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隠れ里 第二部  作者: 葦原観月
7/11

大捕り物

    (十四)


「せんせ、どこじゃ! 賢坊っ!」


 今しがたまですぐ近くに聞こえていた那医の声が、ふつり、と切れた。

 振り向いた平佐田の目に映るのは、白ばかりだ。前に目を転じれば、幾分か速度を落とした賢坊が、ちらちらと白の中に浮かび上がる。賢坊の色の黒さに感謝だ。

 深くなりつつある白は、危険だ。平佐田は必死に賢坊を追う。さすがに〝密偵〟として教育を受けているだけあって、賢坊の足は速い。運動不足の平佐田には、追いつけそうでなかなか追いつけない。賢坊は何を思っているのか、足を止めることなく走り続けている。


ふわっ。突然、吹き付けた風に、平佐田は咄嗟に目を閉じた。

(助かった、風があれば……)

 平佐田の期待通り、開いた目には深い緑の木立が映っていた。しかし。賢坊の姿がない。

「賢坊!」

声を限りに叫び、平佐田は走る。いったいここはどこなのか。開けた平地はとても……山の中とは思えない。

 滋子と行った、聖域の入口も平坦だったが、そこよりももっと広い。まるで一つの里のような……


「どこへ行くの?」

子供の声に振り返る。

 小さな子供が立っていた。賢坊と同じくらいか。だが、子供の肌は白い。

(島の子?)平佐田は不審に思う。こんなに色白い子は島にはいない。

(坊は誰? ここはどこ?)浮かんだ疑問を押しのけるように、平佐田は子供に訊ねていた。

「賢坊を知らない?」

 にこっ、と笑った子供が、すっ、と手を伸ばす。先を辿って、平佐田は目を見張った。

 賢坊の後ろ姿がある。向かっている先には、また、白い靄が渦巻いていた。

まったく賢坊は油断も隙もない。


「ありがとう」

平佐田は急いで賢坊の後を追おうとして、ふと、智次坊のことを聞いてみようと思いついた。

 もしかしたら、ここは、異国の人たちが隠れ住んでいる郷なのかもしれない。

山深い土地には、異国から逃げてきた人たちがひっそりと暮らす場所もあると聞いた覚えがある。海に囲まれた島ならば、そんな場所があっても不思議ではない。里人が聖域として立ち入らない場所には、神=異国人たる認識が、昔から伝わっている事実もあるのだと、友人の爺は言っていた。

だとしたら子供が、山深く入り込んだ智次を見かけた可能性もある。

「ねぇ、坊は……」

振り向いた平佐田の言葉が途切れた。何とも子供はじっとしていないものだと、諦めて踵を返した平佐田に、

「智次は大丈夫。じきに戻るよ――」

子供の声が返った。

(えっ、智次坊が?)

慌てて振り返るが、やはり、子供の姿はない。しかも――

(おいは、まだ何も聞いとらん……)

気が付いた事実にぞっとする。

(な、何じゃ……) 

 足が震え、一歩も前へ踏み出せなくなった平佐田の鼻が、いきなりの異臭にひん曲がった。

 酷い臭いだ、こりぁ堪らん。と首を振り、ぱしん。と頬に痛みを感じた。

「せんせ……せんせ」え?

「わあ」でかい顔に、思わず声を上げる。

「あぁ、良かった、せんせ儂がわかるか?」

 那医さんだ。でかい顔に、見間違いはない。だが、何故、那医さんがここに……

 何が何やらの平佐田に、那医が捲し立てた。

「勝手に動き回っちゃあいかん。狩り手が囮を追っていけんすう。硫黄は濃いと危険じゃ。賢坊は独特の呼吸法を持っとる。息を止めておれる間が、長いんじゃ。心配いらんと言うたろ。うちなんちゅの密偵を舐めたらいかん」

 硫黄にやられたのは平佐田だというわけだ。

 見れば、辺りはまだ白くけぶり、先ほど見た里のような平地でもない。ごつごつとした岩肌が隆起する山道だ。


「せんせ、立てるか? せんせは戻って。儂は賢坊を探す。ちぃと硫黄が濃すぎる。いくら賢坊でも、これではまずかろ。本日は中止じゃ。賢坊を捕まえてくる」

 背を向けようとする那医の腕を平佐田は、はしっ、と掴み、「おいも行く」と立ち上がる。

 船酔いを思い出す、むかむかがあった。だが呑気に船酔いしている場合ではない。これ以上、知り合いの子供が連れ去られる事態は避けたい。


 意識を失っていた間に見た光景が平佐田を駆り立てた。異国の子供は賢坊の行先を示した。賢坊の後を追うべきだ。

 向かいに立っていた子供の指した方向に、目を向ける。ひとしきり濃く渦を巻く白は、子供が指差した通りの様だった。

 間違いはない。ふらふらと進む平佐田に、那医「はー」と息を吐き、それでも止めようとはしなかった。

「こっちか、せんせ」那医の問いに、「うんうん」と頷いた平佐田に従った那医と二人、硫黄の渦巻く洞穴へ足を踏み入れた。


     (十五)


 真っ暗なのか、真っ白なのか。よくわからない洞窟は、くねくねとうねり、上ったり下りたりで、実際どっちなのかわからなくなった。

 ただ救いは、ひゅうひゅうと吹き込む風だった。硫黄もまた、あちこちから噴き出してはいるものの、充満はしていない。確かに息苦しくはあるが、気を失うほどではなさそうだ。


「石坊め……油断ならんやつやっさー」

呟く那医に「何?」と聞けば、

「聖域の奥に岩屋がある。どうやら、そこが賊の根城だと見当をつけとった」

 遠い昔は年に一度、島神様への供え物を持って上がった社のようなものだったようだが、あまりの危険さに、今では聖域の入口辺りに社が建ててあると言う。

 島人ですら滅多に登らない聖域中の聖域、どうやら洞窟はそこへ繋がっているらしい。


「石坊っちゅうんが、儂と組んどった。賢い子でな、学問はもとより、目端が利く。島には、あちこちに洞窟がある。繋がっていない物が多いが、中には、ちょっと手を加えれば通れるものもある。石坊が見つけて手を加えたか、それとも元々繋がっていた物を見つけたか……いずれにしろ岩屋へ通じる洞窟を、賢坊に教えた、言うこっちゃ。賢坊は手柄を立てるに必死じゃ。石坊はうちなんちゅの中で、将来を期待される密偵じゃ。可愛がっとる賢坊にだけ教えたんじゃろ。儂には一言も言わなんだ」

 やられた、とばかりの那医だが、結構、嬉しそうだ。〝うちなんちゅの密偵〟は童の内から先の構図を描いているらしい。


「が。賢坊は、まだまだ子供じゃ、石坊ほどの知恵もない。子供らの親代わりとしちゃあ、とっ捕まえて尻の一つも叩いてやらにゃあならん。すまんが、せんせにも、つきおうて貰おう」

 那医の足はどんどんと速くなっている。口ではなんといっても、賢坊が心配なのだ。

「せんせ、素潜りは得意か?」の問いには、「島津の密偵を舐めたらいかん」と返したものの、立ち塞がる白にちょっとたじろいだ。

 が、さっさと突き進む敵方の密偵に遅れは取れず、平佐田は死ぬ思いで息を止めた。只でさえ息が上がる坂道を駆け上がる。


 息が漏れそうになって、必死にこらえた。異国の子供が「ふふふ」と笑う。またまた、気を失いかけているらしい。それでは駄目だと己を奮い立たせ、とりあえず数を数えてみる。

「い~ち、に~い、さん……、もうい~かい?」「ま~だだよ」

百十二まで数えて、那医が言った。

「出口じゃ」


 最後は那医に引き上げられて穴を脱出し、思わず深呼吸して、げほげほと咳き込んだ。胃の腑から逆流した酸っぱさが辛い過去を思い起こさせる。

 またまたずるずると引っ張られ、さすがの那医もばたり、と倒れた。先ほどよりはずっと薄い白に多少の咳き込みをしながらも、ぜーぜーと喘ぐ。

そんな中、「あ、あれ……」屈強なうちなんちゅが、ぶっとい指を指した。何とか顔を向けた平佐田の息が、また止まる。

 子供が駆けていく。軽快な足取りは賢坊に違いない。その後ろを追っていく男は……。


 ぼろぼろの着物をひっかけた男だ。蓬髪が風に靡いている。島で、あんな風体の男は見た覚えがない。剥き出しの手足が黒光りして逞しい。

(賊か)

 平佐田の考えを読み取ったかのように那医が頷き、

「せんせは、先に下りてくれ。この道は、慣れたもんしか行けん。足を踏み外せば、最期じゃ。舟があるはずじゃ。押さえてくれ。何としても押さえにゃあならん。頼む!」

 那医は、そのまま、ひらり、と木立の中に消えた。


(十六)


(負けちゃあおれん)


踵を返して、くらっ、とした。が、もたつく足を立て直し、平佐田は坂を下る。一本道のようだが、ざりざりとした足元が、よく滑る。

 ついに転んだ平佐田は、ずるずると滑って道を外れた。咄嗟に掴んだ木の根に命拾いをした。滑った足先が、ぶらり、と浮いている。勢いよく潮風が平佐田の頬を叩いた。


「しっかりしろ」


 道に戻ってゆくゆく周りを見渡せば、そこかしこに侵食されて削られた箇所がある。半分ぶら下がっているような大木が潮風になぶられ、悲鳴を上げているかに見えた。


 背筋がぞっとする。もちろん地続きで下っている箇所もある。だが、平佐田にはとうてい駆け降りるは不可能だ。ところどころに岩肌を覗かせる、海に真っ逆さまだろう。

 幾分か慎重に足を速めれば、白がもやもやと漂い始める。道は急で、果てして真っ直ぐなのかどうなのかもわからない。


 勘たるものが皆無の平佐田は、どうしても腰が引ける。だが、早く下りなくてはならない。那医が途中で賊から賢坊を奪い返すことができればいいが、まんまと賊が山を下り、相棒と共に舟を出せば、お手上げだ。


(いけんしよう)

へなちょこでも命は惜しい。

(白が晴れて道が見えるまで待つか)

思い始めた平佐田に、ちらちらと黄色い色が目についた。

(蝶?)

 目を凝らせば黄色だけでなく、紅や紫、若竹色がひらひらと風に靡いている。恐る恐る近づいて、紐だと知った。少しずつ距離を置いて下っている。


(そうか!)

 合点した平佐田は紐を辿って足を速める。最後の色をやり過ごし、滋子に叩かれた聖域へと辿り着いた。

 日が傾きかけている。日が落ちる前に何とか、賊の相方を見つけ出さなくてはならない。広い島の中で、潜んでいる賊を探す仕事は難儀だがおそらく、ここからそう離れた場所には、いないはずだ。

 

子供を連れて山を下り、歩き回る行為は命取りだ。できれば山から近く、こっそりと舟を舫っておけそうな場所……。

 平佐田には三か所ほど思い当たる場があった。伊達に一年も島暮らしをしていた訳じゃない。機会があったらさりげなく、滋子を誘って行ってみようかと思っていた場所は、島人もあまり近寄らない場所だ。

 助平心も役に立つこともある。


(まずは急ぐべし)

 平佐田は海を目指して、ひたすらに山を駆け下りた。

 途中、いきなり飛び出してきた蛇に度胆を抜かれ、顔に突撃してきた蝙蝠にのけぞった。

 追ってくる得体の知れない足音に怯えながらも、なんとかあと少しで見張りの木に辿り着く地点で、いきなり現れた影にたたらを踏んだ。


「わあっ」「ひいっ」

互いに声を上げる。


 誰彼(たそがれ)時の出会いは、相手の顔が良く見えない。とにかくにも人である事実を確認した平佐田は、何故か胸がほっとした。ところが。


「わっ。薩摩が攻めてきた!」


 ひと昔前のうちなんちゅのような言葉を吐き、くるり、と背を向ける男は……島人であるはずがない。

「こらっ。待てっ!」

探す手間が省けたのであるから、捕まえない手はない。

どうやら平佐田にびびっている様子が、平佐田を勇気づけた。勢い込んで後を追う。

 賊が逃げ込んだ道は、今まで平佐田が通った経験のない、藪だらけの道だった。木々の枝が平佐田を叩く。


 前を行く賊は、ひぃひぃ言いながらも、足を速めている。よほど怖がっているようだ。

 かつて、これほど人に恐れられた例はない。どちらかと言えば、常には恐れている側の人間だ。

 ちょっと気の毒になりかけて、

(いやいや。やつは大悪党じゃ。子供らを売り飛ばし、飯を食うとる。もしかしたら、智次坊だって……)

人のいい自身を嗜める。


 道はどんどん急な下り坂になり、生い茂る木々が立ち塞がる。木々の間を縫う平佐田の着物の端が裂け、ひらひらと風に靡いている。賊はさすがに平佐田のように運動不足ではないようで、距離が開きはじめた。

(まずいぞ)

焦った平佐田は、咄嗟に目の前の枝を掴んだ。


「きえぇぇいっ!」


 平佐田としては、枝にぶら下がり、賊の背を目がけて飛ぶつもりが、ぽきっ。枝は、いとも簡単に折れた。平佐田は、そのままずるずると斜面を落ちる。

「ひいぃぃっ」

振り向いた賊が悲鳴を上げた。そのまま平佐田は賊の目の前に滑り落ち、何とか足を踏ん張った。賊は目を見開いて、がくがくと震えている。

「か、堪忍してください、薬丸自顕流……」「?」


 寸の間、ぽかん、とした平佐田は、両手に残った木の枝に(おぉ)と頷いた。

 薬丸自顕流の稽古に、格式ばったものはない。木刀を手にひたすら気合いを込めて打ち据える実践型だ。

「きぇ~いっ」猿のような奇声を上げ、狂ったように打ち据える。果てしなく繰り返すことによって邪念を払い、速さと筋力を鍛える地道な鍛錬だ。師がいなくても一人でできる。

 ただ、それをいいことに搖坊は、すぐに投げ出したのではあるが。

「蜻蛉のごとく身を制し、一瞬のうちに敵を討つ」

一撃必殺の奥義ではあるが、平佐田は奥義の隅っこすら知りもしない。ぱしん、と叩いた横木に手が痺れて、へたり込んでしまったからだ。だが。

 平佐田は「ぷぷ」と笑って枝を打ち込んだ。両手に残った枝は軽い。

おそらくは噂に聞くだけの「薬丸自顕流」、ただ両手を広げ蜻蛉の羽に見えた構えが、賊には恐ろしく思えたのだろう。


「きぇ~い、きぇ~い、きぇ~い……」


 いい気になって打ち据える相手は、賊の縮めた頭の先にある切り株だ。ぱし、ぱしと小さな音を立てている。

 これならば、へなちょこ平佐田でも手が痺れることもない。だが、それでも段々に疲れてくる。

(もういいか)

平佐田が思った刹那――


「あらんやっさ~」


 間延びした野太い声が響いた。咄嗟に顔を向けた上から何かが落ちてくる。

恐ろしい勢いで落ちて来るものに、「兄ぃ……」呆けたような声が呟いた。

ただ目で追うだけの物が平佐田の前を通過する。一瞬ではあったが平佐田には、〝兄ぃ〟が穏やかに笑っているように見えた。


(十七)

           

 大捕り物を終えた平佐田は、島の英雄となった。

 島を去ったかに見せかけた〝平佐田せんせ〟は、島に潜む人攫いを捕える使命を持った、本土から送られた勇士――。


 あっという間に島中に広まった噂を、お館家に飛んできた智頼から聞いた平佐田は、何とも居心地の悪い思いを持て余した。だが、噂の出どころがお館様と知れば、下手に否定もできない。


 賊を細い木の枝で突きながら、海岸に下りた平佐田を待っていたのは、お館様から知らせを受けた、吉野だった。

 捕えられた賊は〝人攫い〟を認めているらしい。主犯の賊は、賊の供述により、山道から足を滑らせ、海に落ちたものと見なされた。

 しかし、遺体は上がっていない。


「ここらではゆうとあう話です。海は深く、波は荒い。いっど沈んでしまえば、発見は難しかでしょう」

と、吉野は頭を振った。

 賢坊はどうなったかと言えば、意外にも岩屋で見つかった。こちらは那医が知らせてくれた話だ。今回の件に、琉球人が関わっていた事実は、伏せておくつもりらしい。


「儂らは密偵じゃから。表に出るわけにゃあいかんのよ」

がはがはと笑う那医に、平佐田は身が縮まる思いがした。しかし……

 それでは、あの時、男が追いかけていた子供は、誰だったのか。平佐田の疑問には、

「儂ら硫黄の毒気に中っとった。朦朧とした意識が幻覚を見せたんじゃろ。賢坊のことで頭が一杯じゃったから」

那医の答に頷くよりなかった。島の子に行方不明者がいなかったからだ。


「じゃあ……攫われた子たちは? 探せるんじゃろか」

 平佐田の疑問に、悲しげに首を振ったのは、お館様だ。

「仲買人を探すは、難儀です。賊が直接売買をしていたのであれば、探せましょうが。どこへ売られたか、特定できません。仮に見つかったとしても、買い上げたほうが、素直に手放すとは考えられません」

 平佐田はお館様の書面を、ぐっ、と握りしめた。

(それでも。これから犠牲者はなくなるのですから。貴殿のおかげです。礼をいいます)

 直接、頭に掛けられた声に、少しだけ気持ちが和んだ。


 撤退となった道場。島から「先生」はいなくなったが、お館様の計らいで、平佐田は島に残ることになった。山川薬園には、お館様がとりなしてくれたようだ。

〝密命〟に関しては、「まだ見つからず」と報告してある。もっともらしい話ができあがっていないからだ。

 撤退命令の出た先生を、島に残す名目ができた大殿側としては、二つ返事で飛びついたらしい。相変わらずの節約が続く中、余計な人件費は割けないと言ったところだろう。


 平佐田の島での暮らしは、全てお館様の負担となっている。つまりは、島の有力者が、道場の撤退に伴う子供たちの育成を慮り、先生の一人を借り受けた形となったわけだ。平佐田は島でたった一人の先生となった。よって、毎日が忙しい。

 お館家の一角を借り、子供たちに読み書きを教えて早、数か月が過ぎようとしている。


 時折お館様が初を伴って、手習いの手伝いをしてくれる。おかげで、以前はどことなく、島人たちから近寄りがたい印象を受けていたお館様が、子供たちには近い存在となった。

 剣術の指南を望まれた時には、ひやり、とした。だが、島の英雄としては、断りきれない。よって、山人に頼んで、材木置き場の一角を借り、数日置きに子供たちに木刀を持たせて通っている。


 師は、なにもしない。「きぇ~い」の掛け声を教えるだけだ。ただ、山人たちから「うるさい」と苦情が出ていて、場所を変えねばと思っている。


(すべてが順風満帆だ)


 前回は思った矢先に突き崩されたが、今回、運は平佐田に好意的らしい。

「生きていれば、いかちゅうこつもあう」

滋子との縁談が纏まった、平佐田はしみじみと思う。


「島の英雄ですから。我は人の恋路を邪魔するほど、無粋者ではありません」


 仲人まで買って出てくれたお館様には、足を向けて眠れない。よって、平佐田は枕の位置を変えて寝るようにしている。


「せんせ。本日は剣術の日じゃね」

 迎えに来た島の子に苦笑いを浮かべ、「うん、行こうか」縁を下りた平佐田に、

「せんせ、えらいこっじゃ、智次坊が見つかった」

 勢い込んで走ってきた吉野の声に、平佐田の口が、あんぐりと開いた。

 


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