09 ダンジョン入ってみた
「はーい! 異世界通信アスカチャンネルへようこそ! アスカでーす! 生配信ができない理由はまだ分からないけど、今日は勇者さん達が大好きな冒険スポット【ダンジョン】に入ってみたいと思いまーす」
勇者アスカは、爽やかな笑顔に白い歯をキラーンと光らせた。
「ここはダンジョン近隣の街スレラ。ダンジョンの経済効果で賑わう街さ」
画角はアスカのアップから広い街中へとまわり、今までよりもふたまわり程大きな街を映し出した。
とはいえ、街の規模にしては人通りや賑わいはそれ程でもない。
背の高い建物、広い道幅、面積は広いがポツポツとスペースの空く市場を、ソニーくんは映し出す。
「アスカ様はのんびりですな。いつまでスレラにご滞在で?」
「次の街行くなら乗せてくぞ」
「アスカ兄ちゃーん。遊ぼうよぉ」
「「あそぼーよー」」
それ程人通りも無いのに、後を通る人全員がアスカに声を掛けてゆくおかげで、アスカのこの街での長期滞在はバレバレだ。
あれほど話しけるなと言っといたのに。
だが動画は撮り続ける。
「えーでは、これからダンジョンである【初めの洞窟】に向かいつつ、更新した装備とかを紹介したいと思いまーす」
「あ! アスカ兄ちゃん逃げた!」
「「わーい! まてまてーー!」」
動画を撮りながら走り出したアスカの後を、小さな子供達が追いかける。すっかりいつもの鬼ごっこ感覚だ。
「街から出るなよ! 後で遊んでやっからなーー!」
「逃げんなアスカーー」
「「 にげんなーー!!」」
速度を上げるアスカは、迫る街門を前にポーチに手を入れる。
チーン。
トスされたコインは、空中でクルクルと回り、その都度光を反射する。
「これからダンジョンだから子供達出さないでねー頼んだよー!」
空中でくるくると光を放っていたコインと、駆け抜けざまのお願いは門番に託され、手を振る門番にアスカは笑顔で見送られた。
◇
画角はアスカと戦う【ロックロック】を映し出していた。
頭程の大きさの岩が5つほど、互いにぶつかり合うことで運動エネルギーを得て攻撃してくる無機物モンスターだ。
大きな岩が空中で弾けあって方向を変えてくる攻撃は、防御力の十分な防具を装備するか、攻撃パターンに慣れるまではなかなかの驚異となる。
大型の盾で防ぐのがセオリーではあるが、勇者アスカに盾はあり得ない。右手に剣、左手にソニーくん。それは勇者系チューバーを目指したアスカの、縛りプレイとも思えるポリシーであった。
「このロックロックの攻撃は、岩同士の弾けは物理法則なんだよねー。物理法則から外れるのは、地面での……」
ガン!
両斜め前から迫る2つの岩を、アスカは少しだけ後退して衝突点から頭をずらす。するとアスカの眼前でぶつかりあった2つの岩は、ビリヤードよろしくキレイに90度分離し、アスカの顔の両脇をすり抜けて行く。
その岩の片方が地面に落ちる寸前。
キン!
アスカは手にした剣で頭大の岩を真っ二つに斬った。2つになった岩は地面に落ちてブルブルと震えるも、砂となって消える気配は無い。
大地を叩く音がして、地面で不自然な角度で跳ねた岩がアスカに迫る。
「こんな感じで、地面からの時だけ不自然な角度で来るんだよねー。分かるまでは混乱しちゃうよねー」
キン!
迫る岩を2つに切り落とした時。地面で震えていた岩共々、残りの岩も砂となって崩れて消えた。
コインがポーチへと飛んで入る。
「運が良ければ一個目で本体に当たる事もあるんだけど、見た目じゃわかんないんだよねー」
そういってアスカはキラーンと笑い、説明をしながら鋼の剣を鞘に収め、再びダンジョン目指して走り出す。
目的のダンジョン【初めの洞窟】はもう目の前だった。
◇
「さー見えて来ましたー。あれがダンジョン【初めの洞窟】でーす。なかなかに不気味だよねー」
アスカは洞窟の暗い入り口をバックに、明るい笑顔を振りまいた。
そして光水晶筒を四本装備したヘルムを、ポーチから取り出して被る。
「じゃー早速洞窟冒険へ、ゴー!」
僅か3回。
たったの3つ角を曲がっただけで、視界は闇に覆われた。
壁のコケがかすかに光を反射している筈だが、目が暗闇に慣れていない今、その微かな光を捉えることは出来ない。
「……光あれ、光あれ、光あれ、光あれ」
言葉を紡ぎ、立て続けに光あれと4連呼するアスカ。するとヘルムに取り付けられた筒から煌々と光が溢れ、4本の筒はアスカの向く方向を燦々と照らす地上の太陽と化した。
右腕の水晶版で録画画面を確認するアスカ。
(よし。フレアも出てないな)
照明の光がレンズに入ってしまって、画角を白く濁してしまうフレア。強い照明につきものの問題ではあるが、アスカは勇者の万能性と急成長の全てを懸けて問題を克服し、この明るさを手に入れていた。
アスカは時折、前もって撮影しておいた洞窟奥からの映像や、迫力あるモンスターの映像などをインサートして、事前の構想通りに動画を撮影していく。
天井付近に潜む【ジャンアントバット】も、二本足で立つ犬顔のモンスター【スタンドッグ】も、流れるような脚捌きと台詞回しで鋼の剣を繰り出す勇者アスカの前に立ち続ける事は出来ず、砂となっては崩れてコインになった。
「ま、こんな感じだよねー」
アスカの歯は光が当たっていない筈なのに、何故かキラーンする。
「お!こんな所に宝箱が! これもダンジョンの醍醐味だよねー。誰が置いてるんだろうねー」
照明法術アプチャーを使ったままヘルムを床置きしたアスカは、宝箱と共に照明を浴び……。
「やっと出来るよー!これは儀式として外せない筈だよねー」
最高の笑顔を洞窟の奥に輝かせる。
「宝箱!開封の儀!いっきますよぉーー!」
満面の笑顔で宝箱を丁寧に開けるアスカ。
ぷす。
開けられた宝箱から飛び出した短い矢が、アスカの眉間を見事に射抜く。
「ぎゃーーーーーーーー!」
ポーチから取り出したポーションを握ったまま頭を抱え、矢を抜くのが先かポーションを飲むのが先か、咄嗟の事に迷う。
「罠宝箱があったとはーーまさかこのタイミ……」
『おお。見えるかなーキレイだねー、装飾アイテムかなー、換金アイテムかなー、美しいよねーダンジョン最高だよねー』
動画に全てを傾けた勇者系チューバーアスカは、ポーションを飲むよりも先に、頭の矢を抜くよりも先に、まず先日撮影した宝箱映像のインサートを優先したのだった。
読んで頂き有難う御座います。