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 僕の性格について。


 自分でいうのもなんだけど、僕はかなり情けない。

 見た目もぱっとしないし勉強も運動もダメだ。

 すぐおどおどするし、自信はないし、誰か強い奴か大勢の後ろに付き従ってないと不安で不安でしょうがない。


 それは今も昔もあんまり変わっていなくて、エルと過ごすようになって少しはマシになったかもって思いたいけど、人の本性っていうのはそんなに都合よくはできていない。

 僕はだから幼稚園の時もガキ大将な奴にいいように使われていたし、ごっこ遊びではやられ役ばっかりだったし、おもちゃは五番目くらいに人気のものしか使わせてもらえなかった。


 そしてそれは小学校の時も例外じゃない。

 昼休みのドッジボールでもそうだった。


「優斗! 避けんじゃねえよズル野郎!」


 僕はその怒鳴り声を聞いて、反射的に体を硬直させてしまった。

 その途端顔面を衝撃が突き抜けて、僕はグラウンドに転がった。


「はいアウト! へっ、マジで止まってやんの」


 顔を上げた先で体格のいい男子がボールを拾い上げた。

 よろよろと起き上がって鼻を押さえるけれど、彼はそんなことはお構いなしでしっしっという手つきで僕を追い払う。


「ほらさっさと起きて外野行けよ」


 周りでくすくす笑い声が上がる。

 僕は顔を真っ赤にして急いで走る。

 でもその足にまたボールを投げられて、僕は無様にまた転ぶ。


「そういや顔面はセーフだからもう一回当てといたわ」


 そしてまた早く起きろやとはやされて、必死にもがくけどなんだか胸はしくしくするし、手足はしびれたように力が抜けていくし、海に溺れていくような気分だ。

 何が何だかわからないまま地獄のように長い昼休みの後、ようやく授業の時間になって、僕はつかの間の休息を机に突っ伏す。


 ああ、いつまで続くんだろう、と思った。

 先生に言おうにも、担任は僕よりあいつの味方だし。

 っていうか社交性のない僕の面倒をあいつがわざわざ見てくれてるみたいに思われてるみたいだし。


 まさか卒業までは続かないよな。

 いつかはきっと終わるよな。


 でも不意に、これが終わっても次があるのかもしれないと思う。

 今僕を虐げている奴がいなくなっても次のガキ大将が多分きっと現れるんじゃないか?

 大人になって仕事をするようになったって僕はそこでも死ぬまでいじめられるんじゃないか?

 そのことに気付いてしまって、どうしようもなく体がぶるぶる震えた。


 学校が終わって放課後になっても、僕はそこから動けなかった。

 誰かがちょっかいをかけてくると思ったけど、おもちゃで遊ぶ時間も終わったということなのかそれもなくて、ほっとしたようなでも寂しいような、よくわからない気持ちになる。


 宙を見上げたまま長いことぼーっとしていた。

 そのまま時計が四時を指して、さらに五時を回った。


「わたしの言ったこと当たったね」


 聞こえてきた声に横を向くと、岡崎ガブリエルがヘッドホンを外したところだった。

 気付かなかったけどずっと隣の席にいたらしい。

 そういえばあのシャカシャカ音がずっとしていた気がする。


「……なんのこと?」


 僕がそう訊ねると、彼女は音楽プレーヤーの電源を切った。

 ヘッドホンからの音漏れが止まった。


「覚えてないなら別にいいよ」


 そう言って帰ろうとする。

 あまりに自然に出て行くので僕は慌てて呼び止めた。


「なんで僕がいじめられるってわかったの?」


 彼女は不思議そうな顔で振り向いて言った。


「あれ? 覚えてたんだ」


 実を言うといつか当たるんだろうと思ってビクついてたから、予言を忘れたことはなかった。

 いつだってそれに僕はおびえてた。

 だから、藁にもすがる気持ちで訊ねたんだ。


「ねえ教えてほしいんだ。僕はどうしたらいいの?」


 岡崎ガブリエルはきょとんとした。


「どうしたらって?」

「君は僕がいじめられるって言い当てたじゃないか。だったらどうすればこれが終わるかも知ってるんだろ? 教えてくれよ」


 彼女の予言が僕をこの窮地に追い込んだのなら、この状況を上書きするのも彼女の予言の力だけだ。

 彼女の能力がどういったものか知った今から考えれば馬鹿みたいな話だけど、でも僕はその時本気でそう信じてた。


「それは無理かな」

「なんで」

「人の立ち位置って大体決まってるんだよね。いじめられる人はどうあがいてもいじめられる運命なの」


 無慈悲な言葉に僕は絶句した。

 くしくもそれは僕がさっき考えていたことと全く同じだった。

 僕はやっぱり死ぬまで馬鹿にされて生きるんだ。

 岡崎ガブリエルはそんな僕を見てびっくりした顔をした。


「泣かないでよ」

「泣いてなんか……」


 うつむきながら声を震わせてのその言葉にどこまで説得力があったかは知らない。

 だけど、彼女はそんな僕を哀れに思ったのか、困ったような間を挟んでからこう言った。


「バイキンマンの話だけど、聞く?」


 僕は目元を拭いながら顔を上げた。

 彼女が肩にかけたランドセルでキーホルダーが揺れた。


「バイキンマンはね、彼の性格やお話の都合上絶対に正義の味方にはなれないの。どう頑張っても世界の邪魔者で厄介者なの。何をしても嫌われてボコボコにされて、でもそれが彼の役割なの」


 僕は意味が分からないまま聞いていた。

 岡崎ガブリエルは続ける。


「バイキンマンはみんなに褒められることはない。好かれることもない。尊敬もされない。でも彼は彼の役割をやめない。やめさせてもらえないからでもあるけど、逃げようと思ったことすらない」

「……だから見習って無駄にあがくなってこと?」

「うーん、ちょっと違うかな」


 彼女は顎に手を当てて少し考える間を置いた。


「人はアンパンマンじゃなくて、バイキンマンになった時に自分の本当を試される」


 そのつぶやきは僕に向けてじゃなくて、自分自身に向けたように聞こえた。


「自信を無くして味方もいなくてお前に正義はないと言われたその時こそ、堪えて踏ん張って、いいことだけ思い出せるかが問われるんだ」


 そして彼女はこちらに背を向けた。


「ごめん、変なこと言ったね。バイバイキン」


 僕は立ち尽くしたまま、そこに取り残された。

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