奴隷ヒロインごっこをしてくれる縄代さん
「ねえねえ多枷くん、多枷くんってさ、奴隷ヒロイン好きでしょ?」
「――!?」
いつもの放課後の帰り道。
隣を歩く縄代さんが、唐突にそう訊いてきた。
何故バレたんだッ!?
――確かに俺は、三度の飯より奴隷ヒロインが大好きだ。
昨今のファンタジー系ラノベではすっかりお馴染みになった奴隷ヒロインだが、奴隷ヒロインには全ての理想が詰まっている。
そもそも俺みたいな女性経験皆無で疑り深い男には、普通の女の人は信用できないのだ。
仮に女の子から告白されたとしても、ドッキリか、もしくはイケメンにNTRれる未来しか見えないからな。
あと俺は一昔前に流行った、暴力系ツンデレヒロインが嫌いだ。
仮に愛情の裏返しなんだとしても、暴力を振るってくるのを容認することなど俺には絶対無理。
あれに対して萌えられるのは、真正のドMくらいだろう。
――その点奴隷ヒロインなら、それらの懸念が全て解消される!
奴隷なら契約魔法とかで縛られてるので、主人公を裏切ることは絶対ないし、常に従順で主人公を持ち上げてくれる。
愛欲と自尊心を同時に満たすことのできるヒロインの理想形――それが奴隷ヒロインなのだッ!
……だが、こんなことを三次元の女の子に正直に言ったら、ドン引きされることくらい俺だってわかっている。
だからここは何としてでも、誤魔化さねば!
「さ、さあ? 何のことかな? 俺はその、何だっけ? 奴隷、ヒロイン? には、微塵も興味はないけどね?」
「んふふ~、別に私には隠さなくてもいいってば。多枷くんがいつも読んでるラノベって、『追放貴族が造るケモ耳王国』とか、『転生サラリーマンのハーレムチート無双』とか、奴隷ヒロインモノばっかじゃん」
「っ!?」
そんな!?
まさか読んでるラノベで性癖バレしていたとは!?
穴があったら、入りたい!!(炎柱)
「私はいいと思うよ、奴隷ヒロインが好きでも」
「……え」
な、縄代さん……?
「だって何かを好きになること自体に、罪はないじゃん。そりゃ他人に迷惑をかけたり、趣味嗜好を周りにも無理矢理押し付けたりするのはダメだけど、自分の中で好きなものを愛でる分には、第三者にとやかく言われる筋合いはないじゃん。私だって、好きなものの一つや二つあるしさ」
「縄代さん……」
あ、ヤバい……。
ちょっと泣きそう。
俺、縄代さんと友達になれて、本当によかった――。
「と、いうわけでさ、今から私が、奴隷ヒロインごっこしてあげるよ」
「…………ん?」
今、何と???
「じゃじゃーん」
「――!!」
縄代さんは鞄の中から何かを取り出して、俺に手渡してきた。
――それは何と、猫耳が付いたカチューシャであった。
えーーー!?!?!?
「やっぱ奴隷ヒロインといえばケモ耳でしょ? それをご主人様である多枷くんが私に着けるところから、奴隷ヒロインごっこは始まるんだよ」
「俺が縄代さんのご主人様なの!?」
そんな……!?
俺が縄代さんみたいな、ラノベの表紙に載ってるレベルの美少女のご主人様なんて……!
マジで奴隷ヒロインモノのラノベ展開そのものじゃないか……!?
待て、あわてるな、これは孔明の罠だ……!
念のためカメラを回してるドッキリ要員がいないか辺りを見渡すも、ただでさえ人通りの少ない裏路地には、猫の子一匹見当たらない。
「んふふ~、心配しなくても、ドッキリなんかじゃないって。さ、ご主人様、早く私に、猫耳をお授けください」
「あ、うん」
ま、まあ確かに、縄代さんはそんなことする人じゃないか。
むしろせっかくここまでお膳立てしてもらったんだ。
縄代さんに恥をかかせないためにも、乗ってあげようじゃないか、この奴隷ヒロインごっこに!(倒置法)
「じゃ、じゃあ、着けるね」
「はい――優しくしてくださいね、ご主人様」
「――!」
縄代さんから上目遣いで見つめられる。
はうううううう!!!!
こ、これは、早く済ませないと俺のハートが天元突破グレンラガンしてしまうッ!
俺は震える手を必死で抑えながら、そっと縄代さんの頭に猫耳カチューシャを着けた。
「あんっ」
「あっ、ゴメン!?」
が、着ける際に誤って、縄代さんの人間のほうの耳を触ってしまった。
何やってんだミカァ!(迫真)
「もう、ご主人様のえっち」
「――!?」
縄代さんがほんのりと頬を染めながら、そう言ってくる。
早くもR18の様相を呈してきたぞ???
確かに奴隷ヒロインモノとR18は切っても切れない関係とはいえ、俺たちはまだ高校生で、しかもこんな天下の往来で……!
仮にこれが小説の中の世界だとしたら、下手したらBANされてしまう……!
「では、次はこれですね」
「へ?」
続いて縄代さんが手渡してきたのは、一本のマジックペン。
何、これ?
「それでご主人様が私に、奴隷紋を刻んでください」
「奴隷紋!?」
確かに奴隷紋も、奴隷ヒロインモノの定番演出!
奴隷の証である、絶対服従の制約が付いた奴隷紋は、その厨二感溢れるデザインも相まって、俺たち奴隷ヒロインフリークたちの間でも、どの作品の奴隷紋が一番エモいかたびたび議論になるほどだ。
「で、でも、刻むって、いったいどこに?」
定番なのは、おっぷぁいの谷間の上辺りだけど、流石に……。
「ふむ、本当は私はここでも構わないんですが」
縄代さんがそのたわわなおっぷぁいの谷間の上辺りを、ぷにぷにと指で押す。
エッッッッッッッッ。
「流石に外で服を脱ぐのはマズいですもんね。今日のところは、腕に刻んでいただくことにしましょう」
縄代さんはほっそりとした柔らかそうな右腕を、俺に差し出す。
外じゃなきゃおっぷぁいの谷間の上でもよかったってこと???
ちっくせう!
海のリハク一生の不覚!!
「さあご主人様、ここに」
「あ、うん」
とはいうものの、デザインセンス皆無の俺に、ラノベに出てくるエモい感じの奴隷紋なんて描けるわけがない。
……致し方ない。
縄代さんが俺のものだということが示せればいいのだろうから――ここは俺の名前を書くことにしよう。
「じゃあ書くね」
俺はまたしても震える手を抑えながら、縄代さんのシミ一つない綺麗な肌に、ペンを走らせる。
「あんっ」
「っ!?」
が、縄代さんは唐突に艶めかしく喘いだ。
縄代さんッ!?!?
「す、すいませんご主人様。ちょっとだけ、ペンがくすぐったくて」
「あ、そっか。じゃあ、もうやめとく?」
「いえ、私もこれでも奴隷の端くれ。どうしても声は出ちゃうかもしれませんが、私に構わず最後までやってください」
「そ、そう」
そこまで言ってくれたからには、俺も覚悟を決めねばなるまい。
ペンを持つ右手に全集中し、縄代さんに奴隷紋を刻む――。
「あっ、あんっ、ご主人様……。ご主人様ぁ……!」
……くっ!
これはあくまで奴隷紋を刻んでいるだけ……!
奴隷紋を刻んでいるだけ……!!
微塵もやましいことはない、はずなんだ……!!
「さ、さあ、書けたよ」
「ハァ……、ハァ……、ありがとうございます、ご主人様」
縄代さんは心なしか恍惚とした表情で、俺に微笑みかける。
何一つ悪いことはしてないはずなのに、この津波のように押し寄せてくる背徳感は何だろう……。
――!!
この瞬間、俺は重大なことに気付いた。
「縄代さん、これ、もしかして油性マジック!?」
「いえ、水性ですからご安心ください。水で流せば、すぐ消えますから」
「あ、そうなんだ」
そりゃそうか。
あくまで奴隷ヒロインごっこだもんな。
そうか、水に流せば消えちゃうのか。
縄代さんの右腕に刻まれた、多枷志春という俺の名前を見て、少しだけ寂寥感を覚えた。
「さあご主人様、最後の仕上げはこれですよ」
「は? ――なっ!!?」
縄代さんが鞄から取り出し、手渡してきたものを見て、俺は絶句した。
――それは重量感溢れる、鉄製の首輪だったのである。
えーーー!?!?!?
こんなもの、どこで買ったの縄代さん???
「やはり奴隷といえば、首輪はマストですものね。それをご主人様が私に着けてくだされば、晴れて私はご主人様だけの奴隷ということになります」
「いや、でも流石に、これは……」
こんなところ万が一誰かに見られたら、むしろ俺のほうが社会的に抹殺されてしまうのでは?
「ご主人様は私が奴隷では、嫌なのですか?」
「――!!」
縄代さんはくりっとした大きな瞳を潤ませながら、上目遣いを向けてくる。
あーーーーーー!!!!!!!
「い、嫌じゃないよ! むしろ俺は、縄代さんにこそ、奴隷になってほしいッ!」
「――! あ、ありがとうございますご主人様。私、ご主人様の奴隷になれて、本当に幸せです」
縄代さんはとても演技とは思えないくらい、心底幸せそうに微笑んだ。
縄代さん……。
「……じゃあ、着けるよ」
「……はい」
縄代さんは目をつぶって、まるでキスするみたいに俺に顔を突き出してきた。
い、いやいや、落ち着け俺。
何か結婚式の誓いのキスみたいな雰囲気になってるけど、あくまでこれから俺が縄代さんに着けるのは、結婚指輪じゃなくて奴隷の首輪だから。
俺は最早震えることさえなくなった手で、そっと縄代さんの首に、誓いの――じゃなかった、奴隷の首輪を装着した。
「どうですかご主人様。この首輪、私に似合ってますか」
「ああ、とっても似合ってるよ」
頭に揺れる猫耳。
右腕に刻まれた俺の名前。
そして奴隷の代名詞である首輪。
――美しい。
何て美しいんだろう。
今の縄代さんは、俺が長年追い求めた、理想の奴隷ヒロインそのものだ――。
「んふふ、ありがとうございますご主人様。ではこれからもご主人様だけの奴隷として、末永くよろしくお願いしますね」
「あ、うん、こちらこそ」
縄代さんは奴隷ヒロインらしく、折り目正しく俺に頭を下げた。
な、何か新婚夫婦の挨拶みたいだな……。
「では、また明日学校で」
「え? な、縄代さん?」
縄代さんはニコっと一つ微笑むと、曲がり角の先に消えていってしまった。
そ、その格好のまま家に帰るの???
「ん?」
その翌日。
昨日の天国のような、縄代さんとの奴隷ヒロインごっこを反芻しながら教室の扉を開けると、クラスの中心に人だかりができていた。
何かあったのかな?
「あっ、来た来た多枷! オイお前、なかなかいい趣味してんな!」
「虫も殺せないような顔して、意外とやること大胆だね!」
「ヒューヒューだよ! アツいアツい!」
「…………は?」
クラスメイトたちが駆け寄ってきて、俺を囃し立てる。
いったい何の話???
「――ご主人様、おはようございます」
「――!?!?」
人だかりの中心から現れた人物を見て、俺は絶句した。
それは昨日とまったく同じ、猫耳、奴隷紋、首輪の三種の神器を身に着けた、縄代さんだったのである。
えーーー!?!?!?
「な、縄代さん……、その格好は、いったいどういう……」
「あら、どうもこうも、私は昨日からご主人様の奴隷になったのですから、この格好でいるのは当然じゃありませんか」
「っ!?!?」
いや、昨日のは、あくまで奴隷ヒロインごっこだったはずでは!?
「そ、それに、あのマジックは、水性って言ってなかった?」
縄代さんの右腕には昨日と寸分違わず、多枷志春という名前が煌々と輝いている。
「んふふ、ごめんなさい。私の勘違いだったみたいで、やっぱり油性でした」
「っ!?」
縄代さんは自分の頭をコツンと叩いて、あざとく舌を出した。
こ、これは――ハメられた!
やはりあれは、孔明の罠だったのだ――!!
「これからも誠心誠意ご奉仕いたしますので、末永くよろしくお願いしますね」
縄代さんは昨日と同じく、折り目正しく俺に頭を下げた。
お、おおふ……。
「縄代さんにここまでさせたんだから、お前が一生責任持てよ、多枷!」
「そうだよ! 縄代さんを泣かせたら、私が許さないからね!」
「あ、う、うん。善処します」
「んふふ」
小悪魔のように微笑む縄代さん。
――この時俺の首に、透明な首輪がカチリとハマったような音がしたのだが、気のせいだと思いたい。
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
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