ちょっぴり泣き虫てぶくろのさがしもの
エリちゃんの宝箱に入っている小さなてぶくろは、エリちゃんが3歳の冬にママが編んでくれたものです。
手の甲の部分にキラキラのボタンがついていて、エリちゃんはそれが大好きでした。自慢のてぶくろだったのです。
でも今は、エリちゃんがたくさん使ったから、穴があいてぼろぼろです。それに、片方だけしかありません。
「まだ、捨てないの?」
「だって、だいじだもん」
「そう」
そんなエリちゃんとママのおしゃべりを聞いたとき急に、てぶくろの真ん中がほわん、と温かくなりました。
(『だいじ』 だって言ってくれた!)
優しくて、フワフワして、ウキウキと踊りだしたくなるような、そんな気持ちです。
――― そういえば、小さいころのエリちゃんは、よく 「うれしい!」 って言いながら踊ってましたっけ。
(そうか。これは 『うれしい』 気持ちだ!)
エリちゃんとママが行ってしまった後、てぶくろはピョン、ととんでみました。
宝箱の紙のふたがちょっと持ち上がったので、うんしょうんしょ、と押し上げて、すきまから、するっと外に出てみました。
――― ところで、みなさんは 『つくもがみ』 って知っていますか?
だいじにされて年を取った道具には心が生まれて、動けるようになるのですよ。
昔の人がかいた 『百鬼夜行絵巻』 というものにも、その様子がえがかれています。
…… どうやら、エリちゃんのてぶくろも 『つくもがみ』 になったようですね。
さて、 『つくもがみ』 になったてぶくろが、宝箱の外に出てみると、エリちゃんとママはキッチンで、てぶくろのことをおしゃべりしていました。
「もう片方も見つかるといいのにね」 って。
てぶくろは、人差し指と小指のふくろを腕みたいに組んで、考えます。
(もう片方…… ぼくの 『かたわれ』 か。どこにいるんだろう?)
てぶくろは、かたわれを探しに行くことに決めました。
ふたり揃って帰ってくれば、きっと、エリちゃんも喜んでくれるに違いありませんからね。
まずは、ほんのすこし開いていた窓のすきまから、よっこらしょ、と抜け出します。着いたところは、お庭でした。
アリが一匹、うろうろしていました。
「ねえ、アリさん。ぼくの 『かたわれ』 見なかった?」
「見なかったよ」
「ちょっとだけ、いっしょに、さがしてくれない?」
「それは無理だよ。我は、家族のために、食べ物を探さねばならぬからね」
「それは 『だいじ』 なの?」
「もちろんさ。生きるために、とても 『だいじ』 だ」
「ふうん」
てぶくろには、よく分かりません。けれどもどうやら、アリにとっては 『かたわれ』 よりも、よほど 『だいじ』 なことのようです。
「探しにはいけないが、見かけたら、教えてやるよ」
「ありがとう」
次にてぶくろが着いたのは、木の根もと。落ち葉がたくさんたまっているところをがさがさ歩いていると、ダンゴムシに会いました。
「ねえ、ダンゴムシさん。ぼくの 『かたわれ』 見なかった?」
「見なかったよ」
「ちょっとだけ、いっしょに、さがしてくれない?」
「それは無理だよ。わたしは、ここが家なんだからね」
「それは 『だいじ』 なの?」
「もちろんさ。生きるために、とても 『だいじ』 だ」
「ふうん」
たしかに、枯れた木の葉のおふとんは、とてもふかふか、いい匂い。
けれども、ほかのものは何も知らずに、ずっとそこで暮らすのは、退屈ではないのでしょうか?
それでもダンゴムシさんにとってはそれが、 『かたわれ』 よりよほど 『だいじ』 なことのようです。
「少なくとも、わたしの家にはなかったよ。木の上にでも登ってみたらどうだい?」
「なるほど」
そんなわけで、てぶくろは、えっちらおっちら、木に登りました。
ざらざらの木肌に編み目をひっかけて、一生懸命に登りました。
「ふう……」
やっと一番てっぺんにつき、上を見上げると、青い空に浮かんだ雲がぐんぐんと動いています。
そして下を見おろすと、エリちゃんのお家の屋根にお日さまがたまって、きれいに光っています。
そこに、チラチラと木の葉が影を落とします。あっ、てぶくろの影もありましたよ。
初めて見る景色に、てぶくろがぼぉっとなっていると、いきなり大きな黒いものが、てぶくろめがけて、さっと降りてきました。
ひゅん!
あっという間にてぶくろは、するどく太いくちばしに挟まれて、空の上に連れ去られてしまいました。
「ひぇぇぇぇ……」
エリちゃんのお家がぐんぐん遠くになり、いろんな色の屋根がずっと下に小さく見えます。
人も車も、道も川もとても小さくて、てぶくろは頭がくらくらしました。
ばさばさと羽を動かす音をさせながら到着したのは、木の枝や針金なんかでできた大きな巣でした。
巣の中には、ガラス玉やセロファンなどがキラリキラリ、輝いています。
その上に置かれてやっと、てぶくろは自分をここに連れてきたものを見ることができました。
黒い大きなからだに強そうなくちばし。カラスです。
「ねえ、カラスさん。ぼくの 『かたわれ』 見なかった?」
「見なかったよ」
「ちょっとだけ、いっしょに、さがしてくれない?」
「アンタの背中についた、キラキラのボタンをくれるならね」
「うーん……」
てぶくろは、こまってしまいました。このボタンは、小さかったエリちゃんの特にお気に入り。
キレイなボタンがとれてしまったら、エリちゃんはもう、てぶくろが 『だいじ』 ではなくなってしまうかもしれません。
(そうしたら、ぼくはどうなるんだろう?)
せっかく 『かたわれ』 を見つけて連れて帰っても、もう、てぶくろは宝箱には入れてもらえなくなるかもしれません。
もしかしたら、てぶくろの代わりに 『かたわれ』 だけが宝箱に入ることになるかもしれません。
エリちゃんが 『ボタン、キレイだね』 と何度もほめてくれた時の声やかわいい笑顔を思い出して、てぶくろは泣きそうになりました。
「どうするんだい。早く決めなよ」
「カラスさん。ボタンがとれたら、ぼくはぼくじゃなくなると思う?」
「そうだねぇ? ボタンがとれたアンタになるんじゃないのかい?」
「ぼくはつまんないてぶくろになっちゃうのかな? エリちゃんはどう思うんだろう?」
「エリちゃんがどう思うかは知らないけど、つまんないかどうかは、アンタが自分で決めることじゃないのかい?
ああちなみに、アタシはボタンの方が 『だいじ』 だからね。アンタがついてても、ついてなくても、どっちでも良いけど?」
早く決めなよ、ともう一度、カラスがせっつきます。
「もし、ぼくがカラスさんにボタンをあげなかったら?」
「アンタごと、ここに置いておくよ」
「わかった。じゃあ、ボタンをあげるよ。その代わり、 『かたわれ』 を探すのを手伝ってね」
カラスが太いくちばしで、ぶっちりとてぶくろのボタンを千切るのを、てぶくろはぎゅうっと目をつむって堪えました。
(ボタンがなくなっても、ぼくはぼくだ) と、何度も自分にいいきかせながら。
それが本当なら…… カラスさんの言うように、自分の決めた通りのひとに本当になれるのだとしたら、どんなに良いことでしょう。
けれども今のてぶくろに、そんな自信はありません。それでも、それが本当だと、信じるしかないのです。
「ありがとよ。よし、じゃあ行こうか。きっとアンタの 『かたわれ』 も、仲間のだれかの巣にいるに違いないよ」
カラスは、ボタンがなくなったてぶくろを、くちばしにしっかりとくわえて飛び立ちました。
そして約束どおり、仲間のカラスの巣を、次々に回ってくれたのです。
森の大樹の上にある、細い木の枝を上手に組み合わせた巣の中には、光る小石。
家の屋根の上にある、ハンガーの針金を曲げて作ったモダンな巣の中には、おもちゃのブレスレットにティアラ。
川沿いの街路樹の上にある、森とはまた違う種類の木の枝にビニール紐を絡ませて作った巣には、腕時計と眼鏡。
色んな巣の中に、色んな宝物が置かれていましたが、てぶくろの 『かたわれ』 はまだ見つかりません。
「あった!」
やっと見つかったのは、お日さまが、すっかり西に傾き、赤金色の長い光を投げかけるようになった頃でした。
古びたアパートの屋上の片隅。
針金とビニール紐とプラスチック材とほんのちょっぴりの木の枝で作られた巣の中に、てぶくろの 『かたわれ』 はくったりと横たわっていたのです。
「おおい」 「…………」
「ぼくだよ」 「…………」
何度呼び掛けても、 『かたわれ』 は返事もしなければ、ピクリと指を動かしもしません。
どうやらまだ、心の宿った 『つくもがみ』 にはなっていないようです。
てぶくろはまた、泣きそうになりました。
『かたわれ』 が見つかったのは嬉しいのですが、こんなことは予想していなかったからです。
「ぼくとほとんど同じ時に生まれたのに、どうして動かないんだろう……」
「それは 『だいじ』 にしまっておかれた者と、ただ貯め置かれただけの者との差だろうね」
「じゃあ 『かたわれ』 も 『だいじ』 にしまっておかれたら、心が生まれるの? 動いたり、話したりできるようになる?」
「そうだねえ……」
カラスが何か言いかけた時、不意に、ばさばさばさっ、という激しい羽音と、ぎゃあああっ、という恐ろしい鳴き声が聞こえました。
巣の主が、帰ってきてしまったのです。
「どろぼう! オレの巣で何をしてる!」
「はやく、お逃げ!」
カラスはとっさに、てぶくろと 『かたわれ』 をくちばしでつまんで、巣の外に放り投げました。
てぶくろは 『かたわれ』 とはぐれないよう、 『かたわれ』 の指にぎゅっと抱きついて、夕方の冷たくなってきた空気の中をゆっくりと、地面に向かって落ちていきました。
頭の上の空では、カラスと巣の主が、はげしく闘っています。
お互いに、相手の攻撃を避けて飛びながら、爪で相手の足をひっかき、くちばしで相手の目や羽を狙っているのです。
舞い落ちる黒い羽は、カラスのものでしょうか。それとも、巣の主のものでしょうか。
『ぎゃぁぁぁあっ!』
巣の主のくちばしが、カラスの羽の付け根にささり、カラスは空中でバランスを崩してしまいました。
そこへすかさず、巣の主の蹴りが入ります。
「カラスさん!」
「さっさとお逃げ! またつかまったら承知しないよ!」
てぶくろは泣きそうになりながら 『かたわれ』 を引っ張って走りました。
カラスを助けたくても、ぐにゃぐにゃで力なんて全然ないてぶくろでは、足手纏いにしかならないことが、わかっていたからです。
(もっと強かったら、あの巣の主の羽をひっぱって邪魔して、カラスさんを逃がすことだってできるのに……!)
何もできないことが悔しくて悔しくて、てぶくろは生まれてはじめて、自分がてぶくろであることをイヤだと思いました。
走っているうちにいつの間にか日はすっかり暮れてしまいました。
あっちにぽつん、こっちにぽつん、と立てられた街灯がぼんやり瞬く道を、てぶくろはクタッとしたまま動かない 『かたわれ』 を抱えてトボトボと歩きます。
いつの間にか、エリちゃんの家はすっかり遠くなってしまいました。
それでも、エリちゃんの家を目指すしか、ありません。
もともと、てぶくろの望みは 『かたわれ』 を連れて帰ってエリちゃんを喜ばせること。
静かな宝箱の中で、時たまエリちゃんが手にとってくれるのを待って、 『かたわれ』 とふたりでおだやかに暮らすこと…… それだけだったのですから。
けれども、本当にそれでいいのでしょうか?
(それはぼくには 『だいじ』 なことだけど、それだけじゃ、アリさんやダンゴムシさんと一緒だ……
いや、アリさんやダンゴムシさんの 『だいじ』 なことは、家族を守るためだったり、生きるためのことだったりするけど、ぼくのは、そうですらないんだ…… )
そうは思っても、では、どうしたらいいのでしょう。
小さくて力のない自分に、できることなんてあるのでしょうか…… てぶくろには全く、わかりません。
とぼとぼ、とぼとぼ。
てぶくろは、重たい 『かたわれ』 を引きずって、帰り道を歩いていきました。
◆◇◆◆◇◆
「あら? こんなところにてぶくろが」
夕暮れの中、小走りで保育園に向かっていた女の人が、ふと立ち止まりました。
何かやわらかいものを踏んづけてしまったような気がしたからです。
もしかしたら…… とこわごわ足の下を見ると、そこには一揃の小さなてぶくろが、くったりとなって横たわっていました。
かなり古い、手編みのてぶくろです。あちこちに穴があいてぼろぼろ。特に片方は汚れがひどく、もう片方に付いているきれいなボタンも、千切れてなくなっています。
「落とし物かしら。捨てられたのかしら」
大きさからすれば、保育園の子のものでしょうか。とりあえず届けておこうと手に持って、子どものお迎えに急ぎます。
ところが。
「これ、アイリのだよ!」
「ちがうでしょ。これは母さんが拾ったの。ほかの人のよ」
「アイリこれがいい!」
一目てぶくろを見るなり、どうしてもこれがいい、と言い出してきかなくなった子どもに、女の人はこまってしまいました。
「もらっても、良いんじゃないでしょうか」
見かねた保育園の先生が助け舟を出してくれます。
「ほら、こんなに汚くてボロボロですもの。落とし主もおられないでしょうし、きっともう、捨てられるだけですよ」
「…… そうですね。じゃあ」
子どもにずっと 『おともだちみたいに、かあさんに、てぶくろ作ってほしいの』 とお願いされていても、お仕事にお家の用事でいっぱいいっぱいで、なかなかできなかったお母さん。ほっ、と息をつきました。
「やったぁ」
アイリちゃんは、ボロボロのてぶくろを抱きしめ、ぴょんぴょん跳ねながら、お家に帰ります。
帰ったら、きれいに洗って、穴をふさいで、それから何か可愛いボタンをつけてあげましょう。
それくらいは頑張ろう、と女の人はうなずいて、娘の後を追いかけました。
◆◇◆◆◇◆
それからしばらくして、街には初雪が降りました。
「かあさん! ゆきであそぶ!」
「ちゃんと、てぶくろしなさいよ」
「うん!」
アイリちゃんの張り切った声をききつけて、てぶくろは、たんすの中でワクワクと出番を待っています。
穴もかがられて、すっかりきれいになったてぶくろの背中には、新しいボタンがついています。
前のきれいなボタンがついたままの 『かたわれ』 は、相変わらずくったりしたままで、動いたりおしゃべりしたりは、まだしません。
けれども、アイリちゃんの小さな手を包んで風の中を駆けたり、ドングリを拾ったりする度に、ふんわり温かくなって、きれいなボタンがキラリと光るのですから……
もしかしたら、もう少しで 『かたわれ』 にも心が生まれるかもしれませんね。
それが、今から雪遊びをする間になるのか、それともずっと先…… アイリちゃんの手が大きくなって、小さくなったてぶくろを 『だいじ』 に宝箱にしまう時になるのかは、わかりませんが。
(もしその時が来たら、ふたりでどんな話をしようか。こっそり冒険に出かけるのも、いいかもしれない……)
そんなことを考えながら、てぶくろは、今日もせいいっぱい、小さい手を守ります。
――― だいじなだいじな、エリちゃんの思い出と、一緒に、ね。
「だからね、てぶくろさんは今は、別の場所で元気にやってるのさ。けれども、エリちゃんのことはずっと覚えているよ」
「よかった」
森の奥に住む魔女のお話が終わると、エリちゃんは涙を拭いて、スンと鼻をすすりました。
てぶくろが無くなったのに気づいたエリちゃんは、泣いて泣いて、泣いているうちにいつの間にか魔女のところに来ていたのです。
魔女はエリちゃんに、何でも映す水晶で、てぶくろが今どうしているかを見せて、話して聞かせてくれました。
「じゃあ、てぶくろさんはまた帰ってくるの?」
「さあねぇ」
魔女は微笑んでエリちゃんに、温かいハチミツ入りレモンティーと干し葡萄の入ったクッキーを勧めます。
暖炉の火と湯気の立つお茶で冷えたからだを温めて。
美味しいお菓子で心を元気にして。
その後に、エリちゃんが何を信じてどうするのかは、また、別のお話。
…… てぶくろが、かたわれと一緒に、帰ってこれるかどうかも、ね。
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扉絵は秋の桜子さまからいただいたFAです。
秋の桜子さま、どうもありがとうございます!
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