしたら、そうかもしれない。きっとそうだ、風邪かなにかだろう。」