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隠れ里 第二部  作者: 葦原観月
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密偵の撤退


    (二十二)


「せんせ、ほんに行ってしまうか……島の英雄じゃ。噂なぞ、気にせんでよかね」


 荷を船乗りに渡し、白に目を眇めた平佐田に吉野が言う。いい人だ。


「はぁ。気にはしちょりません。ただ、本土から呼び出しが懸かったんで。吉野様と一緒ですよ。上役には逆らえん」


 嘘ではない。実際に沢蟹から文が届いたのだ。折しも島の英雄・平佐田せんせが元凶だと噂され始めた頃。


――二人の島人が消えた――

 

島中を駆け巡った話題は、大いに島人の興味をそそった。

 まだ子供の域を抜けきらない二人の失脚は、様々な憶測を呼んだ。大捕り物の後であるから、人攫いが一番の意見ではあったが、心中の噂も多かった。二人が〝生まれ変わり同士〟であるとは、平佐田は当然のことながら、島人にもかなりの衝撃を与えたようだ。

(はぁ、それで、滋子の真似が上手かったのか)と、平佐田自身、変に納得したものだ。


 真実はともあれ、いなくなった二人――智次と時子は、いずれも平佐田と深い関わわりがある。信仰深い島人が、英雄となった余所者に疑いを抱くは、詮無きことだと平佐田自身、思っている。

「せんせ、いや、兄ちゃん。儂らは、ちぃとも兄ちゃんのせいだなんぞ思うとらん。兄ちゃんが好きじゃ。ずうっと島におって欲しい」

 まばらになった教え子の中、苦手な読み書きに精を出す時頼の言葉は、何よりも嬉しかった。智頼を初め、宗爺や惟清らも噂の元に抗議の意を示してくれている。平佐田にはそれだけで十分だ。


 だが、所詮は余所者、島のいざこざの元には、なりたくはない。噂を立てている元もまた、島を守りたいがために、余所者に穢れを背負わせ、とっとと追い出してしまいたいのだ。

 それで島の混乱は、とりあえず祓われる。


(よかよ。おいが、そげなことで島の役に立つなら)


 平佐田は思っている。島は、島人の物だ。余所者には思いもよらないほどの愛着が、そこにはある。島が好きだからこそ、平佐田も甘んじる決心をしたのだ。それでも……


(なんの取り柄もないおいが、明日からどうやって妻を食わしていこう)


 実際は肝が潰れるほどに気を縮めた平佐田に、「帰ってこい」の通知をくれたのが、沢蟹で、間がいいのか悪いのかは健在だ。

 感心しながらも、平佐田はさすがに今回は、感謝した。山川薬園内で様々な予期せぬ出来事が続き、人不足が限界を超えて〝密命〟なんぞに関わっていられぬ事態らしい。


「大殿もな、節約には辟易としておられる。薬園の危機じゃ。これ以上の薬園閉鎖は、大殿にも痛手じゃろうよ」


 確かに。節約のため、多くの薬園が閉鎖された。

 大殿は『質問本草』に力を入れておられる。領内でも、大規模な山川薬園を失っては、面目も立たぬであろう。

 智次と時子の失踪には心残りはあるが、平佐田はすぐさま、島を出る決心をした。余所者が消えれば、島の中は、また平常を取り戻す。大好きな智頼や時頼にも、これ以上の苦労は掛けたくはない。


「ほな、行きまひょ」

とっとと支度を始めた滋子には驚いた。

 だが、「うちは、旦さんのもん。あんはん行く場所、うちの居場所どす」きっぱりと言った言葉に胸が熱くなり、「はよう、段取りせんな」と背を叩かれて、じんと来た腰に噎び泣いた。


「いずれ落ち着きましたら、必ずや。先生には是非、島人になっていただきたいと仰っています。学舎も準備いたしましょう。先生、お帰りをお待ちしております」

 丁寧に腰を折った初に恐縮し、じっと見つめられる白い目にドキドキする平佐田に、

(我が手に入れるはずの宝玉を譲ったのですから、我の我儘も、聞いてください)

 静かな脅しが頭いっぱいに広がって、胸が詰まった。


 智頼、時頼を初め、多くの島人に見送られた平佐田が、気合いを込めて筆を執り、「なんしてはるん?」退屈げな滋子の視線を置き去りに、熱中した「報告書」の内容は……

 激しい〝船酔い〟によって、海の彼方に消えた。


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