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 さて、遅くなったけどエルの特殊な才能と彼女の始めた商売について話そう。


 勘がよければもう気付いているかもしれないけど、彼女は人の心を読むことができる。

 周りにいる人の心を際限なく細大漏らさず全部だ。

 あの時の予言はクラスメイトたちの心を読み取っての予想だったらしい。


 ちなみに能力はほとんど制御が効かず、聞こえてくる声は結構うるさいっぽい。

 彼女がヘッドホンを手放さないのにはそういう理由がある。


 怒りも悲しみも悪意も彼女にはすべて筒抜けなのだ。

 エルは小さいころから他人のむき出しの感情にさらされてきた。

 あの妙に大人っぽいというかスレた感じはそういうところに由来する。


 彼女は世の中に絶望していた。

 未来に希望を見いだせないでいた。

 多分、イジメられていた僕よりもずっとずっと深く悩んでいた。


 そんなエルは唯一心を読み取れない相手に出会った。

 それが僕だ。

 彼女はしきりに不思議がった。


「どういうことだろうねえ」

「自分がないんじゃない?」


 僕が割と本気でそう返すと、彼女はそうかもね、とうなずいた後、


「でも、だったらキミが自己主張のない人で本当よかったよ」


 と笑った。

 僕はちょっと複雑な気分だったけど、彼女が本当にうれしそうなのでそれでよしとした。


 考えてみれば僕が他の人と同じだったらエルは僕に声をかけてなんかいなかっただろうし、そうなっていれば今僕とエルはこうして話なんかしていないのだ。

 僕は僕のダメさに生まれて初めて感謝した。


 そんなことと関係あるかどうかは知らないけど。

 エルが商売を始めた。

 ここからが彼女の仕事についての話だ。


 それは小学四年の頃だったと思う。

 僕はエルが校舎裏から歩いてくるのを見かけた。


 声をかけようと手を上げたけど、エルの隣にはひょろりと背の高い男子がいて、僕は思わず立ち止まってしまった。

 エルとその男子は一言二言言葉を交わした後、すぐに別方向に歩き出した。

 もうその時には二人とも何もなかったかのような顔で、すぐにどちらの姿も廊下の角に消えた。


 僕はわけがわからないままそこに立ち尽くしていた。


 エルが僕以外の誰かと一緒にいるところなんて初めて見た。

 しかもなんかあの怪しい空気はいったいなんだ?


 同じようなことが数回続いた。

 エルはやっぱり僕の知らない別の男子と一緒にいて、人目につかない場所から何食わぬ顔で別れて歩き去って行った。


 僕の胸はざわめいた。

 エルは何かよからぬことに手を出してるんじゃないだろうか。

 その頃学校の中でも性を売り物にしている女子がいるらしいと噂になっていて、僕その具体的な意味は知らないながらも胸中の不安はさらに膨らんだ。


 エルに会うたび訊ねたくて仕方がなかった。

 この時ばかりは相手の心を読み取れる彼女がうらやましかった。

 彼女は怒るかもしれないけど。

 彼女は僕を通して「普通」とはどんなものなのか感じているはずだから。


 池田詩織と出会ったのはそんな時だ。


「ちょっと岡崎さん! 来てもらえるかしら!」


 雑談をしているところに突然声をかけられて、僕とエルは顔を上げた。

 そこには三つ編みに眼鏡で目つきのきつい、いかにも委員長な女子がいて、まあ実際学級委員長なんだけど、僕たちをにらんでいた。

 その後ろにも気の弱そうなおどおどとした女子がいる。


「何か用?」


 エルはかったるそうに言うけど、


「いいから来なさい!」


 と、その女子、池田詩織はエルを無理矢理引っ張って行ってしまった。

 僕はもちろん不安に思ったけど、どこかほっとしているのも事実だった。

 池田がエルの不審な行動を諫めてくれるんじゃないかと思ったのだ。


「あーひどい目に遭った」


 しばらくして戻ってきたエルは、ほぐすように肩を回した。


「大丈夫だった……?」

「へーきへーき」

「なんて?」

「わたしあの地味な子に付きまとったからね、接近禁止命令」


 そう言って親指で指したのは、さっきの気の弱そうな女子だ。

 名前は何だったか覚えてない。


「付きまとった? なんで?」

「ちょっと。仕事の関係で」

「仕事ってなんだよ」


 僕はその時ちょっとイラっとしたんだ。


「エル、最近なんか変だよ。僕に黙ってよくないことやってない?」

「……」


 エルは無言で僕を見た。

 彼女は小柄だから自然と見上げる形だった。

 問いただしたのは僕なのに、なんだか僕が叱られているような気分になった。


「大丈夫。やってない」

「……本当?」

「ありがとう、心配してくれてるんだね」


 彼女は小さく微笑んだ。


「でも大丈夫。初仕事だからね。ちょっと張り切ってるだけ。全部終わったらキミにも話すよ」


 ならいいけど、とは僕は言えなかった。

 仕事ってなんだよ。今話せないのはなんでだよ。


 でもそれ以上食い下がることもできなかった。

 うつむいて言葉を探しているうちに授業開始のチャイムがなった。

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